社会教育が地域コミュニティを支える 「よきこと」をつなげる社会の実現へ
社会構想大学院大学では今年3月、「社会教育士会」の発足に合わせて記念講演を開催。講演には、まちづくりや社会教育を研究し、文部科学省中央教育審議会生涯学習分科会の副分科会長も務める東京大学大学院・牧野篤教授※が登壇し、社会教育士への期待を語った。※講演時。現・大正大学地域創生学部教授
持続的な社会の基盤として
「社会教育」は重要な役割を担う

牧野 篤
大正大学 地域創生学部 教授
(講演時:東京大学大学院 教育学研究科 教授)
中央教育審議会 生涯学習分科会 副分科会長
名古屋大学大学院助教授・教授を経て、東京大学大学院教育学研究科教授、定年退職後、現在、大正大学地域創生学部教授。博士(教育学)。著書は『人生100年時代の多世代共生――「学び」によるコミュニティの設計と実装』(編著)(2020年)。『公民館はどう語られてきたのか――小さな社会をたくさんつくる1』(2018年)、『公民館を再発明する――小さな社会をたくさんつくる・3』(2024年)いずれも東京大学出版会ほか多数。
牧野教授は講演の冒頭、「社会教育」の概念について解説した。社会教育は歴史的に学校教育との対比によって規定されてきた。現行の社会教育法第2条では、社会教育は「学校の教育課程として⾏われる教育活動を除き、主として⻘少年及び成⼈に対して行われる組織的な教育活動」と定められている。
そうした中で、2023年6月に閣議決定された第4期教育振興基本計画において、社会教育は地域コミュニティを基盤とする社会の土台であり、人と人との「かかわり」や「つながり」の土壌を耕しておくという役割が強調され、それが社会の持続可能性およびウェルビーイングと結びつけられている。
そして、社会教育が土壌を耕すことで、社会の豊かな基盤がつくられ、それが防災や福祉、産業振興、文化交流など、いわば首長部局の一般⾏政が有効に機能することにもつながると指摘されている。
牧野氏は「第4期教育振興基本計画は、『学び』による住民自治を社会により深く実装することが求められる時代になったとの認識に基づくと言えます。少し踏み込んだ言い方をすれば、一般行政の社会教育化とでも呼ぶべき方向性が示されています」と語る。
人生100年時代や予測困難なVUCA時代が到来し、また、皆が同じゴールに向かう一元的価値観から多様な価値観が併存する社会へと変化し、「豊かさ」や「幸福」の在り方も問い直されている。大きな変化がある中で、一人ひとりが自分の人生をどうつくっていくのか、社会をどうつくっていくのかが問われている。
これからの時代、「学び」を通じて人々が協力しあえる関係づくりの土壌をきちんと耕しておくことが求められ、持続的な地域コミュニティの基盤形成に重要な役割を果たす社会教育の重要性が高まっている。
幅広い分野で期待される
社会教育士の活躍
近年、社会教育士の活躍のフィールドは広がっている。社会教育士は地域における現場レベルの活動において、各分野の専門性と社会教育の知見を活かしながら、様々な活動に学びの要素を加えるような工夫やコーディネートを行ったり、また社会教育の手法を用いて、人々の活動を支援することでそれを活性化させたり、その意義を深めたりする役割を担う。
もともと「社会教育主事」という、社会教育を行う人に対する専門的技術的な助言・指導に当たる教育職員の制度があり、社会教育法に基づいて教育委員会に置くこととされている。社会教育士の称号は、この社会教育主事になるために修得すべき科目等を定めた社会教育主事講習等規程の一部を改正してつくられた。近年、防災や福祉、産業振興、観光、多文化共生など幅広い分野において、社会教育士の知見の活用が期待されている。
牧野氏は社会教育の実践事例として、島根県益田市(人口約4万3000人)がこの10年間取り組んでいる活動、「益田版カタリ場」(現在は「対話+」)を紹介した。

講演は多くの聴衆を集めて行われた。
益田市は認定NPO法人カタリバの協力を得て、地域の大人が中高生と語りあったり、中高生が小学生と語りあったりする「カタリ場」を継続的に実施。市内企業と連携し、若手社員が「カタリ場」に参加したり、公民館と連携して、地域の担い手が「カタリ場」に参加したりすることで、生徒が多様な大人とつながり、地域での活動づくりのきっかけが創出されている。こうした取組みを支えているのが公民館主事など社会教育関係者であり、将来的には社会教育士がこの役割を担うことが期待される。
益田市では、約3割の市民が「カタリ場」の経験を持つまでになった。近年、益田市内の各地区にある公民館を活用し、中学生が自ら活動チームをつくり、自分たちが地域のためにできることを提案し始めている。公民館主事など社会教育関係者がその提案に対して適切な大人とつなぎ、中学生と大人が一緒に活動する流れが生まれている。
「こうした活動によって、生徒たちは自分が地域の担い手であるという実感を持つようになります。そして地域への誇りや愛着は、将来、地元を離れたとしても、ふるさとに『また戻りたい』と思える気持ちの醸成につながっていきます」
人生100年時代、
学び続けることが不可欠
プロジェクトの進行に際しては、一般的にPDCAのサイクルが言われるが、牧野氏は、まちづくりや教育にPDCAは適さず、AARが重要になると語る。AARの「A」とはAnticipa tion(予期・予測)であり、「何か楽しいことを考えてウキウキする」ことを意味する。2つ目の「A」はActionであり、「やってみる」。「R」はReflectionで、「振り返り」を経てさらなるウキウキした気持ちや次の行動につなげていく。
「AARではPDCAのように評価(Check)はせず、うまくいかなければ柔軟にやり方を変えて試すことが肝要であり、アジャイルに近い考え方です。地域コミュニティはAARの循環が生み出される場でもあります」
これまでの社会は「個人」を基本に考えられ、自己実現などが目的とされてきた。しかし、これからの社会では、人と人とが関係性を築き、巻き込みあうことで、一人ひとりが他者を自分事化して「よきこと」をする個人となり、「ちいさなしあわせ」を重ねあう地域社会を目指すことが大切になる。
「持続可能な社会を支えるのは、当事者性を持って生きるウェルビーイングな個人です。社会教育は自治の土壌を耕し、人が『よきこと』に気づき実践し、『かかわりあい』が公共財となる社会の基盤をつくります。人生100年時代を生き抜くために、大人も子どもも社会において学び続けることが不可欠なのです」と牧野氏は語り、講演をしめくくった。