高等教育のデジタル技術活用の現状、学習者ニーズに沿うベストミックスを

コロナ禍の影響で全国の高等教育機関では、対面授業と遠隔授業のハイブリッドによる教育が増加している。デジタル技術を活用した教育の在り方が試行錯誤の段階にある中、文部科学省高等教育局専門教育課長の塩川達大氏が、高等教育におけるデジタル技術活用の現状を解説する。

高等教育機関では、対面授業と
遠隔授業のハイブリッドが増加

塩川 達大

塩川 達大

文部科学省高等教育局専門教育課長

コロナ禍で遠隔授業が増加する中、文部科学省は今年3月、全国の国公私立大学(短期大学を含む)や高等専門学校を対象に、今年度前期の授業実施方針等に関する調査を行った。その結果、「半分以上を対面授業とする予定」という回答が全体の97.4%を占め、「全面対面」という回答は36.4%だった。一方、対面授業と遠隔授業の併用校では、学部や学年によって授業形態に差がある学校が多いこともわかった。

「実技や実習が多い授業では対面が多く、大人数の講義が多い低学年では遠隔授業が多いことがわかりました。他には、1年生などには優先的に対面授業を行うという学校もありました」

文部科学省高等教育局専門教育課長の塩川達大氏は調査結果について、こう解説する。自校の授業方針に関しては、「学生のほぼ全員、または大多数が理解・納得している」が、全体の8割以上を占めた。

他方で無作為に抽出した学生への調査では、昨年度後期の授業については「オンライン授業がほとんど、またはすべてだった」という回答が約6割を占めた。オンライン授業には「満足している」という回答が多く、特に「自分の選んだ場所で授業を受けられた」、「自分のペースで学修できた」という点が好評だった。その一方で「理解のしにくさ」や「人との関わりがない」といった点で、不満があるという学生もいた。

デジタルを活用した教育の
先導的なモデル構築を支援

このような中、全国の大学では遠隔授業で先進的な取り組みを始めたところもある。例えば、九州大学では、PC読み上げ機能などが使用可能なテキストデータで資料提供する等、障害がある学生に配慮した遠隔授業に取り組んでいる。また、日本体育大学では、実技の授業の遠隔化も進めている。

「遠隔授業が増加する中、学生のニーズに沿った教育活動の在り方は、現在、試行錯誤の段階にあります。大事なのは、学習者のニーズに沿ったベストミックスをどのように提供していくかです」

文部科学省は現在、遠隔教育の充実に向けた予算措置を皮切りに、様々な施策を進めている。このうち、「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」は、高等教育機関でデジタルを活用した教育の先導的なモデルとなる取組みを推進するため、必要な環境整備を支援するものだ。

「同事業では学習者のニーズに沿ったベストミックスはどうあるべきかを考え、デジタルトランスフォーメーション(DX)を活用した大学教育の充実を図ります。各教育機関では『学修者本位の教育の実現』と『学びの質の向上』の2つを目的とした様々な取り組みが始まっています」

例えば、金沢工業大学は「DXによる学生一人ひとりの学びに応じた教育実践」を実施。学生の入学から卒業までのデータを統合、分析することで、人と共に人工知能(AI)が学生にアドバイスするシステムの構築などを目指す。

長岡工業高等専門学校では、学内にある学習成果等を一元化するプラットフォームを作り、求人情報や卒業生の情報も統合。卒業後の情報もベースにしたリコメンド機能の提供や、個別最適な学びにつながるアプリの開発に取り組む。

また、山口大学はAI解析を導入し、ラーニングマップやマイシラバスといった学びの循環体系構築を目指している。

一方、東京都立産業技術大学院大学は、ものづくりの技能学習でデジタルコンテンツを効果的に組み合わせる教授方法の提供などを進める。

九州大学は、全学的にDXを積極活用した教材や教育手法を開発。学部ごとの特性に応じた実験・実習を行い、ノウハウや成果を学内で共有、さらに国内外にも普及させていく方針だ。

このほか、関西大学は各キャンパスの場所的制約をデジタル技術の活用で超越し、バーチャルかつ臨場感が失われない授業参加ができるインクルーシブキャンパスを目指す。そして海外とのネットワークを通じて、国際教育の充実も図る。

大学はDXを積極的に進め、
学生ファーストの取り組みを

文部科学省では現在、新しい高等教育への挑戦を促進する「大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(スキームD)」も進めている。この事業では、デジタル技術を活用した、高い学修成果の達成や自発的な学び・気づきの効果的な誘導を図る。さらに現場での実習や実験に近い経験の機会確保など、授業の価値を最大化する機運を醸成し、全国に浸透させていく。

教員や企業のデジタル技術者が公開の「Pitchイベント」でアイデアを提案し、賛同者とのマッチングを行っているのも、この事業の特徴だ。そして実際の授業でフィージビリティ・スタディを行って効果を検証、情報発信や知見の蓄積を進める。

また、政府は現在、「AI戦略2019」をベースに、数理・データサイエンス・AI教育の促進に取り組んでいる。そこでは2025年度までに、文理を問わず、すべての大学・高専生が初級レベルの能力を習得することなどが目標に掲げられている。この目標達成に向けて、大学・高専の正規課程教育のうち、優れた教育プログラムを政府が認定する。

「国立大学6大学を拠点とするコンソーシアムを設け、モデルカリキュラムを作成、普及、展開していきます。さらに、全国の国公私立大学等がネットワーク化を図り、それを推進していく支援も行います」

総理大臣を本部長とする国の「教育再生実行会議」は今年6月、「ポストコロナ期における新たな学びの在り方」をテーマに第十二次提言をまとめた。そこでは「ニューノーマルにおける高等教育の姿」として、①遠隔・オンライン教育の推進、②教学の改善等を通じた質の保証、③学びの複線化・多様化、④デジタル化への対応などが挙げられた(図)。

図 ニューノーマルにおける高等教育の姿

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さらに「データ駆動型の教育への転換」として、様々な教育データを活用し、現状把握と効果的な教育政策を立案・実施、学びのデータを多様な場面で活用していくとした。

「教育のDXは新たな局面として、普遍的になっています。各大学はDXを推進し、学生ファーストの考え方で取り組んでいただきたいです」