富士通CHROが語る 「自律と信頼の関係性」で組織変革に挑む

2019年にIT企業からDX企業への変革を宣言した富士通。その実現を支える施策の一つとして、人事部門が策定したHRビジョンをもとに、事業変革に連動した人材マネジメント改革に力を入れる。CHROとして中長期的な人的資本の強化を推進する平松浩樹氏に、その取り組みについて聞いた。

理想の姿からバックキャストで
人事制度を策定

平松 浩樹

平松 浩樹

富士通株式会社
取締役執行役員 SEVP CHRO

── 人的資本経営の取り組みに力を入れる背景について教えてください。

当社は通信機、電話機、交換機を作っていた会社からコンピュータを作る会社になり、システムインテグレーション、ソフト、サービスの会社へと時代に合わせ事業を転換しながら成長してきました。

2019年に現社長の時田によって『IT企業』からグローバルな『DX企業』への変革が宣言されます。この大きな転換を実現するには、人事の仕組み、組織の文化、求める人材要件も大きく変えていかなければなりません。そこで、あらゆる変革に対応するべく人材ポートフォリオを再構築し、人的資本経営の取り組みを始めました。

── 人材ポートフォリオはどのように描いていますか?

事業ポートフォリオの変革に応じて将来の目指すべき姿や求める人材像と現状とのギャップを明確にし、バックキャストして描いています。

これまでの日本企業は、長期的な雇用を前提とし、中途採用やM&Aで足りない人材を統合的に採るということには消極的でした。今いる人材を前提にビジネスを発想するため、大きな転換や、成長領域を急激に伸ばすといったことができなかった。当社が挑む変革は、従来の延長線上にある人事制度では対応できないとの認識から、このような方法で進めています。

── 目指す将来像からバックキャストして人事計画を進めるにあたり重要なことはなんでしょうか。

事業の責任者と人事で共通の認識を持ち、協働で取り組んでいくことです。また、人事計画においては、人材の数だけでなく質も考慮する必要があります。同じ人数でも、持っているスキルを発揮できる環境を整え生産性を向上させることまで見据えて描いていくことで、将来の人材ポートフォリオの解像度を上げていきます。

── 人事制度変革を進める際のポイントは?

かなり複雑な人材マネジメントとなるため、はじめから完璧を求めすぎないことです。特に大きな投資をしてでも次代のポートフォリオを増強すべきところや、逆にスリムにしていくべきところにフォーカスし、まずは解像度を上げていく。メリハリをつけて取り組んでいくことがポイントかと思います。

あらゆる施策で
社員の可能性を解き放つ

── 人的資本経営の取り組みで、具体的な事例と効果についてお聞かせください。

当社では、人材の流動性が様々な施策を上手く回す上でのドライバーになると考えています。今後成長が見込まれるビジネス領域へ、人材をシフトさせる必要があるからです。

この考えのもと、2023年度以降、注力分野の拡大に合わせたグローバルな組織体制の構築と、人材の公募制度である社内ポスティングやリスキリングの推進、キャリア採用の大幅な拡大などに取り組んできました。

このうち国内で展開しているポスティングでは、2020年から4年間で富士通8万人の社員のうち2万7,000人が手をあげ、約1万人が実際に異動しました。主体的な人材の流動化が活性化していることは、社員全体のカルチャーにも関わってくる大きな変化だと思っています。

── 人数だけで見てもかなりのインパクトがあります。

数もそうですが、ポスティングによる異動者やキャリア採用者の割合と、財務指標の伸び率には正の相関性も見られ、社員の自律的なキャリアオーナーシップを前提とする人材の流動化が、企業価値向上に寄与する可能性を示唆していると言えます。

リスキリングなどの受講者数や総学習時間も、4年間で約4~5倍と右肩上がりで増えています。ポスティングにもリスキリングにも、20代~50代までバランス良く挑戦しています。年齢に関係なく、“挑戦したい”“学びたい”“成長したい”といった気持ちがあり、適切な環境さえあれば、自律的に動く社員は多い。人事改革を進めていくには、会社が社員を信頼して制度設計や環境づくりをし、社員の可能性を解き放つことが重要です。

── 貴社では、多様な業種の企業のCHROが集まって議論する『CHRO Roundtable』を開催しています。

日系企業全体が大きく変わっていくために、複数のCHROが集まって人的資本経営について深く議論する場が必要だと考えました。より実践的な人的資本経営のモデルについて議論を重ね、そこで得られた共通的な考え方や手法を社会に共有していきたいという主旨で立ち上げました。

これまでの成果として、各社で人的資本経営を検討するにあたっての構想フレーム『人的資本価値向上モデル』を策定しました。当社もこのモデルに沿って、経営戦略、事業戦略と連動した人材マネジメントを進めています。

キーワードは“自律と信頼”
マネジメントの改革に挑む

── 人的資本経営の、現在までの評価と課題をお聞かせください。

人的資本経営を推進する上でのプロセスや考え方のフレームワーク、それを機能させるための人事制度を含め、仕組み・制度面では、かなり充実してきたかと思います。これらがハード面だとすると、今後の課題となるのがソフト面です。

人的資本経営やジョブ型人材マネジメントなど、従来から大きく変わった仕組みに対し、マネジメントのスタイルやコミュニケーションの方法が変わりきれていない。一気に変わるものではありませんが、そこの習熟度を上げていく必要があります。

人材の流動化自体はポジティブな変化ですが、ほかに新たな課題も生まれてきます。例えば、従来は“あ・うん”の呼吸で進められていたことでも、ポスティングやキャリア採用で外部から来る人材が増えることで、チームビルディング的なコミュニケーションが必要となります。

── 変化・成長に伴う避けられない課題といえますね。

例えばパソコンのセットアップのような業務でもプロセスが属人化されて明確になっていないケースもあり、そこも解消していかなければなりません。あらゆる業務や情報の標準化、オープン化を進め、新しく入ってきた人材でもすぐに業務をスタートさせ活躍できる環境をつくる。担当者が変わっても、ルールや意思決定プロセスが明確で、必要な情報にすぐアクセスできることでチームも上手く機能し、結果的にマネージャーや組織の責任者などの負担も軽くします。

── 一連の取り組みから得た気付きなどがあれば聞かせてください。

制度設計を考えるほど、会社と社員の関係が対等であることが重要になります。社員の学びや挑戦の意欲について話しましたが、社員が自律して行動するようになるには、会社が社員を信頼する関係性でなければいけません。この“自律と信頼”が大きな気付きであり、当社の人的資本経営のキーワードであると考えています。