「みんな同じ」の前提疑う 慶應義塾大学・石戸奈々子教授が語る、違いを力に変える社会設計
学校や職場、社会の制度は、平均的な人を前提につくられてきた。だが、見え方や感じ方、力を発揮しやすい環境は、人によって大きく異なる。教育の情報化に取り組んできた慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の石戸奈々子教授は、2023年に「ニューロダイバーシティプロジェクト」を立ち上げた。脳や神経の多様性(ニューロダイバーシティ)を前提に、一人ひとりが力を発揮できる社会づくりを目指す。生きづらさはどこから生まれ、違いを力に変えるには何が必要なのか。石戸氏に聞いた。
デジタル教育の延長線上にある挑戦
石戸氏は、子どもたちの創造的な学びの場づくりに取り組むNPO法人CANVASの理事長を務めるなど、長年デジタル教育に携わってきた。このため、ニューロダイバーシティへの取り組みを、突然の方向転換のように受け止める人もいる。しかし石戸氏自身は、一貫して未来の当たり前をつくることをやりたいと考えてきたと話す。
その「当たり前」を改めて問い直す大きな契機となったのが、新型コロナウイルスの流行だった。毎朝学校に通う。電車に乗って職場へ通う。同じ場所に集まり、同じ時間に働く。疑うことのなかった習慣が成り立たなくなり、当たり前とは普遍的な事実ではなく、ある時代の社会条件の中でつくられた仕組みの一つにすぎないと多くの人が気づいたのではないか。人間がつくった仕組みなら、人間の手で作り替えることもできる。石戸氏が長年取り組んできた教育も、そうした「当たり前」を問い直してきた領域の一つだ。
同じ年齢の子どもが同じ教室に集まり、同じ時間に同じ内容を学び、同じ基準で評価される。標準化と効率化が求められた時代には合理的な仕組みだったと、石戸氏は認める。ただ、認知や感覚、得意不得意、学びやすさは人によって大きく異なる。子どもを教育の仕組みに合わせるのではなく、仕組みのほうを一人ひとりに合わせる。その手段として使ってきたのがテクノロジーだ。
AI(人工知能)の登場によって、人と違う問いを立てる力や、好きなことを掘り下げる力の価値は、これまで以上に高まってくる。教育だけを変えても、就職先で同じ平均や同じ常識が求められれば状況は変わらない。こうした問題意識から、取り組みを教育から社会全体へ広げた。石戸氏は、デジタル教育の活動の延長線上にニューロダイバーシティがあると捉えている。
生きづらさは個人と環境の間に生まれる
活動の根幹にあるのは、生きづらさは個人の特性だけで決まるのではなく、個人と環境の相互作用の中で生じるという考え方だ。障がいと健常は明確に二分されるものではなく地続きであり、同じ特性を持っていても、置かれた環境によって困難が大きくなることもあれば、逆に力を発揮できることもあると石戸氏は説明する。
分かりやすい例として挙げるのが自転車である。路面が平らなら、前に進むのは丸いタイヤの自転車だけだ。しかし、四角いタイヤのほうが進みやすい凹凸のある路面もある。四角いタイヤが進まないからといって、タイヤの形を直すのか、それとも路面を変えるのか。できるか、できないかは個人の中だけで決まるものではない。強みや弱みも、人と環境との関係の中で現れるものだという。
ある場所でできないと評価された人が、環境が変われば大きな力を発揮することがある。ある時代に障がいとみなされた特性が、別の時代には価値のある力として評価される場合もある。だからこそ、「この人は〇〇ができない」ではなく、どんな環境であれば力を発揮できるのかと問い直すことが重要だと石戸氏は強調する。
力を引き出す二つのアプローチ
そのために石戸氏らが重視するのが、「個の拡張」と「環境の再設計」の二つである。
一つ目の個の拡張は、テクノロジーで身体や能力を補い、広げる考え方だ。メガネは、視力の悪い人が障がい者とされた時代を経て、今では視力が悪い程度で障がい者と考える人はいなくなり、ファッションの一部にもなった。車椅子も、移動が困難な人のための道具として設計されたが、その発想は多くの人の移動の自由を広げるパーソナルモビリティへとつながっている。生成AIが人の記憶や判断を補うようになれば、障がいの定義そのものがテクノロジーによって変わりうると石戸氏はみる。
二つ目の環境の再設計は、本人に適応を求めるのではなく、環境の側を設計し直す発想である。色覚に特性のある人は、信号機の色の区別が難しく、生活で困ることがある。ならば色の選び方を変えたり、形や音を組み合わせたりして、信号機という環境を改めればよい。感覚過敏のために制服が重い、痛いと感じ、登校できなくなる子どももいる。校則や就業規則も環境の一部であり、設計し直せる。人が多い場所で過ごすのがつらい人にとっては、オンライン授業やメタバース上の授業、ロボットを介した通勤といった新しい選択肢が、社会参加の幅を広げうる。選択肢が多様であること自体が、環境の再設計にあたるという。
