地域の「頭脳」と人材が、日本の未来を切り拓く

中央大学経済学部の山﨑朗教授は、空間経済学の視座から、九州の半導体クラスター構想にも関わるなど、地域経済を多面的に論じてきた研究者である。日本の国際競争力が問われるなか、地域に必要な「頭脳」とは何か。AI時代を担う学生に何を伝えるべきか。教授の言葉から、地域と教育の未来を探る。

写真(中央大学経済学部:山﨑)(トリミング済)

中央大学 経済学部 教授 山﨑 朗 氏

京都大学工学部卒業、九州大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。九州大学助手、フェリス女学院大学専任講師、滋賀大学助教授、九州大学教授などを経て、2005年より中央大学経済学部教授。博士(経済学)。専門は地域政策、産業クラスター、国土計画、地域創生。

地域経済を歩んできた研究者—日本全体で付加価値を高めるために

中央大学経済学部の山﨑朗教授が専門とするのは、空間経済学を基礎にした地域経済研究である。経済活動を「人・物・情報の空間的な移動」として捉え、地方創生から都市政策、産業クラスター論まで幅広く取り組んできた。

もとは理系の出身で、エントロピー経済学の集中講義を契機に経済学へ転じた。九州大学大学院で経済地理学を専門とする矢田俊文教授に学び、地域経済を軸に据え、その後の研究の一部として、半導体クラスターの形成にも深く関わっていく。

その山﨑教授がいま強く意識しているのは、日本全体で付加価値をどう高めるか、という問いである。日本の1人当たり名目GDP(ドル換算)は、かつて世界2位に位置していたが、IMFの統計では2025年時点で世界38位の水準にある。

「地域創生において、東京一極集中を悪と決めつけるべきではありません。伸びている地域は伸ばす必要があります」と山﨑教授は語る。一方で、日本経済を牽引してきた東京もまた、海外との比較で地位が下がってきている。

「東京を含めて日本全体で付加価値をどう高めるか。これが、これからの時代の最大の課題だと考えています」

地域創生は、東京と地方を対立軸で見るのではなく、各地域がそれぞれ独自の価値を生み出し、その総和として日本全体の競争力を底上げしていく営みである。その問題意識のなかから、山﨑教授はかつて九州で、具体的な実例づくりにも関わってきた。

テクノポリスから半導体クラスターへ──九州での実践

その実例の一つが、通商産業省(現・経済産業省)が1983年に法制化したテクノポリス計画である。地方都市に高度技術産業の集積を生み出すこの構想には、全国26地域が指定された。山﨑教授は、こうした流れに並走するかたちで、九州における半導体クラスター形成に関わっていく。

九州電力系のシンクタンクから「九州の未来の産業について構想を描いてほしい」という相談を受けた教授は、半導体を軸とするクラスター計画を練った。その構想は、福岡市のシーサイドももち地区におけるイノベーションの動きへとつながっていく。海辺に整備されたエリアにはおしゃれな建物が並び、バーカウンターには人が集い、新しいアイデアが行き交う場が育っていった。

九州に積み上げられた産業と人材の蓄積は、やがて「シリコンアイランド」と呼ばれる集積へと結実する。現在の熊本における半導体産業の活況も、こうした数十年単位の蓄積の上に築かれてきたものといえる。

地域に必要なのは「頭脳」と長期視点──末端を「先端」へ

だが、こうした長期視点の地域づくりは、現代の地域創生の主流ではない、近年の議論は特産品開発など短期間での成果を求めがちだ、と山﨑教授は指摘する。

「本当の地域創生は、手軽にできないこと、短期間で結果が出にくい難しいことに取り組むことだと考えています。5年単位のKPI(重要業績評価指標)で成果を急ごうとすると、地域同士で人材を取り合う構図になりやすく、新しい価値を生み出すことにはつながりにくいのです」

