高校での探究活動におけるポイント テーマ設定と不正な行為への指導
「総合的な探究の時間」や「理数探究」など、高校で探究学習が進む中、指導などで悩む教員も少なくありません。本稿は「テーマ設定」「不正な行為への指導」に絞って、そのポイントを紹介します。
秋田県では博士号取得者を対象とした高校教員の採用試験を2008年度より行っています。私はその1期生として採用され、高校の現場で探究活動をはじめとする教育活動に従事して17年が経とうとしています。これまでの経験を踏まえて、高校での探究活動に関するポイントを本校理数科「理数探究」を例に紹介します。
探究活動のポイント①
テーマ設定

遠藤 金吾
秋田県立秋田高等学校 博士号教員
1977年東京都生まれ。東北大学農学部卒業後、東北大学大学院生命科学研究科博士課程前期・後期を修了し、博士(生命科学)取得。専門はDNA修復機構。東北大学加齢医学研究所科学技術振興研究員を経て、2008年より秋田県の教諭(博士号教員)として勤務。現任校(秋田県立秋田高等学校)には2016年より勤務。
生徒も指導教員も最も悩むところがテーマ設定です。大学生も高校生の探究活動と同じように、テーマを設定して研究を行います。多くの大学のカリキュラムは、
となっており、卒業研究以前に、これを進めるための専門分野の知識や実験技術を習得する段階があります。一方、多くの高校のカリキュラムは大学受験から逆算して組んでいるため、大学入試で課されない教科・科目は1・2年次に履修する傾向にあります。よって、他の教科・科目で様々な分野の基礎知識を習得していない状況で探究活動の最初の段階であるテーマ設定を行わざるを得ないことになります。このことから、基本的な法則や実現可能性を判断できないのは無理もなく、これらを無視した提案が生徒から出ることもしばしばです。
正反対に自明であること、自分で検証せずとも検索すれば結論がわかるテーマを提案する生徒もいます。
大学生や大学院生の卒業研究では「新規性」が求められます。既存の報告とは違う新しい発見であることです。高校生の探究活動に新規性が必要不可欠とまで言えるかどうかは議論があるところですが、少なくともweb検索や教科書レベルの知識から考えて結論がすぐに出る程度のテーマは1年間もの時間と労力をかけて理数探究の中で探究していくことは好ましくないと思います。
そこで、生徒と「対話」して解決の糸口を探ることになります。
このように、高校の設備で実現可能な方向の代替案を提示します。
これまでに筆者が経験した例では、
といったように、「対象を限定する、別のものに置き換える」ことで新しいテーマが成立することもあります。ちなみに、この避難経路のシミュレーション研究は、最終的に本校の従来の避難経路の改善点を発見、提案し、その案を取り入れた結果、避難訓練の完了時間が短縮されました(全国規模の科学研究コンテストで入選1等という評価を受けました)。
探究活動のポイント②
倫理教育
高校での教育活動は全て学習指導要領に規定されていますが、探究に関する科目も例外ではありません。教科「理数」の学習指導要領解説には科目「理数探究基礎」「理数探究」に関する内容が記載されており、その分量は50ページ以上に渡ります。以下は、「内容の取扱いに当たっての配慮事項」の記載の一部です。
不正な行為への指導
本校では、研究倫理のガイダンスを毎年実施しており、次のようにクイズ形式で学んでいます。
「探究の過程における不正な行為」には、主に以下の4つがあります。
まずはこれらに関する問題を出題します。
ほとんどの生徒が「×」と回答します。「捏造」に当たります。
ほとんどの生徒が「改ざんであり×」と適切に回答します。「コントラストや縦横比は変えて良いか」と追加質問すると多くの生徒は判断に困ります。「コントラストを変えて見えているものが見えなくなるなら改ざん」「縦横比の改変は観察対象の情報が変化するから改ざん」と解説します。
「賛否半々」程度の回答になります。「引用」という概念と、これは適切な引用であることを説明します。「発表の内容の9割が引用の場合は?」と極端な例を示すと、ほとんどの生徒が「×」と適切に回答します。
「明らかにおかしい」というのは根拠がなく主観であり、これは「改ざん」に当たりますが、生徒の回答は「賛否半々」程度です。「理論的にはこうなるべき」と決めつけてしまうのは、立てた仮説通りの結論を導かなければならないという固定観念や理想的な実験結果が記されているペーパーテストで正解を探すことに慣れ過ぎていることに原因があるかもしれません。
学習指導要領には「数学的な手法を用いる探究」が示されており、ばらつきや検定などの統計学に関する内容を、日を改めて指導します。
また、学習指導要領には「観察、実験、調査等を行う際には、可能な限り記録を取り再現性や信頼性を確保することは研究倫理の面からも重要である」とも記載されています。本校では「捏造や改ざんを疑われないために」という意味でも研究ノートの記録を正確に取ることの重要性も合わせて指導しています。
