学び直しの第一歩を踏み出す リカレント教育フェア 講演ダイジェスト

国を挙げてリカレント教育への取り組みが進められているが、そもそもリカレント教育とはどのような定義で、なぜ今推進されているのか。リクルート進学総研の乾氏が解説する。

リカレント教育の定義とは

乾 喜一郎

乾 喜一郎

リクルート進学総研 主任研究員(社会人領域)

リクルート進学総研主任研究員の乾氏は、株式会社リクルート入社後、一貫してキャリアに関する領域に携わってきた。社会人学習専門誌の編集長を歴任後、現職に就任。文部科学省のリカレント教育推進施策の検討における有識者委員を務めるなど、リカレント教育のあり方について提言を続けている。

「リカレント教育」はもともと、あるべき将来像のための施策を示す政策用語だ。さまざま定義があるが、共通するのは「いったん社会にでた後」「仕事・キャリアに関して」「繰り返し行われる」教育であるということ。仕事目的であることが生涯学習と、繰り返しであることが職業訓練と、個人が主体となる点がリスキリングとそれぞれ異なる。ではなぜいまリカレント教育が推進されるのか。その背景について乾氏はこう語る。

「1つ目はイノベーションの創出。2つ目は、成長産業への人材の移動や既存産業の効率化、デジタル化。3つ目に、社会に主体的に参画できる個人の拡大です。つまり、リカレント教育は教育政策であると同時に経済政策なのです。既存の産業の効率性を上げるだけではなく、イノベーションを起こし、新たな付加価値を創造しようとするのなら、異分野とのぶつかり合いや異質な他者との出会いが必要。リカレント教育は、それらを起こす機会として期待されているのです」

学び手の成功体験を促す
リカレント教育推進政策

リカレント教育推進政策は、教育の質を高めるだけではなく、リカレント教育を利用する者を増やすことを目的としている。現状、自発的に学び続ける人は全体の1〜2割とまだまだ少数派。学習による成功体験から高いモチベーションを持つが、学費の負荷、レベルや規模感が合う講座がないといったハードルがある。一方、学んでも効果がなかったなど失敗経験から後ろ向きとなってしまっている人も多い。こちらには学習意欲の喚起が必要だ。

こうした阻害要因の除去を目的とした施策が進んでいる。教育訓練給付金制度などによる費用面の負担軽減、開講時間の対応やオンライン化・デジタル化、履修証明プログラムの創設などによる講座のバリエーション拡充など、リカレント教育を取り巻く環境は少しずつ整備されてきている。自身も学び手の一人だという乾氏は、最後にこう話した。

「リカレント教育を利用するメリットの一つに、“もう一つのアイデンティティの獲得”があると思います。会社員として一つの価値観、知識体系の中にいるのではなく、社会人であり、学生であるという複数の自己を持って活動する、そのことによって、自分の中で異質な他者同士が出会い、新たな気づきをもたらしてくれます」。

「推進政策にはまだまだ多くの限界があります。それらをさらに充実したものとするためには、まずは私たちがこれらの制度を思い切り活用し、その効果を示していかなければなりません。黙っていてはその必要性が伝わらない。少々理解されなかったとしても、無邪気に、あきらめずに、周囲に学びの楽しさ、その価値を伝えていただきたいと思います」

リカレント教育推進の背景には、私たちが直面する大きな社会変化がある。Schoo(スクー)の滝川氏が解説する。

リカレント教育を取り巻く
社会情勢

滝川 麻衣子

滝川 麻衣子

株式会社Schoo 執行役員 CCO

20年にわたる編集者としてのキャリアをもつ滝川氏。メディア企業での取材経験を通して「社会人の学び」の重要性を確信したという。そんな滝川氏は2021年12月にオンライン動画学習サービスを提供するSchooのCCO(Chief Content Officer)に就任。リカレント教育が注目される中、DXやコロナ禍需要が追い風となり同社の会員数はコロナ前の2019年から2021年末までで162%増加している。

リーマンショック以降、欧米社会では金融資本主義への猛省の結果、ESGへの関心が高まった。世界ではデジタル経済が躍進する一方で、格差が拡大。さらに、パンデミックや気候変動、強権国家の台頭による戦争など、予測不可能な出来事に翻弄され社会の分断も加速している。

一方、少子高齢化が進む日本では、人生100年時代が提唱され、定年後も働き続けるのが当たり前になった。日本企業の競争力は著しく低下し、1990年代までの雇用形態はもう維持できない。史上稀に見る変化の中で多様な人材が労働に参加することが不可欠になり、雇用も経済情勢もきわめて流動的な状態にある。そんな中、新たな世界的潮流が生まれているという。

「EGS投資の一環として、人的資本に関する情報を開示する流れがあります。日本政府も“人への投資”として企業へ後押しを始めていますが、特に大企業ではDX推進の鍵としてリスキリングを行うケースが顕著です。健全な人的資本経営は持続可能な企業経営に欠かせません。学び続けながら変化に適応していくこと、それが企業にとっても個人にとっても、流動性の高い社会で生き残るための解となるでしょう」