石戸氏はこの取り組みを、一部の人への支援にとどまらず、社会全体の創造性を高める設計だと位置づける。違いを前提に社会を設計し、違いを力に変える。この考え方が、日本の競争力の源泉になるのではないかと考えている。
ニューロダイバーシティの四つの視点
ニューロダイバーシティは、発達障がいをめぐる運動や、特別に高い能力を持つギフテッドの話だけだと誤解されがちだ。誤解を解くため、石戸氏は四つの視点に分けて説明している。人を分類しすぎると反発を招くこともあると断ったうえで、わかりやすく伝えるための整理だと位置づける。人にレッテルを貼ることも望まず、全員が違うところから出発したいと話す。
一つ目は、突出した才能を持つ人である。科学者や起業家、芸術家、アスリートなど、社会を大きく前進させてきた人の中には、定型とは異なる特性を持っていた人が多いといわれる。社会を動かす力は、平均から外れたところに現れやすい。ところが日本社会は、そうした力を均質化に向かわせる傾向が強かったのではないかと石戸氏は指摘する。こうした人がどうすれば力を発揮できるのかが、一つ目の課題だ。
二つ目は、凹凸が大きく、従来型の学校や職場で困難を抱えやすい人である。ある分野では圧倒的な集中力を発揮するなど、環境が整えば創造性や可能性は大きい。一方、環境が整わなければ、精神的に孤立することもある。だから環境をどうするかが大切だと石戸氏は言う。海外のIT分野では、認知特性の違いをイノベーションや組織の力として活かそうとする動きが進んでいる。発達障がいといわれる特性を持つ人の中には、一つのことに強く集中するなど、特定の環境や仕事で強みを発揮する人もいる。実際に海外のIT企業では、そうした人材を積極的に採用し、力を発揮できる環境を整える取り組みが進んでいる。一方、日本の職場では、継続が難しいケースも多かったのではないかとみる。
三つ目は、重度の障がいのある人である。医療的・福祉的な支援は、これまで以上に重要だと石戸氏は強調する。そのうえで、テクノロジーによって、これまで社会参画が難しかった人が参画できる可能性もあるとみる。メガネの登場で、視力が悪い程度では障がい者といわれなくなったように、障がいの定義そのものが変わるかもしれないという。
四つ目は、多数派の人々である。多様な特性に合わせて個別化された環境は、多数派にとっても生きやすい社会につながると石戸氏は考える。静かな空間を用意するクワイエットルームは、もともと感覚過敏の人のために設けられることが多かったが、集中したい人にとっては、生産性を高める環境にもなりうる。働き方も同様で、特性のある人に限らず、子育て中の人や高齢者、副業をしたい人にも、多様な働き方を可能にする。曖昧な指示が難しい特性のある人のために、指示を明文化する。察してほしいという文化を減らすこうした対応は、これまで多数派とされてきた人の間でも起きていたコミュニケーションのすれ違いを減らし、仕事の効率と生産性を高める方向につながるかもしれない。
石戸氏は、環境が変われば誰もが少数派になり、障がいを抱えうるとも指摘する。英語を話せない人が英語圏に行けば、コミュニケーション障がいと同じ状態になる。誰もが年を取って動けなくなれば、移動が困難になる。同じ特性を持つ人でも、環境次第で社会から排除されることもあれば、世界を変える存在になることもある。だからこそ、環境やツールを工夫し、生きづらさを生きやすさに変えることが大切だという。
こうした四つの視点を踏まえ、石戸氏は、福祉運動でもギフテッドの運動でもないと言い切る。社会の前提を平均から多様へ転換し、すべての人のウェルビーイング(幸福)を高め、社会全体の活力をあげる取り組みだという。
評価の物差しを増やし強みを引き出す
強みを引き出すうえで、石戸氏が最初に挙げるのは評価の物差しの問題だ。例えば、文字を読むことが難しい子どもがいる。理解力の問題と思われがちだが、背景にディスレクシア(読み書きに困難がある特性)がある可能性もある。文字を大きくする、音声で読み上げる、AIを活用するといった工夫で、情報にアクセスできるようになる。できないと決めつけず、背景にある理由を理解し、どんな環境やツールがあればできるようになるのかを考えることが大切だという。
学校や社会は、文字を読んで理解する、決められた時間内に皆と同じように行動する、面接で口頭で自分をアピールするといった限られた方法で、人の能力を評価してきた。前で話すのは苦手でも一つのことに深く集中できる人、文章で説明するのは苦手でも空間的に考えるのが得意な人、ものづくりをさせれば素晴らしい成果を出す人がいる。ものづくりや映像、ゲーム、3Dといった別の表現手段なら見えてくる力もある。力がないのではなく、今の測り方だけでは見えていない可能性があると、石戸氏は指摘する。
