デザイン思考と教職学協働でDX推進、学生主体の内製でスピーディーに開発

香川大学はCDO(デジタル化統括責任者)を設置している数少ない国立大学のひとつ。情報メディアセンターに学生を主体としたDXラボをつくり、教職学連携チームによる仮説検証型アジャイル開発によって大学DXを推進している。同取組みを香川大学CDOの八重樫理人教授が解説する。

ユーザーが必要とするものを
自ら洗い出し要件定義すべき

八重樫 理人

八重樫 理人

香川大学 創造工学部教授(併)情報メディアセンター センター長、CDO(デジタル化統括責任者)

経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」によると、日本では、要件定義から請負契約を締結し、ユーザー企業がベンダー企業の提案した要件を、そのまま受け入れてしまうケースが少なくないという。このため、同レポートでは、要件の詳細はベンダー企業と組んで一緒に作っていくとしても、要件を確定するのはユーザー企業であるべきことを認識する必要があるとしている。これは大学DXも例外ではないと、香川大学教授、CDO(デジタル化統括責任者)の八重樫理人氏は話す。

「ユーザー企業が『自分達が本当に必要なものが何か』を把握しないまま、ベンダー企業がシステムの開発をおこなっても、企業が必要なシステムは開発されません。要件定義はユーザー企業側で責任もって実施する必要があり、香川大学のDX推進においても『自分たちが本当に必要なシステムはなにか?』を正しく特定することを重視して様々な取り組みをおこなっています」

八重樫氏は情報システムとソフトウェアの開発論、特に上流工程とよばれる要件定義や開発プロジェクトマネジメントが専門で、これらに関する様々な研究に取り組んできた。香川大学は、オンライン教育などのDX推進の必要性から八重樫氏をCDO(デジタル化統括責任者)に任命。本格的なDX推進に乗り出した。

デザイン思考に基づいた
「デジタル ONE 構想」とは?

6学部7研究科から成る香川大学は、大学統合、学部新設、などを経て現在の形になったため、キャンパスが県内4カ所に分散している。学生たちに移動時間の負担を感じさせないようにと、早くからe-ラーニングを導入したため、2019年時点で、293科目に渡ってオンライン授業が採用されていた。その後、COVID- 19の発生によりオンライン化が加速、2020年度は2,144もの科目がオンライン受講可能となったが、これにはリソースの増強を柔軟に対応できるHCIの導入など、情報基盤整備を計画的に進めてきたことが功を奏している。

「MoodleやMicrosoft Teamsも導入されており、学生たちと教員を遠隔でつなぐ授業風景が日常化しているといっても過言ではありません。2022年4月時点で、学内に約1,700チーム(約3,500チャネル)が生成され、約1万ユーザーのうち約6,000がアクティブです」

そして八重樫氏が打ち出したDX推進のコンセプトが、デジタルONEキャンパス・デジタルONEラボ・デジタルONEオフィスの3つを基本方針とする「デジタルONE構想」だ。オフラインが存在しない世界を前提として、リアル世界がデジタル世界に包含される=OMO(Online-Merge-Offline)の考え方に則り、デジタルキャンパスを前提とした業務体制を整えてICT化やDXを推進していくのが狙いである。

まず、学長の直下に情報戦略室をつくり、その配下にCDOである八重樫氏がセンター長を務める情報メディアセンターを設置。さらに、2021年4月からは、学術部の一つの課であった情報部門を部に昇格させ、学内の情報基盤を担う情報基盤グループ(旧情報グループ)に加え、学内のICT化やDX推進に関する様々な取り組みを実施する情報企画グループを新設した。DX推進の具体的な取り組みは、事業部門との協働プロジェクトで進められ、就職・学生支援/研究支援/学務関係/給与福利/知財管理/旅費関係などのプロジェクトが編成された。これらプロジェクトには、教員・職員に加え、DXラボに所属する創造工学部などで情報工学を専攻する学生も参加し、「教職学協働」で様々な取り組みが実施されている。

DXラボの学生らが
通勤届申請システムなど開発

図 DXラボが内製開発した勤怠アプリ「カダキンタイ(Power Appsアプリ版)」

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香川大学がDX推進に学生を巻き込んだのには理由がある。同大学に2018年に新設された創造工学部は、産業界が求めている「次世代型工学人材」に必要な5つの素養を定義しており、数理基礎力、コミュニケーション力、地域を理解し地域と協働して価値の創造をおこなう力、リスクマネジメント能力と並んであげられたのが、DX推進に不可欠と言われるデザイン思考能力だったからだ。

「まずは、ペルソナ法やジャーニーマップ作成、ユーザーインタビューなどのUX調査を行い、DXで解決すべき課題をあぶり出すことから始めました。専門事業者に外注すれば、より品質の高いシステムが早く完成したかもしれませんが、ユーザー体験を整理したおかげで、『残業が長い人が評価される文化がある』、『電話での問い合わせで業務が中断される』など、表に出てこなかった業務の課題が次々と明らかになりました。この結果を受けて、香川大学にとって必要最低限の価値を提供できるプロダクト=MVP(Minimum Viable Product)を特定し、そのMVPに基づいて、アジャイル開発で必要なシステムを学内で内製開発します(仮説検証型アジャイル開発)」

 デジタルネイティブ世代である学生が、Microsoft Power Platform(ノーコード・ローコードプラットフォーム)を活用して開発したプロジェクトは、半年で25件を超えた。たとえば、「通勤届申請システム」の開発プロジェクトでは、紙ベースの書類に最寄り駅や通勤経路などを記入して校内便で担当者とやりとりするという従来のやり方が、住所を入力するだけで外部サービスのAPIなどを利用して通勤距離と通勤手当額を自動計算するとともに、その結果をオンラインで決裁するシステムへと様変わりした。

また、教職員の「出退勤記録システム」の開発プロジェクトでは、出退勤報告アプリ「カダキンタイ」が開発された。「科研費問い合わせ対応チャットボット」開発プロジェクトでは、科研費の問い合わせ対応をおこなうチャットボットを開発し、業務効率化を図った。

こうしたDXラボの取り組みを学内に拡げていくため、職員向けのハンズオンセミナーを実施したところ、約150名の職員が参加。参加者に実施したアンケートでも、「自分でもアプリ開発ができそうだ」といった前向きな回答が4分の3以上を占めたという。その後もハンズオンは、他大学や高校などからのリクエストを受け、学外むけにも開催するなど活動の幅を拡げている。

「ただし、内製に限界があるのもわかっているので、システム開発にかかる打合せは最大4回まで、初回打ち合わせからプロト開発→実証実験→運用開始までの目安は1か月といったプロジェクト推進のルールを決めています。運用も、事業部主体で動かしてもらうのが原則ですが、まずは、小さな成果をいくつも積み重ねていけば、やがて大きな成果の創出につながるのではないでしょうか」