大学経営層育成の独自プログラム、イェール大学の戦略性を学ぶ

内閣府 大学支援フォーラムPEAKSは大学の経営課題や解決策等について、産学官での具体的議論、大学経営層の育成等に更なる示唆を得ることを目的に米・イェール大学と共同でオリジナルプログラム「イェール大学プログラム」を開発。昨年度の受講者から、その内容と効果等を伺った。

内閣府 大学支援フォーラムPEAKSでは、大学の経営課題や解決策等について、産学官での具体的議論、大学経営層の育成等に示唆を得ることを目的に、2021年1月30日から3月4日まで、米国イェール大学と共同開発した「イェール大学プログラム」を実施した。

本プログラムは、「国内事前研修」と「イェールプログラム」の2部構成。現地開催を想定していたが、コロナ禍により双方オンライン開催となった。

「イェールプログラム」では、イェール大学学長をはじめ講師によるディスカッションやライブ講義、事前学習用のオンデマンドプログラムを展開。産業界、大学教職員、官庁から28名が参加した。

参加者の一橋大学副学長の山田敦氏と、東北大学大学院 工学研究科長補佐・総長特別補佐の高村仁氏、大阪府立大学国際交流担当課長の栗林知美氏から、プログラムの印象等を聞いた。

イェール大学から学ぶ戦略性と
リベラルアーツ教育

山田 敦

山田 敦

一橋大学 副学長 教授

──研修の印象について。

山田 「イェールプログラム」は、米国の大学全般ではなく、一つの大学を取り上げ、深掘りして実態をこと細かく伝えてくれました。

この手法から得るところは非常に大きかったですね。日本の大学との違いは色々ありますが、イェール大学に関しては、「イェールウェイ(イェール流)」という言葉が印象的でした。イェールの教職員や卒業生が中心となり、価値観を共有して、イェールらしさを伸ばしていく気質は、むしろ日本の大学と通じるところがあったと思います。

──イェール大学から特に学ぶべき点は何でしょうか。

山田 思い切った戦略性が印象に残りました。イェール大学は、生命科学(バイオロジカル・サイエンス)等を重点的に伸ばす方向で戦略を決めて、そこに迷わず徹底的に資源をつぎ込んでいます。世界大学ランキングでも上位の常連ですから、どの分野も強いイメージがあります。

また、他の上位大学も幅広い分野で競争しているイメージを持たれがちですが、実際はトップ大学でも大分偏りがあります。例えばMITは物理学やエンジニアリングに偏っているように。こうした自らの強みを徹底的に強くする戦略性。弱点を補う発想ではなく、強みを伸ばそうとするイェール大学の姿勢は、日本の大学も学ぶべき点だと感じました。

──今回はコロナ禍でオンライン開催となりました。オンラインの利点はいかがだったでしょうか。

山田 オンデマンドで予習と復習ができること。これは大変ありがたかったですね。事前に見ておくから、当日の話も非常によくわかります。

イェールプログラムの時間帯は午前中の仕事前だったので、朝早くオフィスに来て、勉強してから日常が始まる。このスタイルは良かったです。オンラインで学ぶ効率性も改めて感じました。

──今回の研修は主に英語で行われました。

山田 受講者には、海外留学、海外赴任経験者の方もおられましたが、そうではない方もいました。今回の形式は、事前に予習ができたので、よくわからなければ何回も見直すこともできます。ビジネスレベル手前の英語力でも大丈夫かなという印象です。

──研修で学ばれたことを通じて、一橋大学でアクションにつなげたいと感じたことはありますか。

山田 2点ほど個人的に考えています。1つ目は、最初に述べたイェール大学の戦略性です。一橋大学は社会科学のみの大学なので、より特長や強みを強く打ち出す必要性を従来から考えていましたが、イェール大学のように、大胆な戦略性をとることができるのか。一橋大学も指定国立大学に選定されて、その際に戦略的分野を伸ばすということで着実に実行していますが、さらにもう一歩押し出せないかなと思います。

もう1点は、イェール大学に限らず米国の大学教育にみられる特長ですが、リベラルアーツ教育です。

イェール大学クラスの米国流リベラルアーツは文理融合の究極の形と常々思っていましたが、今回の研修で再認識しました。特に学部教育です。入学して何を専攻するかは自由。医学から法律、ピアノまで自由に選べる選択肢の広さです。ですから、ピアノを専攻しながら医者になる人がいる。しかも片手間でなくて、ダブルメジャーです。

