エビデンスに基づく大学経営へ 大学共通IRシステムの開発に向けて

戦略的経営に向けて「大学IR」に注目が集まっている。いち早く全学的なIRデータの可視化・共有基盤を構築、戦略的な大学経営を実現した北海道大学では「大学共通BIテンプレート」として、他大学へ横展開している。主導する長谷山美紀副学長が大学IRのポイント等を解説する。

全学的なIRデータの
可視化・共通基盤を構築

長谷山 美紀

長谷山 美紀

北海道大学 副学長/大学支援フォーラムPEAKS「大学IR WG」主査

大学経営における意思決定や計画立案に必要な情報を収集し、分析、その結果を可視化して提供する「大学IR(インスティテューショナル・リサーチ)」。近年、IRデータ(業務で収集されたデータ、分析結果や可視化結果など処理して得られたデータも含め、データ全般を指す)は、教学だけでなく、研究や財務、人事などの幅広い分野での活用が期待されている。

その先駆的な存在である北海道大学では、長谷山美紀副学長の主導のもと、全学的なIRデータの可視化・共有基盤「北海道大学ビジネスインテリジェンス」(以下、「北大BI」)をもとにガバナンス改革を実現、エビデンスに基づいた戦略的な大学経営を実践している。

長谷山副学長は内閣府が設置した産業界、大学等、政府関係者で構成する「大学支援フォーラムPEAKS」において大学IRワーキンググループ(WG)の主査を務め、北大BIをベースに作成した「大学共通BIテンプレート」を、参加大学に横展開している。

北海道大学におけるIR活動は、教学IRの取り組みとして2009年に実施した「国公私立4大学IRネットワーク」事業から始まった。2014年から研究IRを本格始動し、2015年に総合IR室(現:総合IR本部)を設置。2017年には教学・研究のIR業務を統合し、互いのシナジー効果で大学経営に貢献するIR体制に変更した。さらに2018年からは、IRデータを効率的に収集・蓄積・管理・分析・可視化する「IR戦略プラットフォーム構想」を始動し、北大BIの構築に着手。総合IR本部が収集した教学・研究・財務などのデータを北大BIに常時更新し、2019年秋から執行部や全ての部局長による利用が始まっている。

大学共通BIテンプレートの活用で
仮説や予測の議論が活発に

前述の大学IR WGは、大学の投資対象としての価値向上のため、大学が持つシーズを可視化する大学共通IRシステムを開発することを目的として設立された。目的の早期達成に向けて活発な議論を行うため、北大BIをベースとした大学共通BIテンプレートを、2023年3月現在、WGの参加大学である東京医科歯科大学、新潟大学、名古屋大学、高知大学に導入。各大学での試行・検証を通して要件を整理した上で、大学共通IRシステムの開発を進めている。

大学共通BIテンプレートの特長と北海道大学でのIR活用事例を見ていきたい。まず、大学の研究力分析については論文データの可視化が可能だ。使用しているデータベースは、クラリベイト社の論文データベース「Web of Science Core Collection™」で、研究分野の分類には同社の「Essential Science Indicators™」を用い、22の研究分野に分類している。大学共通BIテンプレートでは、この「研究分野」でフィルターをかけて論文を絞り込むことができる他、「出版年」「部局・個人」「トップ10%・20%といった被引用パーセンタイル」別にも絞り込んで可視化が可能となっている。

「論文データに教員の年齢データを掛け合わせることも可能です。例えば、40歳以下の若手教員が著者となっているトップ20%論文に絞り込むことで、次のトップ10%論文の候補となる論文や、トップ10%論文を生み出す可能性のある教員を抽出することができます」

外部資金の獲得実績の可視化も可能だ。具体的には、「年度別共同研究費獲得額」「部局別・個人別の獲得額」「共同研究契約のプロジェクト一覧」「共同研究費獲得額の契約相手先別割合」を表示することができる。

「外部資金獲得額についても獲得している教員の年齢で絞り込むことができます。本学の場合、若手教員における共同研究費獲得額の上位者の内の数名はトップ20%論文を多数発表している若手教員と同一であり、本学で実施しているアンビシャステニュアトラック制度によって採用された教員であることが分かりました。本制度は、高い潜在力と意欲を持つ、有望な若手研究者を准教授として選考・採用し、将来の研究拠点リーダーを育成するもので、採用の際にはIRデータに基づき選考を行っています」

共同研究費について部局の獲得額の状況を分析することで、新たな視点も見えてくる。

「共同研究費獲得額の契約相手先別割合では、本学における共同研究契約総額の割合を企業ごとに確認することができます。例えば、この中から特定の企業をクリックし、その企業と共同研究を実施している部局や教員が複数表示された場合は、特定の研究領域にとどまらず広く連携しながら成果を出していることが分かります」

財務については、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構の協力を得て、財務データの一つである公開済みの損益計算書データを全て可視化している。大学・対象年度を選択すると、当該大学の経営収益及び経常費用が表示される仕組みで、任意の大学を選択して、同規模大学や指定国立大学の大学等と比較することも可能だ。開発に際し、産業界にヒアリングを実施したところ、高い評価が得られたという。

産学官・地域連携で
先端融合研究の社会実装へ

北海道大学は2022年7月、総長直下に「データ駆動型融合研究創発拠点(D-RED)」を設置し、拠点長に長谷山副学長が就任した。D-REDは、地域の課題を、北海道大学が強みを持つ研究分野を活かして、新たな産業の創出によって産官と連携しながら解決する組織だ。

同拠点では、IRデータを活用して融合研究領域の探索を行い、道内大学とも連携を視野に社会実装まで進めることで、社会課題解決と地方創生に貢献することを目指している。

データ駆動型融合研究を進める上で、発展が見込まれる北海道大学の融合研究領域の探索を実施したところ、2研究分野間の融合研究領域の論文数が国内最多となる領域群(クラスター)が抽出された。

「本学は情報系や農業系に強みを持ちますが、複数大学が連携することで、地方固有の融合研究クラスターが形成されます。今後は地域の他大学と連携するにあたり、参加大学の論文データを合わせて分析することで、さらなる融合研究分野の発掘を図りながら、先端融合研究の実証と社会実装を進めてまいります」

一方で、大学における経営戦略を抽出するには、学内のIRデータの分析だけでは不十分だとも長谷山副学長は語る。大学共通IRシステムを用いた高度なマネジメントに向けては、各大学の国内外における固有性や優位性の分析も必要だ。

そのため北海道大学では、内閣府が提供する大学などの研究や資金に関するデータを分析するシステム「e-CSTI」も活用し、他大学と比較した強み・弱み、日本における傾向などを分析しているという。

最後に、長谷山副学長は「大学共通IRシステムの開発を目指し、大学共通BIテンプレートのさらなる拡大のために、皆様のご参画をお待ちしています」と講演を締め括った。