グランドデザインで理念を定立し、パブリック・アフェアーズでそれを実装
社会構想大の3つ目となる新研究科、社会構想研究科。現状を学術的に把握した上で、社会のあるべき姿を描き、政策やソーシャルビジネスを通じてそれを実現できる人材を育成する。だがそもそも社会構想とは何なのか?社会構想研究科ではそれをどう教えるのか?所属教員が全12回のリレー形式で解説する。
複雑さの度合いが増す社会を
より良いものにするためには
北島 純
現代のグローバル社会をどう捉えるか。人によって様々な見方があろうが、「米中新冷戦」、「戦争の世紀」、「保護貿易主義への傾倒」といった政治経済・安全保障分野から、「生成AIの普及」、「SNS化の進展」といったDX・SX分野まで、幾つかの共通キーワードが思い浮かぶであろう。
それらのキーワードは絡み合い、国境を超え、複雑な様相で私たちの目の前に現れている。例えば生成AIは、米OpenAI社が開発したChatGPTの公開が一つの契機になって、社会における情報処理のあり方を根底から変容させ得る技術として注目を集めている。その社会的インパクトから膨大な資金と人材が開発市場に流れ込むと同時に、リスクの大きさから、生成AIを対象とする規制ルールが一気に形成されつつある。
主導しているのはEUのAI規制法であり、GDPR(EU一般データ保護規則)同様、米国の大統領令や我が国提唱の「広島AIプロセス」の一歩先を行く、デファクト・スタンダードになろうとする強固な意思がそこには見受けられる。このまま行くと、ブリュッセル・エフェクトと呼ばれる汎用的効果がEU域外に及ぼされる可能性が高い。
しかし、中国がそこに立ちはだかろうとしている。中国版AI規制法令の制定だけでなく、中国語独自の大規模言語モデル開発と、それに基づく社会体制、あるいは貿易体制の構築が促進されているとしたら、その帰結として、各AIを基盤とした保護主義的(排他的)経済圏が成立・強化されるかもしれない。
半導体やスマホ等の工業製品、あるいはスマートグリッド(IT電力供給網)といったインフラのレベルでは、「米中新冷戦」に基づく貿易通商の分断がすでに現出しているが、AIを基軸とした社会情報の生成流通過程の変化が、経済と社会の土台そのものに影響を及ぼすとしたら、「米中新冷戦」と「保護貿易主義への傾倒」が「生成AIの普及」と絡み合う、新しいグローバル社会の様相が現れる可能性がある。
このような国際潮流の中で、どうすれば「より良い社会」を構想できるであろうか。そのキー・コンセプトが「グランドデザイン」と「パブリック・アフェアーズ」である。
理念とその実装法が揃って初めて
社会の改革が可能に
グランドデザインの解釈には様々あるが、ひとつの考え方として「『理念性』と『戦略性』と『デザイン性』を備えた包括的な社会構想」ということができる。
理念には「包摂性」を備えたものもあれば、「プロジェクト性」の強いものもある。「鳥瞰性」が強調された戦略もあれば、「指針性」の高い戦略もある。「アート性」が高いデザインもあれば「実用性」に着眼したデザインもある。つまり、抽象性の高低が包括性を規定するのではない。抽象的であれ具体的であれ、「理念と戦略とデザイン」という要素を過不足なく備えているという意味で包括性がある社会構想を、グランドデザインと呼ぶことにしよう。
その場合、グランドデザインを描くためには、何よりもまず理念の定立が必要になる。たとえばAIが実装された社会を「より良い」ものにするためには、どのような理念を定立すればよいか。人権の尊重か国益の担保か。プライバシーの保護か個人データ利活用の便益か。
時として相反する要請を理念に昇華した上で、グランドデザインを机上の空論に終わらせることなく社会実装するには、パブリック・アフェアーズ(公的関係の戦略的構築)が欠かせない。単なる戦略的思考やデザイン思考ではなく、実際に戦略を構築し、社会をどうデザインするかの技法が問われるのである。
グランドデザインとパブリック・
アフェアーズの両方を学べる稀有な場
我が国では政府セクター(永田町と霞が関)に対する要請・陳情は、ロビイングや渉外という用語で理解されてきたが、グランドデザインの社会実装には政府セクターだけでなく、企業・団体(プライベートセクター)やNGOを含めた市民社会(シビルソサエティ)に対しての働きかけや、戦略的パートナーシップの組成も時に必要になる。
社会構想研究科は、そのようなパブリック・アフェアーズの技法をグランドデザインの発想から学ぶことができる唯一の高等教育機関である。その技法は、政治家、議員秘書、官僚、自治体職員、NGO・労働組合関係者、市民運動家等にとって重要なart (技術・知識)であり、これからの政策形成に必要不可欠なskill(腕前)である。
SX、DX、D&I、well-beingといった抽象的概念をいかに具体化し、社会や組織の政策・施策に落とし込むか。来たるべき「より良い社会」を構想するための「理念・戦略・デザイン」を支える論理的思考を徹底的に鍛え、「理想の社会実現の先頭に立つプロフェッショナル」にならんとする全ての人に開かれた場、それが社会構想研究科である。