東北大学のDX、スピーディーでアジャイルな戦略的経営への転換が鍵

東北大学ではクラウド業務基盤の全学導入などを通じ、コロナ禍前からデジタルトランスフォーメーション(DX)の本格的な取組みを開始。現在はさらに多様な分野でDXを加速させている。DXを牽引してきた最高デジタル責任者(CDO)の青木孝文氏が、取組みのポイントを解説する。

コロナ危機をきっかけに
加速する東北大学のDX

青木 孝文

青木 孝文

東北大学 理事・副学長(企画戦略総括、プロボスト、CDO)

「大学においてDXは何かと考えた時、ペルシア語文学史に現れる詩人ルーミーの詩にある『暗闇の象』のシチュエーションがぴったりだと思います」。東北大学理事・副学長(企画戦略総括、プロボスト、CDO)の青木孝文氏は、こう指摘する。

「暗闇の象」は、象を見たことがない人々が真っ暗な見世物小屋で象を手で触り、どんな動物かを知る逸話だ。ある人は鼻に触って象は「水道管のようだ」と言い、別の人は耳に触れて「扇のようだ」、足を触った人は「柱のようだ」と言う。

「『暗闇の象』は、人の知覚は限定的で、大きなものに対して比較的狭い視野で話をするという逸話です。大学DXもこれに近く、例えば、学長はDXを『経営の見える化だ』と言います。他方で、教員は『オンライン授業だ』、人事部は『テレワークだ』と言ったり、学務は『学生窓口のオンライン化だ』と言ったりします」

東北大学では現在、コロナ危機をきっかけにDXが加速している。「国立大学は縦割りの古い体質で、コロナ危機で固定観念が大きく変わり、意識変革がある今が組織文化変革のチャンスだと思います。大学における価値創造の中心は急速にデジタル領域に移っており、変革できない大学は競争で敗者になるでしょう」。

コロナ危機を通じたテレワークの増加による意識変化は大きいといわれる。テレワークの経験によって、人々のワークライフバランスに対する意識や、東京から地方への移住に関する意識、副業への意識が顕著に高まっている。「このような意識の変化は、大学セクターで最も顕著に表れると感じます」。

働き場所フリー・窓口フリー・
印鑑フリーを標語にDXを推進

東北大学ではコロナ危機が始まる前年に本格的なDXを開始し、学生と教職員が共にクラウド業務基盤を使用することになった。さらに2020年4月にはデータサイエンス教育と人工知能(AI)教育を全学部で開始し、個人のデバイスを持ち込むBYODも全学部で可能にした。また2011年に東日本大震災を経験したことから、テレワークで働ける環境は既に整えられていた。このためコロナ禍でも2020年4月中旬、職員の7割が速やかにリモートワークを開始した。

「4月20日以降は、4400科目がオンライン授業になりました。そして2020年6月に『オンライン事務化宣言』を行い、『働き場所フリー・窓口フリー・印鑑フリー』を標語に、大学事務のDXを推進しています」

図 DXプロジェクトチームのこれまでの成果

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東北大学のDXでは、コロナ禍でのワクチン接種も好事例となっている。2021年5月には仙台市と連携し市民を対象とする大型のワクチン接種センターを開設。その際、職域接種向けの「ワクチン接種予約システム」を独自開発し、接種を加速させた。東北大学の学生接種率は88%に達している(2021年11月4日時点)。

「大学事務のDXは第1にトップのコミットメントが重要です。第2に、縦割りでサイロ化した事務組織で、いかに機動的なチームを編成するかも重要な点です。第3に、組織の意識変革がカギで、そこでは特に事務局長(東北大学では事務機構長)の役割が大きくなります」

DX推進に向けて東北大学では、2020年7月、国立大学初の最高デジタル責任者(CDO)を創設し、青木氏が就任した。また、大学の情報部門に「DX特命課長」を新設し、民間からの専門人材も雇用して司令塔機能を作った。さらに部門横断的なDXチームを作るため、2020年6月には学内で公募を実施。応募した若手職員56人が参画した。これらの職員には自身の業務に対して約2割のエフォートを出し、DXに貢献してもらう。また「働き場所フリーWG」「窓口フリーWG」「印鑑フリーWG」「経営見える化WG」というわかりやすいテーマによるグループ編成も行った。

このうち、働き場所フリーでは、テレワークやフレックスの制度を前向きに捉え、制度面・運用面での改革を進めてきた。加えて、クラウド型デスクトップサービス(DaaS)への移行など、ハード面の改革にも取り組んだ。

窓口フリーでは2021年3月からチャットボットを活用し、問い合わせ窓口を効率化している。印鑑フリーでは2020年11月以降、学内外に向けた押印を廃止し、大事なものでは2021年4月に電子決済を導入した。

経営の見える化では、77の重要業績評価指標(KPI)を全部局、全学で見えるようダッシュボード化した。また、基盤的な業務改善の洗い出しを通じて、年間約4万7000時間の労働時間削減を実現した。

大学の活動の全方位に
インパクトを与えるDX

「企業DXはデジタルテクノロジーを使ってビジネスモデルを21世紀型に変換し、革新を行うものですが、大学DXもこれに近いと思います」

2020年は、テクノロジーによる価値創造に向けて「東北大学コネクテッドユニバーシティ戦略」を策定した。この戦略では、教育・研究・社会共創・大学経営の全方位でDXを加速的に推進することを目指す。その基本方針で最も重要な点は、「スピーディーでアジャイルな戦略的経営への転換」だという。

「DXは大学の活動の全方位にインパクトを与え、研究や産学連携もその例外ではありません。データの徹底活用は、大きな社会価値創造にもつながります」。東北大学は青葉山新キャンパスの整備を進めており、データ駆動型の課題解決を先導するプラットフォームにしていく方針だ。

2023年には新キャンパスで、次世代放射光施設が稼働開始予定となっており、「東北大学サイエンスパーク構想」を通してデータ駆動型の産学連携も進めていく。併せて未来都市のショーケースを作り、市民と共にソーシャルイノベーションに取り組むため、「仙台市×東北大学スーパーシティ構想」も打ち出した。

「DXの中心課題は人と組織です。テクノロジーは速く進みますが、個人や組織、社会システムの対応はそうではありません。大学DXも組織や制度の改革スピードを抜本的に上げ、アジャイルに動いて失敗から学ぶ経営に転換していくことが重要です」