山﨑教授が繰り返し説くのは、地域には独自の「頭脳」が必要だという認識である。その代表例として挙げるのが、福岡に拠点を置く九州経済調査協会(九経調)だ。

九経調は満州鉄道の調査部の流れを汲み、現場を歩いて事業所単位で産業の変化を捉えていく。教授が九州の半導体クラスターの構成事業所を抽出してほしいと依頼すると、九経調は即座に454の事業所をリストアップした。この数値は工業統計表よりはるかに多く、そして実態を伴っている。

「地域に独自の構想力がないと、東京のシンクタンクに依頼をしても、統計上のデータに基づく似た計画になりがちです。地域に根ざした調査と分析の蓄積こそが、長い時間をかけて地域を支える基盤になります」

そして、頭脳と長期視点を備えた地域は、海外との関係を起点に新しい姿を見せ始める。「私の長年のキャッチフレーズは『国土の末端を、国土の先端へ』というものです。地理的に日本の末端に位置する地域でも、海の向こうとの交流を起点にすれば、付加価値を生み出す先端になり得るのです」と山﨑教授は語る。

福岡や沖縄が伸びている背景には、近隣の韓国・台湾の成長と、近さゆえに育まれた自律的な交流の積み重ねがある。短期のKPIで競うのではなく、地域の頭脳を備え、海外との関係を含めて長期の視点で歩み続けること。それが、地域の末端を国土の先端へと変えていく道筋である。

AI時代に問われる力

これからの時代に問われるのは、AIが及ばない領域で価値を生み出す力だ。AIには、まだデジタル化されていない現場の情報や、人間の感情のように記号化が難しい領域は捉えきれない。山﨑教授は2025年を「AI元年」と呼ぶ。

「レポートや卒業論文の多くにAIが使われるようになりました。知識を蓄えるだけ、資格を取るだけでは生きていけない時代になりつつあります」

これからの教育に問われるのは、知識ではないものをどれだけ身につけられるかという、教育の質そのものである。なかでも山﨑教授が重視するのが、コミュニケーション能力だ。

「AIには代替できないイノベーションは、人と人との交流や接触からしか生まれません。多様な人と対話するなかで課題を発見し、自分で問いを立てる。その力こそが、地域の頭脳を担い、新しい価値を生み出していくのです」

山﨑教授の講義では冒頭10分を、自身がAIと対話する様子を学生に見せる時間に充てている。あえて違和感のある統計を題材に問いを立て、AIの応答を学生とともに検証する。レポート課題は意図して抽象的に出す。学生はそこから自分で問いを切り出し、身近な現象を読み解いていく。

問いを立てる力、対話する力、付加価値を生み出す力。こうした力を備えた人材が、日本の頭脳となり、東京から、そして地方から、日本の未来を切り拓いていく。

「地域のイノベーション」を学び、社会へ踏み出す

 中央大学 経済学部 公共・環境経済学科 (山﨑ゼミ所属) 
 岸 真侑加さん 

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中央大学 経済学部 公共・環境経済学科で山﨑ゼミに所属する岸 真侑加さんは、これまでも地方活性化に関心を持ち、地域に携わるプロジェクトに参加してきた。原点は、高校時代に市役所や企業と協力して地域のイノベーションに取り組んだ経験だ。大学進学後のゼミ選びの際、山﨑ゼミが「地方活性化」ではなく「地域のイノベーション」を扱う点に惹かれ、理論だけでなく現地調査やフィードバックを通じて地域創生を学びたい、と志望した。教授の著作や発信に触れ、これまでにない発想に強い興味を抱いたという。山﨑ゼミでは昨年度、日本の農業が抱える課題を研究し、その成果を懸賞論文にまとめて農業従事者へ学生ならではの新たな視点を共有。また、市役所職員や地域住民へのヒアリングを通じて地域の現状やまちづくりを学ぶフィールドワークにも参加し、その成果を市役所主催のオンライン成果発表会で発表した。先行きの見えない多様な時代に、何が必要とされるかを自ら見つけ、知見を深められる、多角的に考えられる人材を目指して、社会と結びついた学びを続けている。