黒板からの「置き換え」に終わらせない、大型提示装置の利活用のカギ

GIGA スクール構想で導入が加速した学習者用端末に比べ、大型提示装置の導入が改めて加速することが見込まれる。東京学芸大学の加藤直樹教授は、黒板や模造紙からの『置き換え』ではなく、ICT の本質的価値を発揮するツールとして、大型提示装置の活用を勧めている。

大型提示装置×デジタル教科書で、授業スタイルが変わる

加藤 直樹

加藤 直樹

東京学芸大学 ICTセンター教育情報化研究チーム 教授
1999年東京農工大学大学院工学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て、東京農工大学助手。2004年から東京学芸大学教育実践研究支援センター助教授/准教授。2019年から東京学芸大学 ICTセンター准教授。2021年より現職。博士(工学)。

大型提示装置と指導者用デジタル教科書の普及率が、ようやく50%台まで伸びてきた。このまま上昇カーブを描いていけば、学校教材におけるアナログ対デジタルの比重は逆転し、ほどなくデジタル表示が当たり前の時代になることに疑いの余地はない。しかし、「1人1台」を合言葉に整備が進んだ学習者用端末に比べ、『必須導入』ではない大型提示装置については、予算確保も導入も後回しになりがちだ。

情報工学を専門とする、東京学芸大学の加藤直樹教授はこう語る。「昔ながらの一斉授業では、児童生徒に何かを示して説明しようと思ったら、黒板や模造紙、あるいは実物投影機などを使っていました。それが、提示したい資料が動画やウェブページなどのデジタル情報に変わり、さらに指導者用デジタル教科書によって、教員用 PC を介して大型提示装置に映すやり方に移行してきました。ここに、今度は児童生徒側をデジタル化する学習者用端末が加わると、授業のスタイルがガラリと変わる可能性があるということを、先生方に知ってほしいです」

加藤教授が懸念するのは、授業のスタイルが変わっていく段階において、学習者用端末の活用には大型提示装置との連携が必要であることに気づかず、ICT の価値を十分に発揮できない教育現場が増えてしまうことだ。全国の学校で Society 5.0に向けた研修は始まっているが、Office365や Google Workspace(旧・G Suite)でなにができるのかを知るところに留まっているケースも多いという。

「大型提示装置は、協働的な学びにおいて活用できるツールです。従来は紙のノートを書画カメラで逐一投影していましたが、学習者用端末によって児童生徒の活動成果がデジタル化されるので、大型提示装置を使えば、各自の成果を簡単に共有(ミラーリング)することができます。皆で一緒に学ぶ形を作り上げ、そして学習意欲を高めるためには端末をどう活用すべきか、議論が進むとよいと思っています」

発達段階に合わせて、情報量を絞る工夫を

大型提示装置を導入することで大きく変わるのは、マルチメディアとの接し方だ。大きく映し出すことにより、言語と映像、あるいは視覚と聴覚を一度に使うことができるマルチメディアの魅力を存分に享受することができる。

「ただし低学年のうちは情報処理量が少なく、多チャンネルを使い過ぎるとオーバーフローすることがあるので、教える側が情報を絞って調整する必要があります。本学の学生たちには、映像を見せる場合は字幕をオフにしたり音を切るなど、意図的にチャンネルを減らすとよいと教えています。また、低学年の児童は、身近な人の声のほうが言語を認識しやすいので、デジタル教科書のナレーションを消して先生が説明する等の対応が有効です」

ほかにも、動画を提示しながら切り出した静止画に書き込みをしてサマリーに加工したものを提示したり、子どもたちが各自の端末で編集したものをミラーリングで映したりといった、データのやりとりが頻繁になってくるだろう。このときの手順がシンプルでわかりやすく、IT 機器に苦手意識のある教員でも簡単に操作できることが、大型提示装置の導入と活用のハードルを下げる決め手になるのではないか。

「多機能の大型提示装置を導入するのも一案ですし、欲しい機能に特化したソフトや端末と連携させる方法もあると思います。先生同士で情報交換をしたり、メーカーさんと一緒に新しい活用法を見出していくのもいいですね」

日本初・産官学連携の、学校システム改革チーム

教育機関と企業との連携は、2020年8月5日に発足した「未来の学校みんなで創ろう。プロジェクト」でも注目されている。

東京学芸大学附属学校を舞台にした同プロジェクトは、教員・企業と教育委員会がワンチームとなって、Society 5.0に向けた新しい学校システム創りに挑むもので、たとえばソニーが参加している GIGA スクール時代の学びプロジェクトの「凄い教室構想」や VR の教育利活用プロジェクトでは、AR/VR を使った教材開発や物理的な制約を超えた学びの共同体の設計に取り組んでいる。

東京学芸大学が立ち上げた産官学連携の学校システム改革チームは、現場教員や企業発の様々なプロジェクトが推進されている。

東京学芸大学が立ち上げた産官学連携の学校システム改革チームは、現場教員や企業発の様々なプロジェクトが推進されている。

「IT 技術がさらに進化した近未来の教育のあるべき姿を考え、新しい学習環境の創造につなげていく狙いです。ほかにも、対話的・協働的な授業が家庭や塾などでもできるようになったとき、子どもたちの能力をどう評価し、どのように情報共有していくかという協働システムを考えるプロジェクトや、企業人等のダブルワーク化など教育者の力量開発とチーム化の促進につながる取り組みもあります。企業のリソースを活用しながら、企画した構想をすぐに現場で実践することで、スピード感を持った変革になればと願っています」

ICT化に求められる、教員のマインドセット

学校のオープン化によって、教員がいろいろな人と出会い多様な価値観に触れることで、既存のやり方や考えに縛られることなく、教育システムの改革を進めていければ理想的だ。

コロナ禍によって ICT 教育のニーズが高まり、タブレット端末や大型提示装置の導入が加速したことを、ノート・鉛筆、あるいは黒板や模造紙からの『置き換え』で済ませてしまってはならない。デジタルだからこそできる授業に切り替えてこそ、新しい教育の姿が見えるのではないか。

「端末が行き渡った、デジタル教科書が使われた、大型提示装置が導入された、といったことに留まるのではなく、子どもたちが能動的に学ぶようになった、成績が上がった、そして授業の形が変わった、というところまで追求してほしいと思います。そのためには、先生同士の情報共有と変革を楽しむマインドが不可欠です。先進事例を知ったとき『特別な事例』『なんだか難しそう』と敬遠せず、初めは真似からでもいいので取り組んでみてください。校務を効率化して子どもたちをサポートする時間を増やすためにも、大型提示装置等の ICT 機器は重要なツールになります」