一橋大学は2023年度に、ソーシャル・データサイエンス学部の新設を予定しています。また東京医科歯科大学、東京工業大学、東京外国語大学と組んで、一橋大学の学生が医学や理工系を学べる、文理融合の取組みを進めています。これをさらに進めて、大学連携でダブルメジャーができると、医学生が一橋大学で経済を勉強し、医療経済の専門家になるとか、経営学を勉強して病院経営のプロになるといったことも期待できます。イェール大学のリベラルアーツ教育を見ると、日本が大学連携でダブルメジャーを進める意義をひしひしと感じました。

──次回の受講を検討する方にメッセージをお願いします。

山田 非常に体系化されたレクチャーシリーズだったと思います。日本の大学の現状・課題から、米国の大学やイェール大学の事例でも大学の組織から財務、教育、研究の面まで多面的だったので、それらが上手く一つのパッケージになっている。よく体系化されたプログラムだったと思います。これから受講を考える方には、受講をお勧めします。

大学のあるべき姿や
今後の戦略性を考えるよい機会

高村 仁

高村 仁

東北大学大学院 工学研究科長補佐・総長特別補佐 教授

──研修で印象に残った点などについてお聞かせください。

高村 米国と日本の大学は、色々な面で当然違いますし、それぞれの良さがあります。その違いは何か、今回のプログラムでは意識して聞いていました。また、イェールプログラムでは、イェール大学のピーター・サロベイ学長の講義で、「この時はこんな判断をくだした」といった具体的な経験談も聞けました。そこで感じたことは、イェール大学のようなトップ大学は、学長の強大な権限を基に、強いトップダウンで大学を運営していると思いがちですが、結構ボトムアップ的な手法を取り入れた大学運営だったことが印象的でした。

イェール大学は、5つの重点項目を明確に打ち出しています。それを決める時は、学部から意見を吸い上げており、日本の大学に近いスキームでした。ただ大きく異なる点があります。

研究者は自分の研究や学問領域を重視しがちですが、イェール大学では、自分の研究分野を除いた上で、今後社会的インパクトをイェール大学として創造できるとしたらどの分野か、という形で意見集約したという点です。意思決定(decision making)をフェアな形でボトムアップ的に決めていくのだなという印象が強く残っています。

また、教員採用やカリキュラムなどは学部、教員組織の専決に近い形で任せている一方で、大学の人的資源を含めたリソース配分の意思決定は厳格に経営側、つまり執行部が担う。その役割分担の明確さは日本の大学との違いだと感じましたね。

非常に意思決定の原理原則がクリアで、大学の資源の配分も大学のビジョンに適うか否かというシンプルな判定を常にしています。大学のミッション、ビジョン、ゴールと常にあっているかでインセンティブを調整する。ミッションとの整合性を非常に大事にしています。このぶれなさ、理念の共有を大事にする姿勢は学ぶところが多いなと感じました。

──今回の研修は産業界の方も参加されました。産業界の方との交流はありましたか?

高村 リモートでの事前研修の後に、オンラインでの懇親会がありました。この懇親会で意見交換できたのはよかったですね。

産業界と大学の関係性を考えた時、産業界からは大学が優れた人材を輩出しないからと、逆に大学は企業が博士人材を採用しないから博士志望者が減るんだとか、セクター間の対立を想像しがちですが、研修に参加された産業界の方は、根本として大学をよくしたいというスタンスで参加されている。そうした意味で、産学で基本的なコンセンサスはあると感じました。

経営層の参加者の方も積極的に、色々質問されていました。スタートアップの話だと、大学人は起業をどう増やせるかといった点で質問しますが、産業界の方は、エグジット(投資資金回収)の部分やベンチャーキャピタルが投資する判断基準はどうなのかとか、産業界ならではの質疑は、視点の違いを知ることができて、勉強になりました。

──研修を体験して得た学びから今後、実行したいアクションはありますか。

高村 私は大学の評価関係の業務に携わっていますので、まずは今回の研修内容を執行部に報告しました。また、本学でも、人材や外部資金の獲得、ガバナンスの在り方等を議論する大学改革のワーキングがいくつか立ち上がっているので、そうしたところにもこのプログラムで学んだこと、大学として考えるべきことを報告して情報共有をしました。

私自身は執行部の人間ではありませんが、個人的な興味は大学の評価の在り方です。特に教員評価など、きちんと理論立てて大学の中で定義づけていきたいと思います。

──次回の受講を検討する方にメッセージをお願いします。

高村 色々と得るものは多いプログラムだったので少しでも興味がある人は受講した方がいいですね。何より事前研修が非常に重要です。日本の大学が置かれている現状をはじめ、会計基準や大学の評価とか、それなりに知っているつもりでも体系的にレクチャーを受けることは、大学の中でもなかったので、とても勉強になりました。