ほとんどの生徒が「×」と回答します。これは「盗用」に当たります。
先輩の研究を「盗用」しているのではないか?と考えて、「×」の回答の方が多くなります。例え先輩自身がプレゼンテーションの場に登壇していなくても、先輩の名前も発表者の中に入れているのであれば合同の成果ということで何の問題もありません。先輩の名前が入っていないのであれば成果を「盗用」したことになります。
大学や研究所の研究者は、学会発表や論文発表のときに「オーサーシップ」ということに神経を使います。分野によって考え方が違う場合もありますが、概ねその研究を進めるために「研究者として貢献した人」を「著者(発表者)」として記載します。その際、
という表記のルールがあり、これに従って各自の研究業績はカウントされることになります。ここで言う「研究者として貢献した人」というのは、次のような人は入らないのが通例です。
高校生の探究活動の発表では、メンバーの氏名は学年順や五十音順に記されている例が多く見受けられます。テーマ設定や実験結果の解釈に多大な貢献をしているはずの共同研究先の大学の先生の名前が著者欄どころか謝辞欄にすらも記載されていない例も多く見受けられます。これらは、高校現場でオーサーシップの考え方があまり理解されていないことによるものだと思います。学会のジュニアセッションの申し込みの際に、学会側から「このように表記して下さい」というルールを提示することで徐々に浸透していくかもしれません。
一方で、教育活動の一環である高校生の探究活動において、「貢献度の低い生徒」にどのような教育的配慮を行うか、という問題も同時に生じることになりますので、なかなか難しい面もあるのは確かです。しかしながら、その研究において貢献度が大きい生徒や研究を支援した大学の研究者の業績が低く評価されることは理不尽ですので、今後の課題であると言えます。
人権侵害への指導
学習指導要領では、「個人情報の不適切な扱い等による人権侵害が起こらないよう十分な配慮が必要である」と記載されています。
ほとんどの生徒が「〇」と回答します。現在、web上にはアンケートを行うことができる無料ツールがたくさんあります。研究との関係の有無に関わらずほとんどの人がweb上のアンケートに回答したことがあることから、高校生は安易に「〇〇に関する調査」というアンケートを校内のサイトにアップロードしがちです。このようなアンケート調査は、次のような項目について被験者に十分な説明が必要です。
さすがにこれは全員が「×」と適切に回答します。この問題⑧と比べることで、問題⑦は被験者に対する十分な説明が必要であることがより明確になります。
生命の尊厳への指導
学習指導要領では、「生物を対象とする探究では配慮すべき生命倫理があること」「生命を尊重する態度の育成を図る」ということも述べられています。
「×」と適切に回答する生徒は1/4~1/3程度です。研究の世界では動物実験については学内の倫理委員会で厳しく事前審査が行われ、次のような「動物実験の3Rの原則」を遵守して進められます。
民間でも、例えば2009年よりEUでは化粧品開発のために動物実験は法律で禁止され、日本メーカーもこれに倣って次々に動物実験を廃止しました。海外の高校生のコンテスト「ISEF(アイセフ)」※では動物実験を始めとする研究倫理規定が厳しく定められています。日本国内に目を向けると、ISEFの予選である日本学生科学賞や高校生・高専生科学技術チャレンジはISEF基準で審査が行われていますが、そこまでの基準を設けていないコンテストもたくさんあります。
前述の「動物実験の3Rの原則」を解説した「中等教育における研究倫理:基礎編(一般財団法人公正研究推進協会)」のような教材もありますが、まだまだ日本国内の教育現場では動物実験に対する意識は成熟していないというのが現実です。
まとめ
本稿では理数科「理数探究」を題材に、探究活動のポイントを解説しました。しかしながら、「普通科」で実施されている「総合的な探究の時間」では「文系分野の探究が調べ学習に終始してしまいがちである」といった別の課題も存在します。また、本稿で解説した研究倫理教育は「総合的な探究の時間」の学習指導要領では規定されていません。
令和6年度学校基本調査によると、大学進学率は59.1%に達しており、普通科卒業者の多くも大学に進学し、何らかの研究を行うことになります。大学での学びがよりスムーズに、効果的に行われるように高校から接続することは重要です。また、進学せず社会に出る生徒にとっても、人生は創意工夫と挑戦の連続、すなわち探究と同じとも言えます。よって、総合的な探究の時間を通して、研究倫理も含めた「探究と向き合う望ましい態度」を育成することは重要なことであると考えます。
※ ISEF:International Science and Engineering Fair