steAm 代表・中島さち子氏に聞く、いま必要なSTEAM教育とは?

社会が激しく変化する中で、従来の正解を重視した学びから、正解がわからない問いに向かう学びが求められている。地域や学校と連携して、STEAM教育を実践する中島さち子氏に、STEAM教育実践のポイントや、共創の場を広げる大阪・関西万博の取組み、今後の活動などを伺った。

STEAM教育の実践で大事なのは
発言しやすい環境であること

中島 さち子

中島 さち子

株式会社steAm代表取締役社長
ジャズピアニスト・数学研究者・STEAM教育者・メディアアーティスト。東京大学理学部数学科卒。高校2年生の時に、国際数学オリンピック(IMO)で金メダルを取得。大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー(「いのちを高める」)、内閣府STEM Girls Ambassadorなど、経済産業省や文部科学省の教育変革に関わる委員会などに多数所属。株式会社STEAM Sports Laboratory 取締役。主な著書に「人生を変える『数学』そして『音楽』」(講談社)など。

「未来の教室」実証事業で農業高校 x STEAMに取り組んだ際の様子(写真は旭川農業高校)。

「未来の教室」実証事業で農業高校 x STEAMに取り組んだ際の様子(写真は旭川農業高校)。

──STEAM教育とは何でしょうか?

経済産業省「未来の教室」では、「学びのSTEAM化」とは、子どものワクワクを中心に、「知る」と「創る」とが循環する学びを生み出すこととしています。サイエンスやテクノロジーといったSTEAMの頭文字が意味するとおり、教科や専門性は、今でも大事なベースです。でも、そうした「知」が「創る」という観点で捉え直されたらもっと学びは躍動的で面白くなる。STEAM教育では、子どもが自分の興味・関心に基づいて新たな知に出会い、それを活かして自ら何かを創り出したり、逆に創る過程で知に立ち戻り、知が自分の血肉になっていく。こうした観点が大事かなと思います。

──STEAMの「A」は「Art/芸術」または「Arts/リベラルアーツ(教養)」と言われています。

日本は、アートというとファインアート(美術)だけと考えがちですが、本来は、絵をかくことだけでなく、哲学的な要素なども含まれています。STEAM教育では、教科の専門性が結びついて、新しいものが生まれるという、文理融合の観点が大事なので、Aはより広く捉える理解で良いのではないでしょうか。

ただ、Art/Artsがもつ自由さ、例えば、「あなたは一体何者か?」という哲学的な問いかけを学校に取り入れることは、難しいことだと思います。学びが自由になればなるほど、どうすればいいのかと悩んでしまう先生も少なくありません。ですので、自由な学びに向かう方法が少しでも見えてくると、STEAM教育は、やりやすくなってくるかなと思います。

──具体的には、何が必要なのでしょうか?

それは、何より発言しやすくなることです。海外の学校と比較すると、一番違うのは、発言のしやすさです。大人も子どもも、みんなが発言して、コミュニケーションがたくさん生まれています。一方、日本は質疑応答時間が限られていたり、間違ったことを発言して場を壊したくないと子どもたちの多くが感じています。しかし、本当は色々喋りたいはずですし、そのほうが学校も楽しくなります。

学校でグループワークをする時は、できるだけ多様なタイプの子どもに発言をしてもらうようにしています。一クラスあれば、色んな子どもがいます。多様性は本当に大事な視点で、多様な見方や考え方があることを知ることで、皆の創造性が開いてきます。

そして、先生自身が、子どもたちの多様な答えを拾い上げたり、先生自身も失敗して見せたり、多様性を見せる仕掛けをしていくと、自然と発言はみんなから生まれてきます。

「失敗してもいいかな」と思える環境になれば発言はしやすくなるので、先生は子どもの失敗に対してポジティブな価値付けをすることも大切です。

STEAM教育で関わった、大分県立宇佐高校は、とても開放的でした。プログラミングがあるため、事前研修に伺った際に、校長先生に国語や社会の先生もいて、皆さん楽しいと言いながら取組まれていて、とても驚いたことを記憶しています。普通は、情報や数学の先生だけの参加が多いからです。そうした先生自身が挑戦する姿勢は生徒にも伝わっている感覚があります。だからでしょうか、実際の授業では、生徒たちも本当に思い思いに自由に作り、それぞれの個性が溢れる場になっていました※。

※大分県立宇佐高校では、プログラミング初心者の生徒たちが、多彩なプログラミングアート作品の創作に挑んだ。

万博を通して共創の場を創出

子どもたちが発言しやすくなる環境を作ることで共創が生まれる(写真は玉川学園高等部)。

子どもたちが発言しやすくなる環境を作ることで共創が生まれる(写真は玉川学園高等部)。

──2025年開催の大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーに就任されました。

大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」の中で、私の担当テーマは、「いのちを高める」です。そして、遊び・学び・スポーツ・芸術を通して、生きる喜びや楽しさを感じ、ともにいのちを高めていく共創の場を創出していきます。

かつての万博は、「最先端技術が」いかにすごいかが強調されて、参加者は受け身でした。21世紀の万博では、「私達一人ひとりが」いかにすごいのかを魅せる場。一人ひとりがこんなにも多彩な表現をし、誰かと繋がり、何かを創り出し生きている。そんな姿を強烈に示すことが私の役割です。私の担当パビリオン「いのちの遊び場クラゲ館」(STEAMワクワク!を探す旅へ)の中や外にも音楽や踊りといったパフォーマンスやワークショップ、プレゼン等ができるゾーンを作っていこうと考えています。

また、steAmでは「未来の地球学校」プロジェクトという、オンラインで日本全国やカンボジア、ドミニカ、こども園・小学校から大学、特別支援校にろう学校、コミュニティカフェ、ミュージアム、科学館など約40「校」がつながったPlayful(遊び心ある)な共創ネットワークを構築してきました。万博は世界中の人が一堂に会するので、このプロジェクトを取り入れて、専門性や様々な好きを持つ人たちが関わり合って、まだ好きが分からない人も、自分の中から好きを探せるような、共創ネットワークを広げていこうと考えています。

──今後の展望や教育関係者へのメッセージをお聞かせください。

先日steAmBAND(スティーム・バンド)という一般社団法人を立ち上げました。会長は慶應義塾大学教授の鈴木寛先生、代表を私が務めます。色々な人に参画してもらいたかったので一般社団法人の形式をとりました。そして「学びの協奏コンテスト」という、オンライン上で多彩な専門家を招き、専門家と話せる時間もつくって、子どもたちの出会いと成長の機会になるようなコンテストの第0回を開催する予定です。是非、子どもからシニアまで、色んな方に参加していただけると嬉しいです。

一方、学びが大きく変わる中で、先生の負担も色々あるはずです。そうした時に、先生が弱さをさらけ出せる、精神的な負担を受け止められる場をつくることが大事です。地域の先生をよく知るのは、やはり教育委員会ですので、先生へのケアの部分で、何か打ち出してもらえると、ありがたいですね。私たちも、オンラインを活用して、STEAM教育に関する先生向けの研修会を開催しています。こうした研修会でも、お互いが弱さを出せることで、むしろそれが価値になる、そんな場にしていきたいです。