大学人の参加者も、経営層である副学長、理事が多く参加されていました。日々の課題に追われてしまいがちですが、産学官の受講者の方たちが、同じ課題意識をもっていて、産業界の視点や考え方もわかる。様々な人達とも会えますし、改めて、大学のあるべき姿や、日本の大学がとるべき戦略について考えるよい機会だと思います。

研修を通じて一段上の視野で
大学を見ることの重要性を意識

栗林 知美

栗林 知美

大阪府立大学国際交流担当課長

──大学職員として色々な研修を受けてきたと思いますが、今回の研修の感想をお聞かせください。

栗林 私にとっては大変なプログラムでしたが、その分、研修が終わってから何カ月たっても自分の中に残るものがありました。

 

今回は大学に報告するミッションもあったので、参加が決まってからは事前に提示された参考図書を10冊ぐらい、読めるだけ読みました。

イェールプログラムは産学官連携をテーマにした内容が多くありました。私自身は、産学官の業務を担当していませんが、事前にオンデマンドプログラムで予習することで、本番での受講を上手くカバーできたと思います。

研修は毎日ではなくインターバルがあったので、研修の合間に、気になるところを調べると、それがまた勉強になりました。短期間の研修にも関わらず、自分の中ではプロジェクト的な学びができた研修だったと思います。

──研修で自分の中に残ったものとは何でしょうか。

栗林 イェールプログラムでは、産学官連携、アントレプレナーシップ教育などの話題がたくさん出ました。

大阪府立大学は、2022年4月に、大阪市立大学と統合して新大学(大阪公立大学)を開学する予定で、イェールプログラムでの学びに関連するものとして、現在、「イノベーションアカデミー構想」が進められています。産学官の協創活動を推進する拠点(リビングラボ)を作り、そこで社会課題や研究課題解決の場を提供したり、人材育成やスタートアップ育成などに取り組むものです。

この研修に参加したことで、その意義をしっかりと理解することができ、より広い視野で大学を見ることができるようになったと思います。

また、研修中は、受講者の皆さんとイェール大学の講師陣のディスカッションから学ぶことも多かったです。大学全体の利益を最優先に考えた大学運営はどう実現できるかなど、自分より一段高いトップマネジメントの目線を見られたことは研修を受講して得られた大きな成果です。

──研修で得たことが大学へのアクションに何か繋がりましたか。

栗林 大学が改革やシフトチェンジをするとき、大学職員はどう考え方を変えればいいのか、また、トップマネジメントと現場をつなぐ管理職は、進むべき方向を現場の職員にどう示せばいいのかをより深く考えるようになりました。

大学の業務は細分化されていますが、それぞれの業務は他部門とつながっています。私たち現場の職員が、一段上の視野で大学を見られるようになるためには、自分自身の専門性を深めながら大学全体に常にアンテナを張ることが大事だと考えるようになりました。

それ以降、職場の皆さんには、担当業務に関わらず、大学運営や他部門のテーマの研修への参加を勧めるようになりました。参加した研修についての情報のシェアも積極的に行うようになったと思います。

──学内での報告がミッションとのことでした。

栗林 レポートに加えて、学長や大学執行部の先生方に会議で報告をしました。

全13回あったイェールプログラムは、資料の二次利用などが禁止されていたので、エッセンスとして、イェール大学では、研究資金を外部から獲得するための様々なサポート体制が整っており、大学が企業や卒業生と協力して、学生の起業家マインドを醸成する文化を作っていることを、事例をあげて紹介しました。

これからの日本の大学に求められる教育スタイルだと感じています。また、その中で、大学職員はどういう立ち位置を目指したら良いかについて、自身の考えも報告しました。

──今回の研修は産業界の方も参加されました。

栗林 教育は長期的な投資であり、すぐに成果を数字で出せるものではないと私たち教育業界の者は考えがちです。一方で、参加された産業界の方々からは、成果をどう数値化し、効果をどう客観的に測るのかといった発言がよく出ていたと思います。数字に敏感に、シビアな意識をもって、大学運営、経営を考えないといけないと感じました。

──次回の受講を検討する方にメッセージをお願いします。

栗林 私自身は、この研修プログラムのことを知りすぐに参加を希望しました。少しでも興味があればぜひ受講をお勧めします。大学のトップマネジメントの役割を担う方々の視点を学べることは、大学職員にとって非常によいチャンスだと思います。

特に、私と同じように現場をまとめる管理職の方は、大学の経営陣が考えていることを現場へ伝えるパイプ役なので、受講する意義は大きいと感じます。

次回の本研修プログラムは2022年1月・2月を目途に開催予定。公募開始は2021年10 月頃を予定している。「イェール大学プログラム」の今年度の詳細や、昨年度の内容はURL 先を参照。
https://www8.cao.go.jp/cstp/daigaku/peaks/kenshu.html