教育内容や環境づくりを改善し、義務教育段階での包括的性教育を

性教育が浸透していない日本の学校教育では、子どもたちが性や妊娠出産に関する正しい知識を学ぶ機会が不足している。日本財団は、2022年8月、「包括的性教育の推進に関する提言書」を発表した。同提言の内容を抜粋して紹介し、包括的性教育の意義や日本の現状と課題を検証する。
企画協力・公益財団法人 日本財団

日本の性教育を取り巻く課題
性教育バッシングと「はどめ規定」

2023年4月、こども家庭庁が創設され、子ども・子育て当事者の視点に立った、こどもの権利を基盤とした政策立案が期待される中で、日本の中学校学習指導要領は「妊娠の経過(性交)は取り扱わない」とする、いわゆる「はどめ規定」により、子どもたちが性や妊娠出産に関する正しい知識を学ぶ機会が不足している。

2022年8月、日本財団は、予期せぬ若年妊娠などを減らし、子どもや若者が「性」に関する学習を通して、生殖や性的行動の知識を学ぶだけでなく、人権の尊重や多様性への肯定的な価値観を育むことのできる「包括的性教育の推進に関する提言書」を発表した。

同提言は、日本財団の「性と妊娠にまつわる有識者会議」が約1年間にわたる議論を通じて、義務教育段階に包括的性教育が必要であることを痛感し、10の提言にまとめたもの。10の提言のほか、包括的性教育の意義を知り、近年の日本の性教育の経緯などを振り返る上でも有用な提言となっている。以下、本提言の内容を抜粋して紹介する。

まず、近年の日本の性教育の経緯を振り返りたい。提言をもとに、日本の性教育の経緯をまとめて見ると、2000年代初頭および 2018年の2度にわたる性教育バッシングが、実践を行う現場をさらに萎縮させ、性教育実践の停滞を招いたと、提言では指摘している(図表1)。

図表1 1980年代から近年までの日本の性教育の流れ

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もう一つ大きな要因が現在まで続く「はどめ規定」「はどめ措置」の存在だ。例えば、中学校「保健体育」の保健分野では「妊娠や出産が可能となるような成熟が始まるという観点から、受精・妊娠を取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする」との記載がある。

なお、学習指導要領は、教育課程の基準を大綱化したものに過ぎず、「各学校がその特色を生かして創意工夫を重ね、学習指導要領を踏まえた教育活動の更なる充実を図っていくこと」は可能であり、「はどめ規定」が学校教育において「妊娠の経過」を扱うことを禁じたものではないが、事実上制限されているのが実態といえる。

さらに、提言では学校現場で性教育を進める際の1つのハードルとして、「はどめ措置」(「はどめ規定」の運用上のバージョン)も課題として指摘している。例えば、『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 保健体育編』には、「エイズ及び性感染症の予防」「生殖に関わる機能の成熟」の2テーマで、「学校全体で共通理解を図ること、保護者の理解を得ることなどに配慮することが大切である」との記載がある。

この様に、性教育の分野では他の教育分野と比較して、保護者の理解や学校全体で共通理解を図ることが求められており、こうした「はどめ措置」が、性教育の運用上のハードルになっていることが指摘されている。

このため、10の提言の1つ目は、「学習指導要領における『はどめ規定』、『はどめ措置』の撤廃・見直しを」求めている(図表2)。

 図表2 日本の義務教育で、包括的性教育を進めるための10の提言

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公的な性教育不足が招く
若者の性知識の不足と孤立

こうした学校教育の実態を踏まえ、性に関する知識・態度・価値観・避妊方法を学校で十分に学べないとどういった影響があるのか。

提言は「日本における性に関する知識不足は、生殖や避妊、性交等、生命に直結することのみならず、ジェンダー・ステレオタイプやセクシュアリティ等、ウェルビーイングに直結する問題も重要な課題」と述べ、性に関する正しい知識不足の具体例として、次の点などを指摘している。

NPO法人ピルコンが2016年に実施した「高校生の性知識・性意識・性の悩みに関する調査」を見ると、高校生であっても生殖や妊娠、避妊に関する問題の正答率は低く、特に「排卵はいつも月経中に起こる」「低用量ピルは女性が正しく服用することでほぼ確実に避妊できる」「低用量ピルには月経痛や生理不順の改善の効果がある」等の正答率は10%台にとどまっていることが分かる。提言P10より

また、提言の中にある日本財団の調査では、次の点を指摘している。

日本財団18歳調査によれば避妊方法に不安を感じた経験(コンドームのサイズや装着方法、装着するタイミング等について)をみると、約7割の若者が避妊方法に不安を感じたことがあり、特に、女性において不安を感じる割合が高い傾向がみられる。なお、こうした避妊方法への不安の相談先をみると、過半数の回答者が「誰にも相談しない」と回答しており、性に関する知識の乏しさに限らず、性に関する悩みや不安を本人だけで抱え込んでいることが示唆される。提言P13-14より

こうした実態を踏まえると、提言は、公的な教育機会が不足していることが影響し、十分に正しい知識を得る機会が提供されず、このことが現実に7割もの若者に避妊の不安を与え、また5割の若者を孤立させていると指摘している。

このほか、提言では、社会全体のジェンダーに対する知識・理解不足なども指摘している。

包括的性教育の
義務教育段階での必修化を

これらの状況を踏まえて、提言では「包括的性教育」を義務教育段階での必修化を中核に掲げ、先に挙げた10の提言では、包括的性教育の教育内容に関する改善提案、処方箋となっている。その包括的性教育を、提言は次のように説明している。

包括的性教育は、セクシュアリティの認知的、感情的、身体的、社会的側面についての、カリキュラムをベースにした教育と学習のプロセスである。そして包括的性教育を実施するうえで特に重視すべき観点は①人権がベースにある教育であること、②互いを尊重し、よりよい人間関係を築くことを目指す教育であること、③健康とウェルビーイング、尊厳を実現し、子どもや若者たちにエンパワーメントしうる知識、スキル、態度、価値観を身につけさせることを目的とした教育であることが挙げられる。提言P53より

図表3 包括的性教育を構成する10の特徴

また、国際セクシュアリティ教育ガイダンスで示される包括的性教育を構成する10の特徴は図表3のとおり。そして、包括的性教育が扱うテーマは、8つのキーコンセプト「①人間関係、②価値観、人権、文化、セクシュアリティ、③ジェンダーの理解、④暴力と安全確保、⑤健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル、⑥人間のからだと発達、⑦セクシュアリティと性的行動、⑧性と生殖に関する健康」に分かれ、4つの年齢段階(5~8歳、9~12歳、12~15歳、15~18歳以上)ごとに学習目標を設定して行われる(図表4)。包括的性教育が従来の一般的な性教育にもたれるイメージと異なるのは、生殖や性的行動、リスク、病気の予防に関する内容だけでなく、相互の尊重と平等に基づく愛や人間関係のような、ポジティブな側面も含む形でセクシュアリティを提示する機会を提供する点にある。

図表4 国際セクシュアリティ教育ガイダンスで扱う8つのキーコンセプト

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こうした包括的性教育が義務教育段階で実施されることで、先にあげた日本の課題解決が期待される。

なお、提言では、国外の性教育の潮流、変わり始める日本の性に関わる教育政策、事例紹介など、多様な情報も整理されているため、日本の包括的性教育を取り巻く現状と課題、現場での実践を知る上でも、提言本文を参照されたい。

参考文献: