COEプロジェクト、5年間の取組みから見えた実務家教員の可能性と課題

社会構想大が文科省「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」の指定を受け、5年間にわたって主宰してきた、実務家教員の量・質担保の取組み「実務家教員COEプロジェクト」。事業の終了にあたり、2月21日にシンポジウム「実務家教員とリカレント・リスキリング」が開催された。その様子についてレポートする。

現代社会に不可欠な
存在としての実務家教員

VUCAと形容されるように高度に複雑化し、変化のスピードの速い現代社会において、職業人が現場で直面する課題は、日常的なそれから世界規模のそれにいたるまで、多面的で流動的なものとなっている。このような課題に対処するためには、タコツボ型で、「ミネルヴァの梟」の言葉もあるように現実の後追いに終始する学術知だけでは、もはや不十分となりつつある。現場の課題を解決するためには、現場で生み出された知が必要なのだ。

そのような現場の知を、みずからの職業実践の中から作り上げ、高等教育機関において他の職業人や職業人の卵に教授する「実務家教員」。社会の複雑化に伴いあらゆる仕事が専門職化している現在、法務、教職、経営、医療、看護といった従来のそれにとどまらない多様な職種において、その必要が高まりつつある。

そこで国は2019年、文部科学省を通じ、実務家教員の量と質の向上を目指す取組みを5年間にわたって支援する「持続的な産学共同人材育成システム構築事業――リカレント教育等の実践的教育の推進のための実務家教員育成・活用システムの全国展開」を実施し、5つの取組みを採択した。そのひとつが、社会構想大学院大学が主宰する「実務家教員COEプロジェクト」(以下、「COEプロジェクト」)である。

COEプロジェクトは、履修証明プログラム「実務家教員養成課程」を2018 年から提供するなど、実務家教員の育成に以前から注力してきた社会構想大を中核拠点校、日本女子大学、武蔵野大学、事業構想大学院大学を連携校とする取組み。わが国における実務家教員の養成と質保証の中枢(Center of Excell ence)として、以下のような活動を行ってきた。

・キャリアの棚卸しからシラバスの作成、模擬授業までを半年間で行い、実務家教員に必要な「実務・研究・教育指導」の3能力を高める「実務家教員養成課程」の提供
・修了後も3能力を維持・向上するためのファカルティ・ディベロップメント(FD)プログラムの開発・提供
・3能力を客観的に証明するための認証評価制度の構築・提供
・実務家教員の研究発表の場である「日本実務教育学会」の設立・運営
・『実務家教員の理論と実践――人生100年時代の新しい「知」の教育』(2021年)など啓蒙書の刊行

そのCOEプロジェクトが5年を経て終わりを迎えるにあたり、社会構想大が2月21日、総括として開催したのが、シンポジウム「実務家教員とリカレント・リスキリング」だ。社会構想大の会場からオンライン配信する形で行われた同シンポジウムは、文科省の事業担当者による挨拶に始まり、2つの講演と1つのパネルディスカッションで構成。5年間で得られた成果と見出された課題について、関係者がおよそ2時間半にわたり報告と討議を行った。

実務家教員と大学、それぞれが
行うべきこと

川山 竜二氏

川山 竜二氏

まず、COEプロジェクト実施責任者で社会構想大学監・実務教育研究科教授の川山竜二氏が「実務家教員の課題と展望」と題して講演を行った。

川山氏は、現代社会における実践知の必要性はすでに半世紀以上前から唱えられており、近年の動きはその「再発見」にすぎないと指摘。その上で、大学というものが伝統的に社会の知を学問として体系化するための装置であったことを踏まえると、大学が今なすべきは、実務家教員を登用し実践知を学問に取り込むことであると述べた。ところが実際には、大学は実務家教員の登用に消極的であることを指摘し、実務家教員の明確な定義がいまだ存在しないことがその一因なのではないかと語った。

川山氏はまず、フリードリヒ・ハイエクやピーター・ドラッカーの知識論を引用。彼らは50年以上も前に、知識や情報が絶え間なく更新され、その利活用が価値の源泉となる社会の到来を予感し、そのような社会において、学術知とは異なる、日々の職業実践と結びついた知が重要となるであろうことを指摘していた。

たとえばハイエクは「社会における知識の利用」(1945年)の中で、「一般法則についての知識という意味で科学的なものとは呼びえないところの、非常に重要ではあるが、系統立っていない一群の知識、すなわちある時と場所における特定の状況についての知識」が重要になると書いている(『ハイエク全集 I-3 個人主義と経済秩序』、嘉治元郎・嘉治佐代訳、春秋社、2008年、p. 113)。川山氏はこれについて次のように解説した。

「『科学的とは呼びえない』というところがポイントです。研究者が生成するそれとは別種の知識があるのだと、ハイエクは指摘しているわけです。それこそ実践知に他なりません。ハイエクはそれに加えて、実践知をどこで、どのように活用すべきかという、実践知を適用するための知識の知識、メタ的な知識があるということも指摘しているように思えます。この実践知とメタ知識を生成することこそ、実務家教員の役割ではないかと私は考えています。実務を理論化するだけではなく、『この知識は誰が、どこで、どのように用いて、どのような成果を上げられるのか?』と、共有可能性と有用性を考慮すること。実践的な知識とメタ知識がワンセットになったものこそ、実務家が作り出すべき知識ではないでしょうか」

川山氏は、近年の専門職大学(院)の設置などの動きは、ハイエクやドラッカーが先取りしていたこのような認識の「再発見」と捉えることができるとした上で、大学論に話を移した。

大学(西洋的な意味での)は、聖職者、法律家、医師の3つの専門職の知を体系化する機関として誕生し、その後も外部の知を、自然科学や経済学といった学問体系へと昇華させることで発展してきた。大学とは社会の知を学問化するための装置だったのである。

このような歴史を踏まえると、大学がいまなすべきは、実務家教員を登用し、さまざまな職業における実践知を学問化することであると考えられる。

「大学が実務家教員の主たる活躍の場だとしたら、実務家教員は、新たな実務の知と呼ばれるものを大学に取り込んでいくための、ひとつのエージェントとして機能するのではないでしょうか」

しかし現状では、大学、特に国立大学は実務家教員の登用に非常に消極的であると川山氏は指摘。その理由について次のように語った。

「大学側に受け入れ制度が整っていないのが原因です。そもそも、実務家教員の採用基準や評価基準が曖昧なのです。では、なぜ曖昧なのか。それは、実務家教員そのものが、法令上、曖昧にしか定義されていないからに他なりません」

実務家教員の法令上の最初の定義は、1985年の大学設置基準改正に伴い「教授の資格」のくだりに付け加えられた、「専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有すると認められる者」というものである。この定義は曖昧であるとして、国会で何度か質疑の対象にもなってきたが、深く掘り下げられることはなかった。

2003年に制定された専門職大学院設置基準は、5年以上の実務経験を持つこと、という形で実務家教員の定義を掘り下げたように見えたが、川山氏によると、実はこの「5年」という数字は、判事が単独で裁判を行えるようになるために法律上必要な期間を、他の専門職にも無批判に敷衍したものにすぎなかった。

このように、実務家教員を要件を含め、厳密に定義付ける作業は長いこと放棄されてきた。実務家教員が活躍し、実践知が学問体系へと昇華されるためには、まずはこの定義付けの作業を行うことが必要である。しかしそれだけでは不十分で、大学の側も変わる必要があると述べて、川山氏は講演を終えた。

『科学的でなければ知識にあらず』という考え方が蔓延していますが、大学は知の多様性を許容し、実務家にしか作れない知識というものがあることを認めるべきです。擬似科学を推奨するわけではありませんが、さまざまな知の共存を許容することが必要です。そうしないと、そのうち本当に立ち行かなくなっていくのではないか。そのような強烈な危機感を持っています」

実務家教員にとって
研究とは何か

日下田 岳史氏

日下田 岳史氏

続いて、大正大学エンロールメント・マネジメント研究所副所長代行・専任講師の日下田岳史氏が「実務家教員養成課程修了生の姿――入口・経験・出口」と題して、実務家教員養成課程の修了生を対象に行った調査について報告した。

日下田氏は2023年3月、実務家教員を目指す人々の特徴を明らかにすべく、第1期から第10期まで、実務家教員養成課程の修了生 469 名に、受講前の状況や意識(入口)、受講中の経験、受講後の所感など(出口)について尋ねる自記式質問紙調査を実施。154の有効回答を得た(有効回答率 32.8%)。入口・経験・出口のそれぞれについて、調査事項は以下の通り。

・入口…属性、きっかけ、期待、大学教員の仕事に対するイメージ
・経験…主観的な学習達成度評価、能力向上実感
・出口…修了後の役立ち感、実務家教員経験等の有無

調査の結果、たとえば属性については、8割強が男性で女性は2割未満、過半数が部課長級管理職・経営者クラス、大卒者が5割強、修士修了者が4割強を占め、博士修了者もわずかに見られる、などさまざまな興味深い事実が明らかになった。

中でも日下田氏が注目するのは、「研究(能力)」の捉え方に関するいくつかの結果である。たとえば受講前の期待について、「研究能力(実務経験を体系化する力)を身に付けたい」を選択した人の割合は21.7%と、3能力の中でもっとも低く、そればかりか(「その他」を除き)選択肢の中でもっとも低かった。また主観的な学習達成度と能力向上実感においても、「研究方法」「研究能力」が他よりも低い結果となった。

一方、日下田氏らが2018年に実施した全国学部長調査においては、「大学の教員は一般に、研究者としての資質が第一に問われるべきである」との回答が約7割を占めた。研究というものの捉え方をめぐるこのギャップについて、日下田氏は次のように述べた。

「研究能力を期待する人が少ないのは、受講を決意した時点では研究能力とはどういうものなのか、まだイメージが湧かないからかもしれません。あるいは研究能力はそれほど必要ないと思っているからかもしれません。さまざまな解釈が可能ではあります。いずれにしても、研究者教員と、実務家教員を目指して養成課程の門を叩く人たちとのあいだに、研究をめぐる考え方の違いが存在しているように見受けられます」

