探究を実質化するデータサイエンス教育 高等学校における位置付けと展開

中等教育段階における探究学習を実質化するための枠組みとして、統計学的課題解決(PPDAC)サイクルに基づくデータサイエンス教育の意義を整理する。

探究学習の現状と動向

ドゥラゴ 英理花

ドゥラゴ 英理花

聖徳学園中学・高等学校 校長補佐、データサイエンス部長。大妻女子大学データサイエンス学部アドバイザリーボード委員。
早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了、東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。主著に『ー手を動かしながらやさしく学べるー はじめてのAI・データサイエンスリテラシー』技術評論社、2025年。東京都文京区教育委員会ほか全国で管理職・教員向け研修を多数実施。

近年、「探究学習」の重要性は教育現場において繰り返し強調されてきた。知識・技能の習得にとどまらず、それらを活用して課題を見いだし、情報を収集・整理・分析し、他者と協働しながら解決へ向かう学びの在り方は、学校教育が担うべき中核的な方向性として、学習指導要領の改訂の歩みの中で明確化されてきた。

現行の学習指導要領では、各教科等の学習を「主体的・対話的で深い学び」として実現することが求められており、その具体化の一つとして高等学校においては「総合的な探究の時間」が制度的に位置づけられている。すなわち探究学習は、特定の教科や活動に限定されるものではなく、教育課程全体を貫く学びの方法として、長期的な政策的要請のもとで整備されてきたものである。

素養としての
データサイエンス教育

探究を実質的な学びとして成立させるためには、学習者が探究課題を経験的印象や断片的知識のみに依拠するのではなく、現実の事象を記述するデータを自ら収集・整理し、可視化や分析を通して解釈し、その結果を他者と共有可能な形で論証する力を育成する必要がある。こうした力は一過的な活動によって獲得されるものではなく、日常的な文脈に根ざした教科学習を通して、探究に向かうための「素養」として段階的に涵養されることが求められる。

この探究における素養形成を支える教育的基盤として、現在、中等教育段階ではデータサイエンス教育の重要性が注目されている。データサイエンスとは、データの収集、整形、可視化、分析、解釈、伝達という一連の過程を、情報・数学・統計学を横断的に学習することを通して体系的に身につける営みである。それは単なる技能の集合ではなく、探究における思考過程を支え、根拠に基づく説明や表現を可能にする「方法知」として位置づけられる。

とりわけ高等学校段階では、社会的・科学的課題など複雑で多面的な問いに取り組む機会が増える一方で、情報活用能力の差が探究の質の差として顕在化しやすい。したがって、探究学習を実質的なものとするためには、高等学校におけるデータサイエンス教育を教科・領域横断で体系化し、関連する学びと総合的な探究の時間とを接続させながら、学習者がデータを根拠に思考し、日常の文脈で表現する学びを、カリキュラムとして実装することが不可欠である。

探究学習を支える
PPDACサイクル

データサイエンスを基盤とする探究の進め方を構造的に捉える枠組みとして、Wild & Pfannkuch※1が提唱した統計的課題解決サイクル(PPDAC:Problem–Plan–Data–Analysis–Conclusion)がある。PPDAC は、課題設定、計画、データ収集、分析、結論の過程を循環的に捉え、探究における思考と実践を構造化するモデルである(図1)。

図1 PPDACサイクルとデータサイエンス教育

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なかでも課題設定(Problem)のフェーズは、その後のデータ収集や分析の方向性を想定し、最終的な結論の妥当性にも影響する起点となる。しかし学習者は、経験や印象に基づく直感的判断から問いを立てやすく、検証可能な形に整理されないまま提示されることも少なくない。

この点は、Kahneman,D※2が示した「速い思考(System1)」と「遅い思考(System2)」の枠組みによって説明できる。System1は迅速であるがヒューリスティック※3の影響を受けやすく、主観的で曖昧な問いを生みやすい。他方、System 2は、前提を点検し、根拠にもとづいて問いを再定義する分析的思考を担う。

探究学習の課題設定においては、System1によって直感的に生じた問いを出発点としつつ、データの収集・分析を通して再検討し、System2を意図的に作動させながら検証可能な問いへと再構成する過程が不可欠である。こうした問いの更新を反復的に支えることで、科学的根拠に基づいた課題設定をすることが可能となる。

さらに、探究の出発点を学習者の興味・関心が反映されやすい System1に置くことは、活動を生徒自身の好奇心に根ざしたものにし、主体的・継続的な学びを促す点でも重要である。その結果、探究の過程で困難や停滞に直面した場合でも、課題に粘り強く取り組み、乗り越えようとする傾向が高まることが期待される。

探究を支える
データサイエンス教育の実装

探究学習を、根拠にもとづく問いの設定と検証、適切な方法による分析、結論の再検討へとつなげて成立させるには、学習者がデータを扱う素養を日常的な文脈を通して教科横断的に身につけることが欠かせない。ここでいうデータサイエンス教育は、技能の習得にとどまらず、現実の事象をデータで記述・解釈し、他者と共有可能な形で説明・論証するための「方法知」として位置づけられる点に意義がある。

とりわけ高等学校段階では、数学Ⅰや情報Ⅰ等で扱う基礎的概念(分布・代表値・散布図・相関・推測の導入など)を、総合的な探究の時間における課題解決の文脈へ接続し、「学んだ知識を探究で使う」経験を反復できるよう、意図的なカリキュラム設計が求められる。その際PPDACは、探究の見通しを与えつつ、直感的な興味・関心から生じた問いを、データ収集と分析を経て検証可能な課題へと練り直す枠組みとして有効である。結果として、探究は一過性の活動ではなく、問いの質と方法の妥当性を更新し続ける循環的な学習構造へと転換される。

以上を踏まえると、高等学校でデータサイエンス教育を探究の実質化に資する形で展開するためには、①教科と探究の往還できるカリキュラムの実装、②データの信頼性・代表性・偏りや方法上の限界を吟味する批判的リテラシーの育成、③協働と表現を含む評価設計(過程評価を含む)の整備、④教員の指導知を支える校内体制と教材基盤の構築、を柱として進める必要がある。これらが統合されるとき、データサイエンス教育は探究学習の質を底上げし、学習者が社会や地域の課題に対して、データに根ざした判断と説明を行うための基礎的素養として機能する。したがって、探究学習の実質性を高めるうえでは、PPDACサイクルに基づくデータサイエンス教育を教育課程全体に位置づけ、継続的に深化させることが重要である。

※1 Wild, C. J. & Pfannkuck, M. (1999) "Statistical Thinking in Empirical Enquiry". International Statistical Review, 67(3), pp.223-265.
※2 Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. New York: Farrar, Straus and Giroux.
※3 ヒューリスティック(Heuristic)とは、限られた情報や時間の中で、経験則や直感に基づき、短時間で「おおむね正解に近い解」を見つける発見的な思考法である。