大学組織の根本問題の解決へ DXによる大学経営の高度化を
6月23日に開催されたオンラインセミナー『DX による業務プロセスの変革と経営改革(高等教育機関編)』。基調講演では情報・システム研究機構監事、東京家政学院理事長の吉武博通氏が登壇。本稿は『DX による大学経営と大学組織の深化』をテーマにした講演の要旨をまとめたものである。
DX は構造改革であり、大学組織を変革する好機
吉武 博通
DX(デジタルトランフォーメーション)は、2004年にスウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱した概念であり、「デジタル技術の浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」ことを意味すると説明されている。
日本で DX が頻繁に登場するようになったのは最近のことで、経済産業省の研究会が2018年9月に「DX レポート」を公表したのが契機となったとされている。その後、同年12月に同省から出された「DX 推進ガイドライン」において、定義や推進にあたって押さえるべき要点などが示されている。
DX への関心が企業から社会全体に広がるなか、大学でも DX の必要性が叫ばれるようになってきた。具体的には、DX による教育の高度化、研究の高度化、そして経営の高度化である。
3つ目の DX による経営の高度化の主たる目的は、「事務的処理のデジタル化を通して人的資源をより付加価値の高い業務に振り向けるとともに、データを最大限に活用することで、大学の諸機能の高度化と新たな価値の創出を促す」ことと考えている。
大学組織には、長年にわたる根本的な問題がある。1つ目は、教員を中心とする「共同体的組織」とそれを補完する形で発達してきた法人・事務局などの「経営体的組織」をどう組み合わせて、機関として最適な組織設計を行うかということ。
2つ目は、権限を巡る議論は盛んに行われてきた一方で、組織や個人の役割・責任が明確にされないまま今日に至っていること。曖昧であること。3つ目が、課題の高度化に対応した意思決定システムや IT 活用を含む業務プロセスが未確立であること、である。
こうした組織設計上の課題に加えて、根強く残る「決定は教員、事務は職員」、「余計なことはするな」といった組織風土や縄張り意識とタコツボ化なども、変革を難しくしてきたといえる。
DX の真の目的は構造改革である。このような大学組織の根本問題を、デジタル技術とデータを活用して、どう解決し、新たな時代に相応しい組織をつくりあげることができるか。大学の DX の成否はこの点にかかっている。
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共同体的要素を残しつつ、経営体として諸機能を高度化
経営の高度化による大学の DX 実現には、ほかにも課題がある。
これまで日本の大学は、教員と職員に大きく二分され、教員が主、職員は従で、主に事務処理を担当するという体制が踏襲されてきた。
しかし、教員以上にキャリア支援や学生支援に情熱を持ち、知識や経験も豊富な職員は少なくない。質保証や IR など教学マネジメントの根幹に係る業務に精通した職員も多い。このような職員がもっと責任あるポストに就いて良いと思う。教員・職員二元論的組織から、機能論に基づく合理的組織へ変わっていく必要がある。
そして、大学は共同体的要素を残しながらも、経営体として諸機能を高度化させていく必要がある。そのためには、理事長や学長などのトップ自らが自校の存在意義や将来像などを明らかにすることが大事だ。教員・職員や役職・一般を超え、構成員を広く巻き込んで、共に考え、議論することも、そのための有意義なプロセスになる。
その上で、有効かつ効率的に機能する組織をデザインしていくことになる。組織設計のポイントは、(1)組織・職位の機能、権限、責任の明確化、(2)意思決定プロセスの明確化、(3)業務の標準化と ICT の高度利用、(4)見える化の徹底、(5)コミュニケーションの密度を高める仕組み、(6)持続的な改善を促進する仕掛け、の6つである。
(3)と(4)は DX そのものということができるが、DX が構造改革だとするならば、ここに掲げた6つの要素全てを意識して、その推進に取り組む必要があることになる。
18歳人口が減少するなかで、780を超える大学は多すぎるとの見方もあるが、社会全体が大きくかつ急速に変化しつつある状況において、如何なる人材を育てれば良いのか、持続可能な社会や地域をつくるための教育・研究はどうあるべきか、人生100年時代における高等教育とは何かなど、考えるべきことは数多くある。
企業経営に喩えるならば、ニーズあるところビジネスチャンスあり。大学も果たすべき役割が多くかつ多様であり、新たな領域を含めて大学に求められる機能に、リソースを振り向けていかなければならない。そのためにも業務の変革や戦力配置の組み替えを含む組織の再設計が不可欠であり、デジタル技術とデータの活用が必須の課題になる。
DX は組織のみならず、教職員個々にとっても重要なテーマ
DX は大学という組織にとって必須の課題であるだけでなく、その構成員たる個々の教職員にとっても重要なテーマである。これまでの仕事の仕方や発想を固守したのでは、変化が大きく厳しさを増す環境を生き抜くことはできない。
変化への抵抗はどんな組織にもある。特に、変化への抵抗が根強い大学において、DX を進めることは決して容易ではない。理事長や学長などのトップが DX の本質を理解し、強い信念と覚悟で推進し続けることが必要であり、教職員が自身の問題と捉え、強い当事者意識を持って参画しなければならない。
DX による変革が進む企業の社員と、旧態依然とした組織や仕事にしがみつく大学の構成員では、どちらが自らを成長させることができるか、その結果は一目瞭然。会社員であれ大学の教職員であれ、絶えず自らのエンプロイアビリティ(雇われ続ける能力)を高めておかなければ、流動性や厳しさが増す労働市場で生き抜くことは難しくなる。
DX が組織のみならず個人にとっても重要なテーマと述べたのはそのような考えに基づくものである。
DX 推進において不可欠なもう一つの要素は、デジタル技術と学内業務の両方を理解する人材の存在である。大規模大学であればこのような人材を学内に見出し、配置することができるかもしれないが、中小規模校で人材を得られるか、さらには DX 推進に必要な資金を投入できるかと考えると、種々の困難が予想される。
大学間競争に直接関係のない会計や給与など間接業務を大学間で共通化・標準化しデジタル化するということも考える必要があるだろう。このようなシステムを大学団体等が主導して共同開発するのも一つの方向だと考える。共通化や共同開発は、中小規模校だけでなく、大規模校にもメリットをもたらすはずだ。
研究の世界ではオープンサイエンスが一つの潮流となりつつあるが、大学業務も大学ごとに閉じていたのでは、それを維持し改善するコストも増すばかりである。
DX 推進は大学間の関係のあり方を見直す契機ともなり得るのである。