養成課程では、研究能力を「実務経験を体系化する力」と定義している。ここにも注意が必要であると日下田氏は述べた。

「おそらく研究者教員は、研究能力という言葉を別の意味で使っているのではないでしょうか。研究者教員と実務家教員が同じ研究という言葉を使っていても、込めた意味が異なっていれば、コミュニケーションが成り立たず、誤解のもとになる可能性があります。ここにも課題を見出すことができるのかもしれません」

学問、大学、社会の変革の
エージェントとしての実務家教員

池田 眞朗氏

池田 眞朗氏

続いて、社会構想大実務教育研究科准教授の富井久義氏をモデレーターに、パネルディスカッションが行われた。社会構想大からは川山氏、武蔵野大学からは大学院法学研究科長・教授で法学研究所長(いずれも当時)の池田眞朗氏、日本女子大学からはリカレント教育課程担当講師の冨山佳代氏が参加。さらに養成課程の修了生で、現在実務家教員として活躍する尾崎眞二氏(第11期修了、日本女子大学リカレント教育課程担当講師)と志塚昌紀氏(第12期修了、東京富士大学専任講師)も参加した。

この中で、池田氏から重要な指摘がなされた。実務家教員には実務・研究・教育指導の3能力だけでなく、創造力も必要ではないかという指摘である。業務上の暗黙知を実践知に変換するというのは、既存の知を操作しているにすぎない。そうではなく、まったく新しい知を作り出す必要があると池田氏は主張する。

「実務家教員には、実践知の体系化だけではなく、新しい知や学問の創造をしてもらわねばなりません。現在は技術革新に気候変動と、あらゆるものが目まぐるしく移り変わる時代です。このような変革の時代に、新しい学問分野の形成、あるいは既存の学問体系どうしの結びつけを行うことが、実務家教員の使命なのではないでしょうか。たとえば現行の法学は、静態的な、すでに出来上がっているルールの解釈学と化しています。法律の制定・改正が、現実の変化に追いつけない可能性が生じているのです。したがって、法学を超え、動態を動態として捉え、課題を解決していく新しい学問が必要なのです」

池田氏は大学院法学研究科を「ビジネス法務」専攻として開設。COEプロジェクトに参加し、実務家教員養成課程と連携して「ビジネス法務専門教育教授法」という科目を新設した。そこから新学問分野「ビジネス法務学」が誕生したという。

「実務家教員の養成事業が、法学とは別物の、しかし法学を含む社会科学のさまざまな分野をハブ的に連結した新たな学問を構築する作業につながったわけです。この結果、たとえば今までの法律学が囚われていた民法、商法、税法といった枠を超えて、人間社会の持続可能性を第一義に考えつつ、当事者が契約により創意工夫をつなぐ、さまざまなルールの創出が可能になります。このような、実務家教員が主導する新分野創出の発想が、他の学問分野でも成り立つのではないかということを問題提起したいと思います」

一方で、今の大学のあり方を考えると、革新の試みを行う上では、伝統的な学問を押さえることも必要になるのではないかとの考えを示した。

「私たちが新しい観点を積極的にサポートしようとしても、大学側が保守的な場合もあります。したがって新しい分野の開拓にいきなり取り掛かるのではなく、各学問分野における、アカデミアの既存のプロトコルを一応は押さえ、伝統的な能力もある程度身に付ける必要があるように思います。その上で新しい力を養い、発揮するのが良いのではないでしょうか」

池田氏のこの発言は、研究者教員と実務家教員、伝統的な意味での研究と新しい意味での研究、既存の学問と新しい学問のあいだに緊張が存在するからこそ出てきたものである。そのような緊張自体が今後解消されていくことを、川山氏はパネルディスカッションの最後に期待した。

「言うまでもないことですが、リスペクトが重要です。実務家教員は研究者教員を、研究者教員は実務家教員をリスペクトする必要があります。私の専門である知識社会学的に言えば、知識というものは単独では成立せず、必ずネットワークとして存在しています。スタンドアローンな状態では秘密やドグマであって、知識ではありません。そうではなくて、知識というものは網目状につながっている。だからこそ、実務家教員が作り出した知識はどこかで研究者教員が作り出した知識と結びついていますし、研究者教員が作り出した知識は何かしら、実務家教員が作り出す知識のヒントになるはずだと思うのです。そのように考えると、研究の定義にしても統一する必要はなく、多様であってよいのではないでしょうか。知の多様性を許容することが重要なのです」

シンポジウム全体の締めくくりとして、川山氏は「COEプロジェクトは、文部科学省の補助事業としては今年度で終了しますが、ここからが本当のスタートだと思っています」と述べた。実務家教員が大学、学問、社会を変えていくためにはまずは数が必要であり、そのためには養成事業の継続が不可欠である。社会のゆくえは、COEプロジェクトが今後、自走していけるかどうかにかかっているといっても過言ではないだろう。