人生を切り拓く力を身につける、自分を信じる「探究学習」

経験学習をベースとした学びを推進する追手門学院中・高等学校(大阪府茨木市)は、2020年度より中・高ともに「探究科(教科)」を始動。探究学習を通じて生徒の学びを深めている。旗振り役となった探究科主任の池谷陽平氏がカリキュラムの狙いや仕組み、授業内容などを語った。

自分らしく生きられる教育
「探究科」の立ち上げへ

池谷 陽平

池谷 陽平 追手門学院中・高等学校

「本校では、経験学習をベースに、個別型学習・協働型学習・プロジェクト型学習(探究学習)の学びを融合し、授業毎にリフレクションを徹底している点が大きな特長です」と話すのは、追手門学院中・高等学校で探究科主任を務める池谷陽平氏だ。この新たな学びを体現すべく、2019年4月には新校舎が完成した。新校舎は「いつでも、どこでも学べる」をテーマに、既存の学校のイメージを抜本的に見直した学びの空間になっている。

「例えば、図書室を置かず、学校全体に図書がある状態にしています。また、教室の壁は可動式の仕切りとなっているため、取り払って一つの大きな空間をつくることも可能です」

そう語る池谷氏は、前任の公立高校時代から理想の教育を模索し続ける中で、探究学習に着目。本校に赴任した2018年以降は、蓄積してきた探究の理論や手法を、担当科目の英語の授業などに活かしてきた。

「当時の本校は大学進学実績も堅調でしたが、各々が目指していることもやりたいことも違うのに、同じように受験に向かわせることに違和感を抱くようになりました。誰かに学びを強いられたり、学歴社会を意識せざるを得ない状況から抜け出し、各々が自分らしく生きられる教育を推進したいと考え、『探究科』を立ち上げたのです」

「とりあえずやってみる」を大事に
3段階の独自プログラムを設計

“To pave the path we STRIVE, nothing can stop our DRIVE(道なくとも切り拓く、この意志を阻むものはなし)”をビジョンに掲げ、探究科は2020年度にスタートした。現在は中学1年生から高校3年生までが週2時間、探究学習に取り組んでいる。

「専任4名と他教科との兼任2名の6名でチームをつくり、それぞれが役割を分担しながらカリキュラムを設計しています。授業は9人の応援を加え、計15人で実施しています」

探究学習で大切にしているのが、「とりあえずやってみる」というマインドセットだ。教科を通じて、生徒に身につけてほしいマインドセットとして、Design(自分の人生を自ら設計する姿勢)、Reflection(振り返る姿勢)、Inquiry(知ろうとする姿勢)、Vision(未来を考える姿勢)、Empathy(一人じゃないと思う姿勢)の5つを設定し、それらの頭文字をつなげて「DRIVE Mindset」と呼んでいる(表)。

表 DRIVE Mindset(とりあえずやってみる)

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「新学習指導要領には『これからの学校には、一人一人の生徒が豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる』と示されています。これを実現するためには、自分の良さや可能性を認識し、他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協力しながら様々な社会的変化を乗り越えることが必要との考えのもと、自己理解や他者との協働を深めることに重きを置いています」

そのため、カリキュラム設計では「be original(自分にしかないものを発見する➡固定概念の破壊)」「be creative(違う価値観の他者と協働する➡新しい価値の創造)」「be confident(自分にしかできないことに気づく➡自信を持って行動)」という3つのミッションに合わせて3段階のプログラムを設定し、インプット・アウトプット・共有・振り返る・意味づけ、というサイクルを繰り返すこととした。

中学1年生から高校1年生までは「be original」をテーマに設定し、自分がどんな価値観を持っているかを感じてもらうために、アートで自分を表現してもらうという。

「例えば、好きなものや大切なものを108個書き出し、抽出された『価値観』を写真で表現してみようといったワークを実施しています。作品という形にすることで共有というコミュニケーションが生まれ、他者との価値観の違いに気づいたり、固定概念が破壊され視野が広がるといった学びが生まれています」

高校2年生は「be creative」をテーマに定め、この段階でようやくチームプロジェクトを実施する。デザイン思考を取り入れ、自らの課題や、地域が抱える課題を解決するための課題解決型学習を進めている。

「当初は教師側が課題を与えるプログラムを実施していたため、生徒のモチベーションが上がらないという悩みがありました。そこで、まずは自ら問いの設定や課題の発見ができるように、4年間掛けて自分を知るための『be original』にじっくり取り組んでもらうという設計にしました」

そして高校3年生のテーマは「be confident」だ。最終学年では自分で決めたテーマを探究することで、自分が本当にやりたいことを知り、自信を持って行動を起こすといった流れになっている。また、授業の終盤で行うリフレクションも重視。生徒が自分の授業姿勢や活動を振り返ることで自己省察・思考力の向上が促され、次のステップへ進むための気づきを得られるからだ。一方で、教師側にも大きなメリットがあるという。

「生徒全員が書いたリフレクションを読み、その中から適当なものを選び、授業の冒頭で名前を伏せた上で紹介してから授業を始めるようにしています。このプロセスが個を見ながら安全安心な場づくりにつながると同時に、生徒の意外な一面を知る機会となり、生徒を見る目や声掛けが変わっていきました」

3年間の経験とノウハウを活かし
横展開できる仕組みを目指す

2021年に生徒に実施したアンケート調査によると、全学年で概ね肯定的な回答が得られた。一方、高学年になるほど満足度が下がり、「探究で学んだことが将来どう役立つのか分からない」「受験勉強のほうがしたい」という声も上がっていると触れた上で、池谷氏は「改めてマインドセットの徹底を図る必要があります」と今後の課題を口にした。探究科にて3年かけてプログラムをつくり、担当者ごとに授業を実施してきたが、2023年度からは探究科と全担任で実施するフェーズへと移行する。

「気をつけなくてはいけないのは『探究に没頭するほうが凄い』『将来に役立つ学びなんだ』といった価値観を押し付けないようにすることです。私たちがやるべきことは、自ら課題や、やりたいことを見つけられるように子どもたちの感度を上げて、自らの人生を切り拓く力を身につけさせることだと考えています」

最後に、池谷氏は「子どもたちを知っているのは教師であり、子どもたちに合ったプログラムをつくれるのも教師しかいない」と述べた上で、今後は探究学習の効果をいかに教科と結びつけられるかが求められるため、どの学校でもプログラムを設計できるような仕組みを構築していきたいと力強く語った。