2026年は高校教育改革元年に いま必要な地域高校の魅力化

高校授業料の実質無償化を前に教育界の有志などで構成する「高校教育改革を実現する会」が10月30日、「高校教育改革への抜本的な支援強化に関する提言・要望」を公表した。提言の内容など、呼びかけ人の1人である地域・教育魅力化プラットフォーム代表理事の岩本悠氏に聞いた。

単なる負担軽減策ではなく
高校教育の抜本的な転換を

岩本 悠

岩本 悠

一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム 代表理事
学生時代にアジア・アフリカ20ヶ国を巡り、体験学習記を出版。その印税等でアフガニスタンに学校を建設。大学卒業後はソニーで人材育成・組織開発・社会貢献事業等に従事。2007年より海士町で隠岐島前高校魅力化プロジェクトを推進。2015年からは島根県教育庁と島根県地域振興部を兼務し島根県の教育と人づくりに携わる。2017年に一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームを設立。2018年に日本クリエイション大賞教育文化貢献賞を受賞。中央教育審議会委員。高等学校教育の振興に関する懇談会委員。

2026年度から高校の実質授業料無償化が実現する※1。保護者負担軽減の意味では朗報だが「公立高離れ」、「質の低下」、「都市部一極集中の助長」など懸念の声も挙がっている。そうした声を受け「高校教育改革を実現する会」(以下「同会」)は「高校教育改革への抜本的な支援強化に関する提言・要望」(以下「提言」)を発表した※2

同会は地域・教育魅力化プラットフォームの岩本悠代表理事をはじめ、日本大学の末冨芳教授ら5人が呼び掛け人となって設立。岩本氏は「教育政策において空白地帯だった高校教育に授業料無償化に向けた公金を投入する。これを単なる負担軽減策に留めず高校教育改革の起爆剤にしていくことが重要です。高校教育を『未来の日本の地域社会、産業を強くリードしていく次世代の人材育成』へと抜本的に転換していく。2026年を『高校教育改革元年』にしていくべきと考え、提言を公表しました」と話す。

補正予算案の基金に感じた懸念点
地域未来人材育成の視点を

提言では2040年を見据えた高校教育改革のグランドデザインとして3つの柱に「①専門高校の機能強化・高度化」「②普通科高校の改革・理数強化」「③地域唯一の高校の魅力化」を掲げ(図)、年間1,000〜2,000億円の高校教育改革交付金の創設を求めた。提言公表から1月後の11月28日、文部科学省が公表した「令和7年度補正予算(案)」では「高等学校教育改革促進基金の創設」として2,955億円の予算が盛り込まれた※3

図 高校教育改革における3つの柱

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「提言のうち3分の2は受け止めていただいたかと思います」と岩本氏は話す。提言の3本柱のうち、①は「アドバンスト・エッセンシャルワーカー等育成支援」、②は「理系人材育成支援」で反映された。一方、③の代わりに「多様な学習ニーズに対応した 教育機会の確保」が3つ目の柱として補正予算案に置かれた。

「気になるのが『多様な学習ニーズに対応した 教育機会の確保』の下にある『一定の生徒数の規模を確保した学びを提供することが必要』という一文です。一定規模を確保するために、今回の基金や交付金を使って小規模校の統廃合を加速させていく意図にも読めてしまいます。実際に地域からもそうした危惧や不安の声が挙がっています」

また、文科省の「高校教育改革に関する基本方針(グランドデザイン(仮称))」骨子には「交付金の対象となる取組及び留意点等」の中で「学校規模・配置の適正化」という文言がある。一方、提言に付された関連資料には「学校規模の小さい高校の方が3年間の主体性・協働性・探究性・社会性の伸びが大きい」という調査結果が示されている。

「学校の統廃合、規模の適正化自体が悪ではありませんが、一定の規模がなければ再編するという話でもないはずです。大きくても再編すべき学校はあり、小さくても残すべき学校はあります。一定規模の画一的な標準化は、高校の魅力化や特色化を推進して多様な学校にしていく発想とは相対します」

補正予算案の基金やグランドデザイン(仮称)でも抜け落ちているのが「地域社会の未来の創り手をどう育成していくのか」の視点だと岩本氏は強調する。

「提言に盛り込んだ『地域唯一の高校の魅力化』を通し、地方創生をけん引する『地域未来人材の育成』を柱の1つに加えていくことが重要です。ここが提言との大きな差異かと感じています」

探究的な学びの次は
越境的な学びへ

地域・教育魅力化プラットフォ―ムでは「地域みらい留学」を全国に展開。同事業は日本各地にある公立高校から、住んでいる都道府県の枠を越えて自分の興味関心にあう高校を選択し、3年間をその地域で過ごす国内留学プログラムだ。開始から8年目を迎え参加校数は初年度の4倍となる173校(2025年10月)に拡大。累計4,000人以上の生徒が地方の公立高校に進学し、2025年度は946人が地方の公立高校での学びを選択している。

「『地域』という異文化へ自ら越境していく経験を通じ『越境の先に成長がある』という体験から、地理的だけでなく学問分野も含め、越境を厭わない人材が育っています」

また、大学で都会に出た後も地域に関わり続ける、就職で地方を選ぶなど、地域社会とつながりながら、都会に縛られない柔軟な生き方を選ぶ卒業生も多いという。

「高校の魅力化とは、地域資源や社会資源を最大限に活かしながら、生徒やステークホルダーにとって『魅力ある学び』を作っていく営み、プロセスだと思っています」

魅力ある学びは「学びたい」という意欲が喚起されるのが基本。同事業などを通し、学びたいものを学べる環境を作る。それが、結果的に高校教育の持続可能性を高めていく。

「探究的な学びの次は、越境的な学びが重要になっていくと思います」

これまでの、習熟・深堀の縦型の学校教育システムに対し、越境は横型。非連続の変動性の高いところに対応していく資質・能力を身につける学びだと言える。

「VUCAの時代を考えれば、習熟度や学びを深める縦型の学びに、横に越えていく越境的な学びを編み込んでいくことが重要かと思います」

高校教育改革においては2026年が「大きな分岐点」となる。

「ここを高校教育改革元年として、持続可能で幸せな地域、社会、教育をどう作っていくのかを、多様な主体とともに考え、動いていく。その最初の年にしていきたいですね」

※1 国が一定の要件を満たす家庭の高校生等に対し授業料を給付する「高等学校等就学支援金制度」。2026 年度からは所得制限の撤廃に加え、私立高校等の加算額が引上げられる予定。
※2 同提言の詳細は同会の公式noteから確認できる。 https://note.com/deft_hyssop1272
※3 なお、12月16日、補正予算が成立した。