新たな公教育をデザインする デジタル・シティズンシップ・シティ
広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI)は、内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の一環として「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」事業を推進。次世代の公教育のデザインについて、研究開発責任者の草原和博教授に話を聞いた。
どこでも・誰でも・誰とでも
共に学ぶ公教育をつくる
草原 和博
広島大学大学院 人間社会科学研究科 教授/副理事(研究倫理担当)、教育学部長補佐(将来構想担当)
博士(教育学)。広島大学大学院教育学研究科中途退学。兵庫教育大学助手、鳴門教育大学准教授、広島大学大学院准教授などを経て、2014年より教授。専門は教科教育学・社会科教育学。世界各国の教育言説やカリキュラムを比較考察し、民主主義社会における主権者の育成原理や社会科教育の思想を解明している。近年はオーストリアの市民性教育カリキュラムを調査し,歴史教育と政治教育の不可分な関係性を究明。社会科教師の意思決定メカニズムにも関心を寄せ,主権者育成のための教師の養成・研修に取り組む。
── 「デジタル・シティズンシップ・シティ(DCC)」が目指す公教育の在り方をお聞かせください。
キャッチフレーズは「どこでも・誰でも・誰とでも共に学ぶことができる公教育をつくる」なので、一番の目標は「新しい公教育の仕組みをつくること」です。
「どこでも」は空間的な条件が教育機会の損失にならない仕組みづくりを意味します。島しょ部や中山間地域は、教育機会が乏しい「僻地」としてネガティブに捉えられてきました。しかし、オンラインでつなげば、専門家や芸術家、起業家など普段出会えない人々と交流できます。人口減少により地方の小規模校化は現実化しており、それが不利条件にならない仕組みが必要です。
「誰でも」は、不登校の子ども、教育支援センターに通う子ども、日本語を母語としない子どもなど、学びたい人がつながって学べる場をつくりたいという意図です。
「誰とでも」は、民主主義社会を担う教育には、異なる考えを持つ他者と意見を交わし、合意形成する力が不可欠です。同質性で固まりがちな社会だからこそ、異質な相手とつながって学ぶ機会が重要です。
社会変化への対応と同時に、より民主的な国家社会を形成するための新しい公教育の仕組みとして、この3つを軸にDCCに取り組んでいます。これまでに100回を超える実証授業を行い、延べ2万人を超える子どもたちが参加しています。
── 「デジタル」「シティズンシップ」「シティ」には、それぞれどんな意味があるのでしょうか。
「デジタル」は、AIやオンライン環境を使って人々や学校をつなぐこと。「シティズンシップ」は、公共的課題をめぐる意見の対立や論争的なテーマも含めて、ともに議論し、対話しながら社会をつくることを指します。「シティ」は、その議論に地域住民を巻き込み、子どもたちと社会のあり方をともに考える、多様な人が参加できるプラットフォームをつくることです。
実際の取り組みでは、複数の学校が合同で社会的課題を探究する「広域交流型オンライン地域学習」が主軸です。教育委員会の理解を得ながら、保護者に開かれた授業を行っています。テーマは地域課題が多いため大人も一緒に考えやすく、QRコードから大人にも投票してもらったり、その場でマイクを通じて大人の声を聞きながら学習を進めたりします。多様な立場の人に対面やオンラインで参加してもらい、異なる背景を持つ人々とともに学ぶ「学習共同体」をつくりたいという思いで「シティ」という言葉を使っています。
この3つが掛け合わさることで、「規模の異なる学校の協働」「公共的課題の対話」「越境する教室空間」「デジタルによる柔軟な結合」「多様な市民の包摂」を実現するネットワーク型の公教育空間の創出を目指しています。
少子化が進む地域の学校の現在地
広域交流型オンライン学習の必要性
── DCC事業がスタートした背景をお聞かせください。
2021年に「広域交流型オンライン社会科地域学習」として、東広島市教育委員会と連携し、小学校3・4年生の社会科の授業が出発点です。コロナ禍で社会科見学が難しくなったため、本学の学生がカメラとマイクを持って地域に出向き、地域住民と対話できる場をつくろうとしました。その後、小学校5・6年生、中学校、高校、総合的な学習の時間と拡張していきました。その過程で内閣府のSIP事業に採択され、同事業の課題「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォームの構築(ポスコロSIP)」に対して、自分たちの目指す公教育の在り方を「デジタル・シティズンシップ・シティ」として言語化し、これを機に再出発しました。
── 広島大学のある東広島市の人口は約20万人です。全校生徒が50人程度の小規模な小学校もあり、統廃合が進んでいます。
