授業を変えれば、学校が変わる 教壇に立つ校長が挑む学校改革

地域の要望を受けて創立された御殿場市唯一の私立高校・御殿場西高校は、2026年に60周年を迎える。37歳で校長に就任した勝間田貴宏氏は、自ら教鞭を執りながら、ICTや探究学習を軸に学校改革を推進。「越境」をキーワードに、地域と世界をつなぐ学びを実現しようとしている。

住民の声を受けて創立された
御殿場市で唯一の私立高校

勝間田 貴宏

勝間田 貴宏

学校法人東駿学園 御殿場西高等学校 校長
1985年、静岡県御殿場市生まれ。慶應義塾大学卒業後、オーストラリアのモナッシュ大学大学院に留学し、教育学を専攻。東京都の私立高校で英語教諭として教員のキャリアをスタート。2016年より御殿場西高等学校の教諭に着任。副校長を経て2022年より現職。

御殿場西高等学校の創立は1967年。背景にはベビーブームによる進学需要の高まりがあった。当時、市内に高校は2校しかなく、多くの生徒が市外へ通学していた。汽車で片道2時間以上かかることも珍しくなく、進学を断念せざるを得ない家庭も出ていたという。

『地元にも新たな高校を』という地域の強い要望が、創立のきっかけになったと聞いています。だからこそ本校は、設立当初から“地域に根ざした学校”であることを大切にしてきました」と御殿場西高等学校の校長、勝間田貴宏氏は語る。創設者の家系に生まれ、学校の原点を継承しながら、今の時代にふさわしい教育を模索し続ける姿勢は、そのまなざしから伝わってくる。

大学では教職課程を履修し、「自分が教壇に立っている姿が自然に想像できる教科は何か」と自問した際、迷わず英語を選んだという。卒業後は教育の専門性を深めるため、オーストラリアの大学院で教育学を学んだ。帰国後は、東京の私立高校で英語教員としてキャリアをスタート。野球部の副部長や担任を務めた後、30歳で御殿場西高校へ。副校長を経て、2022年に校長へ就任した。

授業から変える、学校改革の第一歩
校長が教壇に立つ理由とは

副校長時代、自ら英語の授業を行いながら、本校に改革の必要性を感じた勝間田氏は、さまざまな先進校を視察して回った。

「当時は伝統的な知識伝達型の授業が残っており、生徒が受け身になってしまう授業が多かったのです。生徒が主体的に考え、対話的に学ぶスタイルに変えていく必要があると強く感じていました。学校はどうしても生徒指導や部活動に意識が向きがちですが、学校が本当に大切にすべきものは“授業”だと私は思っています。授業が良くなれば、生徒一人ひとりの学びへの意欲やワクワク感が高まり、自然と『この学校が好きだ』と感じられるようになる。その結果として、学校全体の雰囲気も大きく変わっていくはずです」

特に遅れを実感したのがICT環境だった。インフラ整備を進めると同時に、アクティブラーニング型への授業改革にも着手。従来の一斉授業・知識伝達型から、生徒が「自ら考え、言葉にする」プロセスを重視する主体的・対話的な授業へと転換を図った。

この改革のパートナーとして協力を仰いだのが、ICT教育の専門家である平井聡一郎氏だ。「ICT活用×授業改善プロジェクト」を立ち上げ、3年間にわたり実践と振り返りを重ねた。校長1年目には、地元の小・中学校と連携して合同の研究授業を実施。「学びに一貫性を持たせるには、小・中・高で授業観を共有していく必要があります。情報交換を通じて、地域ぐるみで教育を見直す動きを起こせたのは大きな意味がありました」と振り返る。

2年目には、AI技術の進展を受けて、ChatGPTの活用に関する研修を校内で3回実施。1学期を通じて、新たな学びの形を模索した。

こうした試みを通じて、ICTは日常的な学びのツールとして校内に定着していった。ただし、ICTに頼りすぎることはない。必要な場面で、必要なだけ使う。「あえて使わない」判断がされることもあるという。

たとえば、勝間田氏自身が担当する英語の授業では、「書くことで思考を整理する力を養ってほしい」との考えから、あえて手書きのライティングにこだわる場面もあるという。また、生徒のノートには必ず手書きでコメントを返している。「交換日記にも似た“手触り感”が、学びの定着につながることもあると思います」と勝間田氏は微笑む。

「越境」をキーワードに
地域とつながる探究へ

現在、御殿場西高等学校は、国公立や有名私大を目指す「特別選抜」、それぞれの目標に応じた進学を目指す「フロンティア探究【進学選抜】」、ICTの活用に力を入れた「フロンティア探究【情報選抜】」、キャリア教育を計画的に実施する「未来探究」の4コースを用意し、生徒の主体性を育みながら、進学・就職ともに強いカリキュラムを展開している。本校が掲げる5つのスクールモットーの一つに「Think Globally,Act Locally グローバルに考え、ローカルに行動を起こしていこう」という言葉がある(図表)。根底には、既存の枠を超える「越境」こそが教育の本質だという勝間田氏の信念が込められている。