具体的な方策として、石戸氏は三つを挙げる。一つ目は評価手法を増やすことだ。面接やペーパーテストだけでなく、実際に働いてもらう、何かを作ってもらうなど、その人の力が見える方法を探す。二つ目は、テクノロジーの活用を前提に力を捉えることである。文章を書くのが苦手な人でも、音声入力などのテクノロジーを使えば考えを表現でき、新しい表現を身につけることで見つかる力もある。メガネをかけた人に、外した状態が本当の力だとは言わないのと同じで、テクノロジーを使ってできることまで含めて、その人の力と考える。三つ目は環境の側を変えることだ。既存の職種に人をあてはめるのではなく、仕事を分解し、この部分はこの人が得意、あの部分は別の人が得意というように設計し直す。石戸氏は、こうした取り組みが新しい人材戦略であり、イノベーション戦略にもなりうるとみる。
平均に合わせる社会から、違いを前提にする社会へ
石戸氏は、同じものを見ていても人によって見え方は違い、同じ音を聞いていても聞こえ方は違うと話す。集中しやすい環境も、力を発揮しやすい方法も、人によって異なる。それなのに、社会は平均的な人を前提に、あらゆる制度や環境をつくってきた。みんな同じという前提に立つのではなく、違うことを前提に社会をつくり直す。その対象は教育にとどまらず、企業や働き方、都市計画、文化にも及ぶと石戸氏は語る。
こうした違いを知ってもらう手段が、体験型展示「みんなの脳世界」である。2023年に始まり、2026年は「みんなの脳世界2026~超多様~」として、11月7日と8日に東京ポートシティ竹芝(東京都港区)で開く。VRで自閉スペクトラム症の人の見え方を体験するなど、他の人が感じる世界を疑似体験し、自分が見ている世界を標準だと思い込まないことに気づいてもらう狙いだ。
「みんなの脳世界」でVRゴーグルを着けて展示を体験する子ども(石戸教授提供)
石戸氏自身も、この運動を始めて、自分が当たり前にとらわれていたと思い知らされたという。自分が普通と思っていることは、別の視点から見れば唯一の正解ではない。石戸氏はこの運動を、これまでの当たり前を疑い、未来の当たり前をつくる運動と位置づける。
「超多様」が描く社会
石戸氏が理事長を務める一般社団法人 超多様は、任意団体として活動してきたニューロダイバーシティプロジェクトを発展・継承する組織である。公式サイトによると、企業・働き方、教育・学習、都市・空間・建築など幅広い領域を横断し、社会実装から政策提言までを一体的に進める。柱となるのは、理解促進、技術開発、環境整備の三つのアプローチだ。
石戸氏は、研究から実証、実装、政策提言まで取り組みたいと語る。分野別に検討の場も設けているという。街づくりでは、目に見える障がいだけでなく、目に見えないニーズの多様性にも配慮したガイドラインをつくり、実装することを考えている。教育、スポーツ、働き方でも、同様のガイドラインづくりを進めたい考えだ。
石戸氏は、海外の事例を非常に参考にしていると話す。ニューロダイバーシティが生産性の向上につながることを示すデータも、海外では数多く出ているという。こうした事例と比べると、日本の取り組みはまだ足りないと感じ、運動を始めた。始めてみると、予想以上に多くの大学や企業が関心を寄せ、機運は高まっていると判断して組織化に踏み切った。
一方で、IT企業の人事施策など特定の領域の話に矮小化したくないという。ニューロダイバーシティは本来、もっと大きな概念だ。感じ方も、情報の取り方も、考え方も、学び方も、力を発揮できる環境も人によって違う。学校のあり方、働き方、都市や建築、公共空間、情報の示し方、テクノロジー、文化やコミュニティ、制度や政策まで、認知や感覚は一人ひとり違うという前提でデザインし直す。石戸氏はこれを、個別の施策ではなく、社会の設計原理として捉え直す試みと位置づける。目指すのは、多様な人に配慮する社会にとどまらず、一人ひとりの違いが力となり、多様性そのものが新しい価値を生む「超多様社会」である。
活動開始から約3年が過ぎたが、日本ではまだ十分に浸透していない考え方だと石戸氏は認める。多様な人々を巻き込みながら、研究から実証、実装、政策提言までを担う基盤づくりを進めたい考えだ。
プロフィール:石戸 奈々子(いしど・ななこ)
慶應義塾大学教授/一般社団法人 超多様理事長
東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。株式会社松屋、株式会社フジ・メディア・ホールディングス、株式会社デジタルガレージの社外取締役。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員やNHK中央放送番組審議会委員を歴任。デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。