教材・授業案をシェアできる検索サイト「せんせい市場」
「骨太の方針2025」は時間外在校等時間の月30時間程度への縮減を目標にしている。長時間労働で教員が授業準備の時間を取れないことが課題となる中、元公立中学校教員の水野孝哉氏は、起業して授業アイデア共有サイトを立ち上げた。その特長や思いを聞いた。
授業はやりがいに満ちているが
教材準備に十分な時間が取れない

水野 孝哉
株式会社せんせい市場 代表取締役
愛知県公立中学校の理科教員として5年間勤務。10万ダウンロードを超える学習アプリ「理科単語ウルフ」の開発など、ICTを活用した授業改革を実践してきた。2022年に退職後、YouTube「やんばるゼミ」を開設。登録者数は56万人、総再生回数は10億回を超える。2023年に株式会社せんせい市場を起業。2025年4月に授業アイデア共有サイト「せんせい市場」を正式リリース。根本から学校や教育の仕組みを変え、教師という素晴らしい職業が子どもたちの「なりたい職業NO.1」になるような教育改革を目指している。
株式会社せんせい市場は全国の教員が考えた教材や授業アイデアを投稿するシェアサイト「せんせい市場」を2025年4月にリリースした。代表取締役の水野孝哉氏は、「授業が大好き」な元公立中学校の理科教員。退職してまで起業したのは、教員の現実を目の当たりにしたためだ。
「私は授業がすごく好きで、1年目から授業づくりに没頭しました。授業づくりを頑張れば頑張るほど、『先生の授業は面白い』と子どもたちは言ってくれました。そのうち『あの先生の授業はつまらない』と素直な子どもたちの言葉を耳にするようにもなり、何が違うのかなと意識して見ていると、介護や子育てなどの家庭の事情、授業以外の業務などで教材準備に時間が取りたくても取れない状況にある先生がいると新任から2,3年経った頃に気付きました」
「こうした先生のためになれば」と水野氏は教材をシェアすることを思い付いた。はじめにタブレットで使える教材アプリを制作し校内でシェア。若手教員を中心に評判となり、市内の中学校まで導入が広がった。この頃、新任時から熱心に指導をしてくれた先輩教員がメンタル不調を理由に退職。「あんなにパワフルな先生までもが心の病になってしまうなんて、信じられませんでした。学校の中から現場を変えることはできない。外に出て、全国の疲弊する教員のためになることをしようと、退職する決意をしました」と水野氏は当時を振り返る。
「せんせい市場」の開発を進めながら、在職中に開発したアプリ「理科単語ウルフ」を広めようと考えた。しかし「優れたアプリを開発することより、認知を広めることのほうがハードルは高い」と痛感。メンタル不調で退職した先輩教員の体調が回復しYouTubeをはじめていたため、「広報活動のために一緒にYouTubeやりましょう」とオファーし実現。現在はYouTubeチャンネル「やんばるゼミ」を運営し、中学理科を学年・単元別に解説する動画などをアップ。登録者数は56万人に達している。
全国の教員が指導案・教材を
無料でシェアできるように
5年間の教員生活に幕を下ろしてから2年半後、全国の教員が作成した指導案や教材を共有し、効率的に授業準備ができる無料のプラットフォーム「せんせい市場」を立ち上げた。「開発期間は数か月の予定でしたが、設計にこだわったため、時間がかかってしまった」と水野氏。最も大切にしたことは、「指導案や教材をつくった人が評価され、良いものが広まっていく仕組み」だ。
「授業を作成するのが得意な先生より、話すことがうまい先生が評価されがちなのが気になっていました。SNSのように『いいね』や『コメント』機能を持たせ、授業作成者の価値を上げることを狙いました」
アカウントは匿名でも作成でき、アイコンにはイラストやペンネームの登録もできるようにした。
「実名で投稿することもできます。自分の立場に応じて選べます」
指導案や教材は、小学生と中学生の全教科がアップされている。例えば「中1 理科」と検索すると、「植物の観察と分類」「植物のなかま分け」「火山」「地震」「地層」など単元ごとに指導案や教材を探すことができる。「ちいちゃんのかげおくり」「ごんぎつね」などタイトルで検索してもいい。ダウンロードは「PDF」「パワポ」「Keynote」「授業プリント」と必要な形式でできるため授業準備時間の短縮に直結する。

画像は「中1」「理科」「スライド」でアップされた「葉、茎、根のつくり」の「スライド」。
2025年7月現在、登録教材数は約1500に達している。質の担保は必要なため、必要最低限の選別はしているが教材数は順調に増えている。その理由は、教員が著作権や個人情報の取り扱いなどに不安を感じることなくアップロードできるよう、心理的なハードルを下げる工夫を行っているためだ。投稿自体に収益が発生しない仕組みなど、投稿に際する法的な問題をクリアすることで弁護士の推薦も受けている。
「アップロードのタイミングには個人情報保護のガイドラインを表示します。各項目をチェックしないとアップロードできませんし、一連の過程の中でも『個人情報は出ていませんか?』と数回表示がでるなど『万が一』に備える設計です」
また、個人情報を隠せる編集機能も搭載している。
「サイト上で該当箇所を黒く塗りつぶすことができます。また、アップロードしてから個人情報など伏せないとならない箇所がでてきても、すぐに消すこともできます」
さらに、運営サイドで随時巡回をしてチェックすることに加え、閲覧者による「報告機能」があり、指摘コメントが3つ入ると運営側に通報される仕組みもある。
持続可能で質の高い
教育サービスを目指して
「せんせい市場」正式リリース前の2024年11月にはクラウドファンディングを実施。目標額の140%の約700万円の支援を得られた。
「有難いことに、教育事業者でない企業の代表から大口の寄付もいただきました。教育現場の課題に高い関心を持っている方が多くいらっしゃると実感しました」
質のよいサービスを継続していくには収益化が不可欠だが、「教員からサービスでお金をとるつもりは一切ない。今後も徹底していく」と水野氏。現状ではショート動画や YouTubeで閲覧数を伸ばしている知見や実績を活かし、会社としては動画ノウハウの支援事業でも運営資金を確保している。教育関連の企業などからの依頼が多いという。
また、教材会社との連携に向けて準備を進めているという。
「例えば理科は、教材と実験器具がセットになる学びが多くあります。せんせい市場内からさまざまな教材を購入できるようにし、教材会社とWin-Winの関係を築いていきたいと考えています」