校長の職能開発における課題とその突破

日本の校長の国際比較上の実情を確認したうえで、その職能開発の現状と課題を具体的に指摘するとともに、解決に向けた取り組み例を示す。

進まない校長の職能開発

「個別最適な学び」「協働的な学び」が言われ、教室での学びはチョーク&トークによる一斉授業から、グループをベースにした探究的な学びへと変化している。教師の学びも、「研修観の転換」によってこれと相似形に変化しつつある。他方、校長の力量形成・職能開発の改善は、遅々として進んでいないように見える。

国際比較で見る日本の校長

葛西 耕介

葛西 耕介

東洋大学大学院 准教授/兵庫教育大学大学院 客員准教授
東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。主著に『学校運営と父母参加:対抗する《公共性》と学説の展開』東京大学出版会、2023年。教職員支援機構ほか全国で学校管理職・事務職員向けマネジメント研修を多数実施。

日本の校長の特徴をOECDの国際教員指導環境調査(TALIS)から見てみよう。48か国・地域が参加した最新の公表データ(2018年調査)では、日本の小中学校の校長それぞれ約200人から回答を得ている。以下は中学校の校長の場合である。

第1に、校長のキャリアである。参加国の校長の平均年齢は51.4歳であるのに対して、日本は58.0歳であり相当に高い。それでありながら、校長としての勤務年数は短い。また、非教育系の仕事の経験が少ない。つまり、管理職の経験も他業界の経験もほぼないまま教師が校長に就き、しかも短期間で終えるのである。

第2に、極端なジェンダーアンバランスである。参加国平均の女性校長の割合は48.9%だが、日本はなんと7.0%であり参加国中最低である。

第3に、これもショッキングであるが、その学歴の低さである。校長の最終学歴について参加国平均は修士相当が57.3%であるのに対して、日本の校長は学士相当が87.1%で、修士相当は11.7%に過ぎない※1

以上から、日本では校長職は、教師とは職種が異なるとも熟練を要する専門職だとも見られていない。同質的な狭い仲間内での「常識」やカン・コツに頼った横並びの安全運転が期待されている。ここには唯一解があり指示伝達に従い行動をそろえることで業績を最大化させた、かつての工業社会型の世界が残っている。

専門職としての校長に向けて

校長に必要なマネジメントやリーダーシップの力量については、一定の学術的蓄積がある。ところが、こうした知見は実務では参照・共有されていない。実際、2013年の国立教育政策研究所が全都道府県を対象にした調査は、学校管理職に求める資質・能力は都道府県によって異なること、また、養成も研修も貧弱であることを明らかにしている。校長の力量は、各々の経験や思い(込み)、各県の都合で規定され、普遍的な職能が共有されていないのである。近年、「チーム学校」政策によって校内の専門職化が進められているが、校長職に職能の特定と向上の眼差しが向けられることはない。先日ある政令市が校長を70人公募したが、専門職性の底が抜ける事態である。

これらの原因はどこにあるのであろうか。広くは日本社会がジョブ型雇用を採っていないという背景があるが、狭くは日本に校長の免許資格制度や学位取得による上進の仕組みがないからであろう。戦後直後の一時期、校長は教育長や指導主事とともに、その職に固有の免許の保有が求められていた。今日も、まずは低いハードルから何らかの校長の免許資格制度を作っていく必要がある。

すなわち、大学・養成機関と協力し職(ジョブ)に必要な力量・職能を特定し規準を作る。それをもとに免許資格化し、その養成・職能開発方法も確立する。採用・研修・懲戒についても、行政任せではなく、同職者からなる職能団体が一定の役割を果たす仕組みを作るべきである。 採用については、その力量・職能を満たす限り、学校事務、行政職員、養護教諭などの他職種、他自治体の教職員や「民間人」にも開かれているべきである。採用試験の作成・実施には、大学や人材開発の専門団体が加わっていいはずである。

校長研修を変える

当面、任用前後の研修を充実させるほかないが、現状は悲劇的である。時間・予算が全く不足しているうえに、伝達・講演型の研修がいまだに主流である。しかも心構えや先輩の武勇伝といった内容も多い。これらは動画視聴に置き換え可能だが、そうした動きは少ない。また、研修センターの主事に人材・組織開発の専門的知見がないことが多いうえ、外部講師の報酬は民間企業では考えられない薄謝であり、質もこれに対応してくる。以上の背景には、初任者研修などと異なる、校長研修の法的位置づけの弱さもある。校長職を支える条件整備の充実が必要である。

では、校長(ないし広く管理職)研修をどのように変えればいいのであろうか。大きくは工業社会型の学校管理から知識基盤社会型の学校経営への変化に対応している必要がある。また、専門職・現職者の学びは、自身の仕事の省察に焦点を当て、形式としては同職者同士の学び合いがベースになるべきである(図参照)。

図 伝達型と探究型の研修の違い

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具体的な取り組み

参考となる実例として、私も所属する兵庫教育大学を中心とするグループは、こうした観点から開発したプログラムを用いて、2025年度も3県と4政令市ほか多数の自治体で管理職研修を行っている。本研修は、知識・スキルの教示ではなく、自身のマネジメント上のクセや暗黙知をメタ認知し、アンラーンする設計である※2。4~5人のグループでケース演習を通じて自身の仕事の仕方を省察する。講師の問いかけも媒介にして気づきを得て言語化・形式知化を図る。例えば自身の視点の低さ、視野の狭さ、時間軸の短さ、要するに教師・プレイヤー目線で校長の仕事をしがちな自分に気づき、クリエイティブで自走する組織の経営者に向け自身の仕事の仕方を内発的に変容させていくのである。研修間のインターバルでは研修から得た気づきをもとに実務にあたり、ウェブ上で参加者間の交流を継続する。また、年度末にはウェブ上で自治体をまたぎ自己省察の交流を行う予定である。

さよう、教師の「研修観の転換」や、子どもの教室での探究的な学びの実現には、学校のリーダーである校長自身の変化が必要条件となる。

※1 以上の詳細は、拙稿「校長の養成および研修の今日的課題:国際比較調査を踏まえて」『教育委員会月報』2021年8月号。ウェブサイトから閲覧可能。
※2  内容の詳細は、日渡円・葛西耕介編『6つのプロセスで理解する令和の学校マネジメント』学事出版、2023年。