解のない時代において、「探究的で協働的な学び」は不可欠

現在、全国の小学校・中学校・高校において、教育課程の中核に「総合的な学習(探究)の時間」が位置付けられている。なぜ学校教育で探究が求められ、また、その学びにはどのような可能性があるのか。総合学習や探究の専門家、國學院大學の田村学教授が講演を行った。

「総合的な学習の時間」の創設、
探究が求められてきた経緯

田村 学

田村 学

國學院大學 人間開発学部 初等教育学科 教授
1986年より新潟県公立小学校教諭。上越教育大学附属小学校教諭、新潟県柏崎市教育委員会 指導主事を経て、2005年より文部科学省 初等中等教育局教育課程課 教科調査官、国立教育政策研究所教育課程研究センター 研究開発部 教育課程調査官。2015年より文部科学省 初等中等教育局視学官。2017年から現職。文部科学省 初等中等教育局視学委員も務める。

学習指導要領は約10年に1度、改訂されているが、「総合的な学習の時間」は1998年に文部科学省が学習指導要領で告示して創設された。文部科学省で新学習指導要領の作成に携わり、学習指導に関する数々の著書を持つ國學院大學の田村学教授は、「総合的な学習の時間」創設の背景には、主に2つの要因があると語る。

「1つは、子どもたちの学力に関する課題です。知識の習得は一定程度できているものの、考える力、あるいは表現する力といった実社会で活用できる力が十分に育っていないのではないかという課題がありました。もう1つは、社会の大きな変化です。スマホ等でいろいろな情報を瞬時に入手できるようになり、またAI等が浸透する中で、必要とされる知識や技能が変わってきています。これからの時代は正解のない問題に向き合い、自分で解を見いだすことが重要になる。そうした時代の変化に応えるために、探究的な学びが求められたのだと思います」

「総合的な学習の時間」の経緯

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探究的な学びの導入後、
子どもたちの学力は向上

「総合的な学習の時間」は子どもたちが実社会や実生活の中から問いを見いだし、自ら課題を立て、他者とも協働しながら解決に向けて行動する時間だ。こうした授業は全国の児童生徒に好意的に受け止められ、導入が進められてきた。しかし一方で、学校現場からは反対する意見もあった。

「一部の先生方からは、『教科書もなくて指導が難しい』という声がありました。また、『総合的な学習の時間』が始まることで、各教科の時間が若干減ることになるために、学力低下を懸念する声もありました」

それでは現実として、学力はどのように変化したのか。3年ごとに行われる15歳児を対象とした国際学力調査、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)の結果を見ると、2003年・2006年は下落傾向が続いていたが、2009年・2012年には上昇へと転じた。2009年・2012年に調査対象となった15歳児は、小学校入学から調査段階まで「総合的な学習の時間」をすべて履修してきている生徒だ。

「PISA調査だけでなく全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)など他のデータでも、2010年代半ばから学力向上を示す結果が出始めました。また、保護者のアンケート調査でも『総合的な学習の時間』に期待する声が増え始めました。『総合的な学習の時間』が学力向上の要因であると単純化するつもりはありませんが、探究的で協働的な学びは、学力向上をもたらす可能性があります。実際、PISA調査を実施しているOECDの学力・スキル局長は『総合学習が学力アップの鍵ではないか』と語っています」

教科横断的に学びを深め、
実社会で活用できる知識を育む

現在の学習指導要領において、「総合的な学習(探究)の時間」は教育課程の中核に位置付けられている。

2022年度から高等学校の「総合的な学習の時間」は「総合的な探究の時間」に名称が変更され、さらに「古典探究」「地理探究」「日本史探究」「世界史探究」「理数探究」等の科目が新設された。高等学校学習指導要領では総則において、教育課程の編成に当たっては、「総合的な探究の時間」と各教科・科目との関連を図らなければならないことが明確にうたわれている。

「高等学校では小学校・中学校よりも、より高度で自律的な探究が期待されています。生徒が自ら課題を設定して情報を集め、整理・分析し、まとめ・表現します。また、探究を深めていく中で協働も育まれます。探究のプロセスを繰り返すことで自らの考えや課題が更新され、探究の質は高められていきます」

田村氏はこれからの時代に求められる知識の在り方について、「事実的で個別的な知識よりも、概念的で構造的な知識が重要になる」と語る。

「1つ1つの個別の知識も大切ですが、それらを結び付けて知のネットワーク化・精緻化を図ることが重要です。探究のプロセスの中で、インプットしたものを外に向けて表現することで知識がつながっていく。ネットワーク化された知識は失われづらく、その人にとって自在に使えるものになっていきます。まさにそれは、これからの時代に期待される学力であると思います」

今、実社会では複雑な課題が山積し、教科・科目単体の知識だけでは通用しづらくなっている。探究で育まれるのは教科横断的な学びだ。

「例えば、国語や理科、社会で学んだ知識が実社会のここで使えるとか、算数の考え方が身の回りの生活で役立つのを実感するとか、子どもたちは各教科で得た知識を探究のプロセスの中で活用・発揮していきます」

また、探究的な学びはキャリア教育にもつながっていく。

「偏差値等を判断基準として漫然と大学へ進学するのではなく、『総合的な学習(探究)の時間』がきっかけの1つとなり、自分はどのような形で社会に関わっていけるのか、あるいは自分の興味関心はどこにあるのか、どんな力を発揮して人生を歩んでいきたいかなどを考える。そして、自分はこの学びを深めたい、だからこの大学に進学しようと自らの将来を考える子どもが確実に増えてきています」

社会が大きく変化する中で、SDGsや地域活性化、STEAM等への関心が高まっている。それらの実践のためにも探究的で協働的な学びは欠かせない。田村氏は、これから求められる人材像について次のように語る。

「コロナ禍において、私たちは正解のない問題に向き合い、多様な他者との協働が必要であるのを実感したと思います。ポストコロナ社会に期待される人材とは、自らの知識・技能を活用・発揮しながら異なる多様な他者と協働し、実社会の課題解決へと行動する人材です。探究とは、未来社会を創造する主体としての自覚を一人一人の子どもたちに育むことであると考えています」