全国的にも見られる状況だと言えます。ポイントは児童数が急増する地域と減少する地域が同じ市内に併存していること。東広島市内には約30の小学校があり学校数は減少しています。児童数が増える学校がある一方、複式学級でなければ運営できない学校も出てきています。同じ市内に相反する傾向の学校が存在するのが、東広島市が抱える構造的な課題でした。
だからこそ東広島市教育委員会は、大きな学校と小さな学校、都市部の子どもと漁業の町や山あいの学校をつなぎ、子どもたちが多様な考え方に出会えるようにしてきたのです。
社会課題などをテーマに
「当たり前」を問い直す学び
── 具体的な授業実践をお聞かせください。
東広島市内の複数の小学校を繋いで「交番の立地を問い直す授業」を行いました。「東広島市に新しく交番をつくるならどこがよいか」を考えます。交番・駐在所の分布を地図で見ると、市の中心部に集中し、郊外にはほとんどありません。この偏りは当たり前なのか、子どもたちに問いかけ、投票します。
東広島市内の小学校8校が参加した市内の交番・駐在所の配置案を児童らが議論し提案する授業。写真左は他校からの提案を聞く児童の様子。写真右は児童が検討材料にした資料。資料は、大学から事前に郵送される。
都市部の子は「空白地帯に等しく交番をつくるべきだ」と空間的な平等を主張し、中山間地域の子は「私たちの地域は事件が少ないので、街中や大学近くにつくるべき」と主張します。こうして自分たちの地域の安全性や平等さと公平さについて、学校・教室同士で意見を交わします。今あるものを当然と受け止めず、地域の公共的な課題として捉え、答えのない問いを議論します。
小学校6年生の歴史では北海道や鹿児島の学校も参加して「前方後円墳から歴史観を問い直す」授業を行いました。東広島市には三ツ城古墳があり、専門家が埴輪や石棺を説明します。子どもたちは、大和朝廷とつながる大豪族がいた証として、3~5世紀の歴史を知る上で、前方後円墳の重要度を10点満点で評価します。しかし、前方後円墳の分布をみると東北や北海道、南西諸島にはありません。「前方後円墳がない地域には歴史がなかったのか」と問うと、北海道や鹿児島の子どもたちが反論します。北海道北見市の常呂遺跡では、ロシア沿海部との取引の跡が、鹿児島県徳之島では面縄貝塚を取り上げ、中国の貨幣が発掘されるなど、大和朝廷のつながりとは別の歴史があったことを発表します。こうして、教科書の歴史が大和朝廷・近畿地方中心の視点で描かれていることに気づいていく。県外と結びついているからこそ見えてくる学びだと思います。
東広島市と北海道北見市、鹿児島県徳之島町の小学校が参加した「縄文のむらから古墳のくにへ」をテーマとした授業。写真左は三ツ城古墳からの中継の様子。写真右は他校に意見を発表する様子。中継等は、大学生が担う。
── 高校ではどのような授業を実践されているのですか。
高校ではSIP事業の他部門の最先端研究を学びながら、生徒自身がその研究を批判的に評価する学習を行っています。例えば、海洋資源(レアアース)開発をテーマにした授業では、危険な深海の資源採取は採算が合うのか、環境への影響はないのかといった問いを立て、生徒と技術者・研究者が対話する授業を行い、現地の中継も取り入れました。昨年度の授業は深海調査について推進派・抑制派の立場から根拠を示して議論し、科学者が反論したり、科学的知見に基づいたアドバイスをする形式で行いました。
レアアースを巡る深海調査の必要性について研究機関JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)の専門家と対話する高校生の様子。
広島国泰寺高校、長崎県の佐世保南高校、熊本県の済々黌高校の3校をつないで実施し、今年度も継続しています。今年度は、レアアースを教科書に載せるなら、どんな記述にするかを生徒自身が考える授業も始めています。他校の生徒や専門家の意見に触れることで、自分の考えを見直す機会になっています。
不登校の子どもたちも参加できる
オンライン授業の仕組み
── 不登校の子どもたちは、どのように参加できるのでしょうか。
通常の授業形態を「Ch1」と呼び、学校・教室同士をつないで授業に参加します。「Ch2」は副音声方式で、Ch1の映像を裏で解説するスタイルで、学校に通っていない子どもたちが学べる仕組みです。東広島市内の子どもに限らず、全国の子どもが参加できます。Ch1でカメラ・マイクをオフにして授業に参加できますが、教室環境の光景が苦手な子どもたちには難しい場合があります。
Ch2では、チャットを通じて参加したり、スライドに書き込むことでCh1と意見を共有でき、顔出しや発声をしなくても参加できるのが特徴です。Ch2は指導主事や学生がニックネームで呼び合いながら、和やかな雰囲気で運営しています。参加を希望する場合は、ホームページのコンタクトページを通じてご相談ください※。先生も視聴可能です。
大学・学校・AIによる
3層構造で授業を運営
── 県外との連携は、北海道と鹿児島のほかにもあるのですか。
現在は、この2地域が中心ですが、将来的には全国規模に拡張し、広島大学のような事業運営拠点を各地につくっていきたいです。北海道教育大学釧路校では、本学の運営ノウハウを参考にしながら独自スタイルを確立されています。鹿児島大学も同様の動きが芽生えつつあり、北海道教育大学や鹿児島大学と連携しながら、各地域が独自に展開する取り組みを横につなげ、全国ネットワークをつくっていきたいと考えています。実施主体は、教育委員会主導で大学や民間企業が協力する形もあれば、大学主導で教育委員会が加わる形もあり得ます。地域の実態に応じて柔軟に運営を決めていきたいですが、基本的には教育委員会と地元の教員養成系大学が主な拠点と考えています。
私は社会科専門なので学内の社会科教員と分担したり、県外の研究者にも協力を依頼しています。こうして教科や学年ごとに分担しながら、遠隔授業コーディネーターの育成も進めています。数年後には、広島大学以外の教育委員会や大学の専門家、現場の先生方自身が主導して運営できる体制を目指しています。多様な運営主体を育てることが、今後の課題です。
── 授業の実施体制はどうなっているのでしょうか。
指導案は教育委員会の指導主事と一緒に作成し、大学と各学校の先生が連携しながら授業を行っています。全体の進行役は主に広島大学などの研究者が運営を担い、学校の先生方は各教室の指導を行います。遠隔授業を複数クラスで同時進行する場合、1人で進行役と教室指導を両立するのは大変なので、教室内対話の「オンサイト・ラーニング」は学級担任が主導し、教室間対話の「オンライン・ラーニング」は大学教員が引き取る、そしてこれらの対話のメタ分析は「デジタル・ラーニング」としてAIが支援する三層構造で、授業を運営しています。
── 事業の手応えを。
一番の手応えは「授業を続けてほしい」という声です。地域の学校では、いつも同じ少人数で学ぶ環境を変えたい、普段は行けない現場の声を聞きたい、という切実な思いがあります。例えば「島に田んぼがなく、子どもが見たことがない。農業の授業に参加させてほしい」という声もありました。子どもたちが農家の方に直接インタビューできるのが、同期型オンライン授業の強みです。地域の子どもたちにとって、かけがえのないインフラとして機能していると感じています。
学校を建てる公教育から
学校をつなぐ公教育へ
── シティズンシップを育む上で大事なポイントは何でしょうか。
大切なのは論破ではなく「対話」が目的だと伝えること。対話とは異なる見解に耳を傾けることです。異なる考えに敬意を払い、応答することを重視しています。
もう一つは「省察性」です。相手の考えを聞くことで、自分の意見を見直す機会にすること。「自分が正しいと思っていたが、そうではないかもしれない」と問い直す視点です。最終的には「公共性」――みんなでこの社会をつくるために何をこそ共通善とするべきかを考えることです。①他者の意見を知り、②自分の意見を振り返り、③自分の意見も伝えて、④対話を通じて公共的課題への関心を高める。これらの4点を対話指標に整理し、継続的にデータも取っています。
SIP事業では、これらの資質を育むため、意図的に異なる見解に触れる機会をつくっています。子どもたちを、普段出会わない人――離れた地域の人、経済状況や仕事の異なる人、言語や文化の異なる人――に出会わせることが大切です。異質な他者との出会いこそ、SIP事業が成り立つための最も重要な条件であり、オンライン・デジタル環境はそれを実現するツールなのです。
── 現状の課題と展望を。
私は「学校を建てる公教育から、学校をつなぐ公教育へ」を提案しています。20世紀は「適正規模・適正配置」という発想で、各地に学校を均等に建てることで教育機会の均等を実現してきました。当時の子どもたちは、地元の学校で異なる考えを持つ人と出会うことができていました。しかし、現在は、急速な人口減少と、私立への進学者も増え、公立校の同質性が高まっていることを懸念しています。だからこそ、学校同士が異なる文化・価値観・経済水準を持つ学校とつながることで、分断を乗り越え、多様性を担保したいと考えています。
私の夢は、都会の私立小中一貫校と、田舎の児童・生徒数の少ない公立校が、ともに学べるインフラをつくることです。
5年間のSIP事業は今年4年目を迎えます。事業終了後の持続的な組織づくりが課題です。一般社団法人「広域交流授業支援センター」を立ち上げ、企業などからの寄付も募りながら、全国の子どもたちが最先端の学びを得られる体制を目指しています。実績と現場の声を伝え、この事業が公教育に不可欠なインフラであることを広く理解いただき、教育機会をつなぐ取り組みへの支援をお願いしたいです。財政的・人的にも支援いただける仕組みづくりに向けて、今後も情報発信を続けていきます。
※Ch1の学校単位の参加申し込みはTSUNAGU経由。Ch2の個人単位での参加申し込みは現在受け付けていない(出席管理が必要なため)、教育委員会との連携が必要となる。