経済産業省のDX時代におけるデジタル人材育成政策とは?

コロナ禍でDX推進が待ったなしの状況にあり、AIやデータを活用できるデジタル人材の育成が喫緊の課題となっている。日本のDXの現状を踏まえ、今後DXを加速させるために必要な人材像、国の行うデジタル人材育成政策について、経済産業省審議官の江口純一氏が解説する。

遅れをとるDXへの取組み
人材不足が大きな課題

江口 純一

江口 純一

経済産業省 商務情報政策局
サイバーセキュリティ・情報化審議官

DX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が言われる中、経済産業省商務情報政策局サイバーセキュリティ・情報化審議官の江口純一氏は「デジタル技術を活用した経営改革(DX)の重要性は年々高まっていますが、日本企業のDXへの取組みは十分に進んでいないのが現状です」と話す。「DX白書2021」(情報処理推進機構)ではDXに取り組む企業は、日本が約56%に対し米国は約79%。さらにDXに取り組んでいない日本企業は、米国の倍以上となっている。

「素早く変化し続けることがDXの本質です。そのためには常に新しい技術を身に付け、変革を起こせる人材を組織の中で確保していくことが必要不可欠です」

「IMD世界デジタル競争力ランキング2020」では、日本は63カ国中28位。特に人材が47位、デジタル・技術スキルは62位と厳しい結果が出ている。経済産業省の「IT人材受給に関する調査」(2018)では、ITニーズの拡大で2030年には、国内IT人材に45万人の需給ギャップが発生するという試算が出ており、現在でも既に「DXを担う人材の不足」を感じている企業の割合が76%に及んでいる。

「新しい技術・能力を持つ人材に関しては、ある程度の不足感は致し方ないですが、それを差し引いても、70%以上が不足感を感じているというのは、組織のDXを進める上ではデメリットになると思います」

先の「DX白書2021」によると、日本企業の多くが人材育成に取組めておらず、社員の学び直しの設定が全社規模(全社員対象)で行えている企業はわずか7.9%(米国37.4%)に留まる。また「実施していないし検討もしていない」企業は46.9%(米国9.8%)に達している。

デジタル人材育成に向け
質と量の充実を狙う

具体的にどんな人材が必要なのか。「IT人材白書2020」(情報処理推進機構)は様々な定義が記されている。例えば、DXやデジタルビジネスの実現を主導するプロダクトマネージャー。システム設計・実装のできるテックリード。データ分析・解析のできるデータサイエンティスト。機械学習、ブロックチェーンなど先進的なデジタル技術を担う先端技術エンジニア。ユーザー向けデザインのできるUI/UXデザイナー。システム実装やインフラ構築・保守を担うエンジニア/プログラマといった人材だ。

情報処理推進機構では、情報サービスの提供に必要な実務能力について、職種を11に分類し、さらに35専門分野に細分化し、ITスキル標準(ITSS)として提供している。

2021年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2021」では、成長を生み出す4つの原動力のひとつとして「デジタル人材の育成」が明確に位置付けられている。経済産業省のデジタル人材育成政策の全体像では「デジタル人材像を再定義した上で、経済を引っ張っていくトップ人材等の育成の拡充とミドル人材のスキル転換、リテラシーの向上、海外人材の確保を進めていく」としている(図参照)。

「トップクラスの人材を輩出し、三角形の先端を高くしていく政策も重要ですし、裾野を広げることも重要で、質と量の充実を図っていきます」

図 経済産業省のデジタル人材育成政策の全体像

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経済産業省のDX人材育成施策
育成、評価、実践、発掘まで

DX人材育成に向け、経済産業省の進める施策を具体的に紹介する。

学び直しの観点では「巣ごもりDXステップ講座情報ナビ」を構築。民間事業者に様々な教育コンテンツの無償提供を呼びかけ、誰でも無料でデジタルスキルを学べるオンライン講座を紹介。コロナ禍の状況下に、家でも気軽に基礎的な知識を身につけられる講座を提供する。

基礎的な知識を身につけるとともに、ITに関する基礎知識を評価する観点から、情報処理技術者試験の一部として「ITパスポート試験」を2009年度から実施している。

一方、専門的な分野では、1969年から現在まで続くIT分野唯一の国家試験『情報処理技術者試験』がある。ITパスポート試験から高度な知識・技能を証明する分野別の高度試験まで13区分にわたる試験を提供。50年の歴史のなかで、累計応募者数2087万人、合格者295万人を数える。

その他、様々な講座の認定も行う。「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」は、IT・データを中心に将来成長が見込まれる分野において、社会人が高度な専門性を身につけるための専門的・実践的な教育訓練講座を経済産業大臣が認定する。

課題解決型の人材育成事業では、「AI Quest」がある。AIの活用は、学べる環境がまだ少なく、講座はあっても実践の場がないのが実情だ。

「特に実践的な学びの場を提供するための事業です。AIに着目した座学のほか、希望者かつ一定の成績の方を対象に組織とマッチングして、その組織の課題に対しAIを使って解決するような場を提供しています」

同事業には2020年度732名が参加。参加者の一部は東京、静岡、大阪、岡山の企業6社と協働し、AIを用いた課題解決プロジェクトに取り組んだ。このほか2000年には〈未踏的〉なアイデア・技術を持つIT人材を発掘・育成する「未踏IT人材発掘・育成事業」を開始。これまでに延べ1900名超の人材を育成し、約300名が起業・事業化に至っている。今後の取組みは、デジタル人材の不足に対応し、地域の企業・産業のDXを加速させるために必要な「デジタル人材育成プラットフォーム」の構築を目指す。

デジタル時代のビジネスパーソンのリテラシーとして、IT・ソフトウエア、AI・ディープラーニング、数理・データサイエンスが重要だ。新しい技術には、その時々の状況、ニーズに応えた対応が必要となる。そうした観点から官民の連携として「デジタルリテラシー協議会」が設立されて、随時検討が行われている。

「人材育成は1つの組織に閉じてはうまくいきません。様々な分野と協働で日本のDXを支える人材育成に取り組んでいきたいと思います」