不公平な「単願制」を変える鍵 受入保留アルゴリズム(DA)導入を

公立高校の単願制では「合格できる力があっても、出願しなければ受からない」――そんな理不尽をなくすため、今、教育界で注目を集めるのが「受入保留アルゴリズム(DA)」だ。制度導入の意義と可能性を、東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)の野田俊也氏に聞いた。

単願制が引き起こす不公平を
根本的に解決する「DA」とは?

野田 俊也

野田 俊也

東京大学大学院経済学研究科 講師、
東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)
プロジェクトマネージャー
東京大学経済学部経済学科卒(経済学部卒業生総代)。東京大学経済学研究科修士課程修了。スタンフォード大学経済学博士。ブリティッシュコロンビア大学経済学部助教授を経て2021年から現職。ERATO小島マーケットデザインプロジェクト研究総括補佐 兼 社会実装グループリーダー。主な研究分野はマーケットデザイン、ミクロ経済学、ゲーム理論、Econ/CS、仮想通貨。マーケットデザイン・マッチング・オークション理論を専門とする。特に、社会実装を強く意識した応用性の高い制度設計に取り組んできた。

── 東京大学マーケットデザインセンターが2021年に公開した政策提言レポート※1は、公立高校入試制度の再設計として「受入保留アルゴリズム(DA)」導入を提言しています。執筆者の一人として、提言の背景をお聞かせください。

野田 背景には当時、東京都立高校の男女別定員が社会的に問題化したことがありました。成績の良い女子生徒が制度のために志望校に入れないという事態に「それはおかしい」という声が多く上がったのです。

高校の入試制度に潜む不公平さに社会が目を向けたことで、私たちが注目する受入保留アルゴリズム(Deferred Acceptance:DA)を導入するメリットや性能を社会に広く伝える好機と考えました。DAは男女別定員問題の解決に限らず、学校選択制度(スクールチョイス)全体の改善に資する手法です。世界的にも理論としては確立されています。2024年度から東京都の男女別定員は廃止されたものの、成績の良い生徒が志望校に入れない状況を生む、高校の入試制度が抱えるより根本的な課題は未だに残されたままです。

── 具体的にどの様な課題意識をお持ちだったのでしょうか?

野田 生徒1人が1つの公立高校にしか出願できない「単願制」が引き起こす不公平を問題視しています。単願制のもとでは「どの高校へ出願するかの判断」が入学先に決定的な影響を与えます。出願戦略に失敗すると、合格できる公立高校があっても、どこにも通えません。生徒は倍率や他の出願動向を読みながら戦略的に判断せざるを得ず、学力や適性による選抜という入試本来の目的からも大きく外れています。

経済的事情で私立に通えない生徒は難関校の挑戦を回避して安全策を取らざるを得ません。自分の合格可能性を判断しにくい情報弱者にも不利に働きます。裕福な家庭ほど受験情報の収集にも有利な傾向があるため、ますます格差が拡大します。

高校の授業料無償化が実施されると、私立校や公立校の人気の変動により、合格可能性の読み合いが複雑になり、単願制を維持すれば混乱が生じます。DAを導入すればこの問題は根本的に解決できます。できるだけ早期に導入することが、入試制度全体の安定性や公平性の確保につながるのです。

世界各地で実績が確立されたDA
具体的な導入のイメージ

── DAを導入した入試制度について具体的にお聞かせください。

野田 DAは1962年にデイヴィッド・ゲールとロイド・シャープレーによって発案されたマッチング・アルゴリズムです。学校選択制度への応用は理論・実証の両面から優秀さが立証されています。例えば、米国ニューヨーク市・シカゴ市、イングランド、アムステルダム、フランスなど、世界各地で導入されており、ニューヨーク市の公立高校入試への導入が成功を収めたことは、2012年にマッチング理論がノーベル経済学賞を受賞した際の解説文書でも詳しく取り上げられました。2025年現在、DAの実務的性能が広く認知され、世界各地で実績が確立されています。