図表 5つのスクールモットー

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「教室の中だけでは学びは完結しません。外の世界と関わることで視野が広がり、自分の“当たり前”が揺さぶられる。それが学びであり成長です」

この理念は、スクールモットー「Go Beyond 想像以上の自分になる」にも通じる。

その一環として進めてきたのが、グローバル教育の再構築だ。修学旅行は国内外の選択肢から自分で選べる仕組みに変更。姉妹都市からの生徒との交流行事やALT(外国語指導助手)の増員、地域の英語塾との連携も進め、生徒が日常的に英語に触れられる環境を整えた。コロナ禍ではオーストラリアの系列校とオンラインで交流を開始し、現在も継続している。勝間田氏自身も英語の授業を担当しながら、外部ゲストや地域企業と連携した“教室の外”での学びを重視。「社会に貢献する力を育てたい」という思いがすべての取り組みに通底している。

こうした理念は、2025年度から始まった「探究ゼミ」にも反映されている。1年生は思考力やプレゼン力を育む基礎期間、2年生からは関心に応じて14のゼミに分かれ、専門的な探究を深める。校長の勝間田氏自らも「地域活性化ゼミ」を担当し、現場で生徒と向き合っている。このゼミでは、地域の企業や行政と関わりながら課題解決に挑み、地元に貢献できる人材の育成を目指す。

探究ゼミの様子。校長の勝間田氏自らも「地域活性化ゼミ」を担当している。

「単なる調べ学習で終わらず、実際に“何かを生み出す”経験を重視しています」と勝間田氏。背景には、大学進学後も地元に戻らない「若者の地元離れ」への危機感がある。

「高校のうちから地域とつながる経験が、地元に貢献したいという意識につながっていくはずです」

ゼミには約30名が在籍し、10チームに分かれて探究を進めている。中でも注目されるのが、スクールドッグの全国普及を目指すチームだ。本校では、2頭のラブラドールが在籍し、カウンセリングに加えた動物介在教育(AAE:Animal Assisted Education)を実施している。

御殿場西高校では動物介在教育(AAE)を取り入れている。

「10年前、理事長が自宅の犬を連れてきて、子どもたちと触れ合うようになったのがきっかけでした。高校での導入は珍しいですが、人間関係や進路などさまざまな悩みを持つ生徒にとって、犬との触れ合いが心の支えになるケースもありました」

チームでは効果を可視化し、将来的には小中学校や高齢者施設への展開も視野に入れている。

他にも、わさびを使った商品開発、子ども向けイベントの企画、市長へのUターン施策の提案など、多彩なテーマが並ぶ。御殿場駅前の商店街活性化に挑むチームは、“ぼっち飯”動画の制作を通じて、若者目線で地元の魅力を発信する予定だ。

「アウトレットやイルミネーション施設などに人が集中する一方で、市街地には賑わいが戻っていません。そうした課題に対して、生徒たちが自分ごととして取り組んでくれるのが何より嬉しいですね」

ゼミでは10月に中間発表、3月に最終報告を予定している。

プレイングマネージャー校長
現場に立ちながら組織を動かす

「Be Playful 楽しいは全ての源泉」。このスクールモットーのもと、本校では校長自らが教室に立ち、現場の学びに参加している。

「校長の仕事に加え、授業を持つようになったところ、妻に『最近楽しそうだね』と言われました。授業は自分にとって、最高の自己表現の場だと再認識しました」

現場に戻ったことで教育観も改めて鮮明になった。

「“プレイフル”とは、単なる楽しさではなく、努力や学びを通じた深い充実感のこと。私は“プレイフルな校長”でありたいと思っています」

そのためにも、プレイングマネージャーとして現場に立ち続ける姿勢を貫く。教員の働き方にも改革の手を入れた。従来の人事業務は、校長と教頭、事務で分担していたが、限界を感じたことから、私立高校では珍しい「人事部」の設置に踏み切った。現在は1名体制ながら、校長一存ではない透明性のある人事運用が可能になった。さらに、研修制度も再構築し、新任から管理職まで段階別のプログラムを整備。採用も人事主導に切り替えたという。

改革の中心にあるのは、校長としての“軸”である。

「校長になって最初の3年は失敗と迷いの連続でした。でも今は、もう絶対にブレないと心に誓いました」

信念の拠り所は「不易流行」の考え方にある。変わらぬ軸を持ちつつ、これからも時代とともに、学校は進化していく。

御殿場西高等学校の外観。