DAアルゴリズムの本質は、各生徒が自由に多くの学校に複数応募できるときに最終的に行き着く入学先を高速に計算する方法です(事前に生徒と学校が決めた志望順位・合格順位を使い、生徒の入学辞退のアクションと学校の追加合格のアクションを自動的に代行する。複数校からの合格が出た後に必要な処理をコンピュータにより効率化できる)。

DAでは、生徒が第一志望から順に志望校を提出し、合格基準を満たす学校のうち、最も志望度の高い高校が割り当てられるため、単願制で生じる「合格可能な高校を読み合う」非本質的な競争を排除し、生徒が純粋に学力や適性などの基準で評価される公平かつ効率的な制度を構築できます※2。また、教員の負担軽減や、教育委員会は高校の人気度をデータで入手できる、各高校の入学者数を管理しやすくなるといったメリットも挙げられます。日本でも保育園の利用調整や研修医の配置、就活マッチングでDAが活用されており、高校入試への導入も十分現実的です。

── 導入にはどのような準備やコストが必要でしょうか。

野田 日本の高校入試は現在も一定の集権的管理の下で行われているという意味では大幅な変更はありません。アルゴリズム自体は非常にシンプルで新たな開発は不要です。ただ、志望順位や内申点、試験結果などを一元管理するためのデジタルシステムがあると、運用がよりスムーズになります。採点基準の統一や、独自入試校への対応など制度面での調整も必要ですが、得られる公平性や透明性、納得感を考えれば、十分に取り組む価値があります。まずは先行自治体で実証的に取り組み、全国へと広げる形が現実的です。国が統一的なシステムを構築できれば、よりスムーズな導入が期待できます。

就職市場や企業内人事配置など
入試以外に活用できるDAの可能性

── DAの今後の広がりについて、どうお考えでしょうか。

野田 米国をはじめ、さまざまな国でマーケットデザインの制度設計にかかわり、教育分野でのDA導入が進んでいます。一方、日本では、おそらくまだ認知度が低いことが要因となり、教育分野ではDAの導入は進んでいません。今年3月、河野太郎議員がSNSで紹介したことをきっかけに注目が集まり、平将明デジタル大臣も改革に前向きな投稿をしました※3。「私立は無理だから、公立のランクを下げざるを得なかった」といった投稿も目立ち、多くの人が現行制度に不満を抱えていると感じます。今後は私立高校や大学入試への展開も視野に入るでしょう。特に私立大学は定員管理が大きな課題で、DAを導入すれば補欠合格の調整も自動化でき「定員ちょうどの学生の受け入れ」問題をきれいに解決できます。

── 最後にメッセージを。

野田 現在、自治体や政府関係者の間でDAへの関心が高まっており、今は制度導入に最適なタイミングだと捉えています。私たちUTMDは、この機会にDAのメリットを広く認知させるための科学的コミュニケーションを積極的に進めたいと考えています。専門的知見を活かした制度改善のサポートを教育はじめ多様な分野で支援していきます。

例えば、高卒者の就職市場でもDAの導入はよりよい生徒と企業のマッチング達成のために有効と考えられます。企業内人事配置への応用も進んでいます。2023年には「ERATO小島マーケットデザインプロジェクト」も始動し、マーケットデザインの社会実装を一層推進する体制が整いつつあります。制度導入をご検討の教育関係者や自治体の皆さまは、ぜひお気軽にご相談ください。

※1 「公立高校入試制度の再設計に向けた提言:単願制が引き起こす不公平とその解決策」東京大学マーケットデザインセンター,青井・今村・小田原・鎌田・野田(2021)
※2 DAの学校選択制度への応用には、学校提案DAと、生徒提案DAの2種類があるが、生徒の希望をよりよく反映した生徒最適安定マッチングは、生徒提案DAの方が優れている。
※3 河野太郎議員がX(旧:Twitter)で、2025年3月4日に高校入試へのDA導入案を投稿し、平将明デジタル大臣も3月10日にこれに同調する投稿を行っている。