学び続けることは
最高のエンターテインメント

人的資本への投資や学び直しの気運が高まる中、注目が集まるのは学び続けながら時代に合わせキャリアを変幻自在に構築する、プロティアン・キャリアだ。これには、自分らしさの確立・アイデンティティと、市場や組織から求められること・アダプタビリティのバランスが重要だと滝川氏は言う。

「自分らしく働きながら、変化する市場ニーズに適応する能力を磨くことも大切です。キャリアのオーナーシップを保つには、時代とともに歩みながら学び続けていく覚悟が必要になるでしょう」

では、社会の流動性に耐えうるキャリア資本構築のために何を学べばよいのか。その問いに滝川氏は次のように答える。

「⽣涯学び続けることで蓄積される“資本の総体”としてキャリアを捉えてみましょう。まずは自分のもっているカード(能力)に着目することです。これまで培ったカードに何を掛け合わせれば強みとなるか、どんなカードを増やせばアダプタビリティが拡充するか、柔軟に考えてください。仕事のスキルだけではありません。お金に換算できない無形資産もたくさんあるでしょう。豊かな人生を築くことが学びの目的ですから、学び続けることは最高のエンターテインメントだと思っています。そして、それは変化の時代を生き抜く最善のセーフティネットでもあるのです」

リカレント教育で重要な学びの場を選び。社会構想大学院大学の橋本氏が専門職大学院の真価とは何かを解説する。

「知識基盤社会」が求める
「上流の本質的な学び」

橋本 純次

橋本 純次

社会構想大学院大学 専任講師

新しい知識・情報・技術が社会のあらゆる領域で基盤となる「知識基盤社会」の時代と言われる21世紀。知識は日進月歩で進化して競争と技術革新が絶え間なく起きるとともに、これらの知識はグローバル化し、そのライフサイクルも短くなっている。高度に複雑化した社会において、私たちは従来のフレームワークやテクニックをアップデートするだけでは社会や企業、個人の課題を解決することができない状況に直面している。

こうした社会にどう向き合うか。社会構想大学院大学専任講師の橋本氏は「テクニックより上流の本質的な学びを通じ、自身の経験から新しい理論・知識を導き出すような“メタな知見・能力”を身につけるためのリカレント教育が必要」と説明する。

そのための有効な学び直しの場となるのが専門職大学院だ。研究者教員と3割以上の配置が義務づけられている実務家教員が協働し、アクティブ・ラーニングを中心とした最先端の教育方法による高度専門職業人の養成が行われている。橋本氏は言う。

「実務家教員とは高度な実務能力や実務経験を有する人、いわば第一線で活躍するプロです。専門職大学院ではそうした実務家教員が研究者教員とともにカリキュラムを作っているため、その領域における最新の学び、ひいては近い未来に主軸となるテーマを反映することができるのです」

単なる学びの場という
役割を超えて

専門職大学院では、どのような学びが期待できるのだろうか。

まず挙げられるのは、“実務への波及効果”だ。もちろん社会人学生自身が最新の実務を学び、自組織の業務改善を図ることもできるが、新しい知見を職場に持ち込むこと自体が現場に刺激を与える効果もある。橋本氏は、修了生から思いがけない声を聞いたという。

「現状、リスキリングの対象者は幹部候補の方が多いですから、膨大な仕事を抱えていて、学びの時間確保が非常に難しい。そこで学生自身が自身の働き方を見直したじ結果、働き方改革につながったという事例をいくつも見ています」

次に注目したいのが、“多様な人材との出会い”である。他業種で働く学生や教員と2年間交流する中で、多様な視点・考え方に触れることができる。こうした環境に身を置く、越境体験から得られる気づきは計り知れない。

専門職大学院は“社会人にとっての止まり木”としても機能する。自分のキャリアプランに迷ったり、仕事内容に疑問をもって専門職大学院に入学する学生は少なくないが、日常的なディスカッションの中で自分自身を俯瞰的に捉えることができるようになる。

「ここは『18時以降の世界』だから価値がある、という意見がありました。仕事を離れ、一個人に戻るとフラットに物事を見ることができます。サード・プレイスとして心を開けるかけがえのない場所だったというのです。こうした、単なる学びの場以上の役割・価値が創出されているのは、専門職大学院の真価と言えるかもしれません」

リカレント教育に関心をもつ人は増えているが、実際にどう実行すればよいのかという情報はまだ多くない。「学び直し」経験者が語る、キャリアへの生かし方とは。

コミュニケーションのプロを
目指し専門職大学院へ

ファイザー五井様

五井 俊哉

ファイザー株式会社

2020年4月に社会情報大学院大学 広報情報研究科(現 社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科)に入学、2021年度に同研究科を修了した五井俊哉氏。総合商社での営業職を経て製薬業界に転身、営業やマーケティング領域で実務経験を積み重ねる中で専門職大学院への進学を志したきっかけをこう語る。

「学生時代や就職活動、その後の新入社員時代と、そのときどきの必要に応じて勉強を続けてきました。あるとき、社内の選抜メンバーが参加できる半年ほどのビジネススクールに参加しました。営業や製造部門など、さまざまな部署のメンバーとグループワークに取り組み、日常業務とは異なる面白さを感じたのですが、修了後に虚無感のような、学びへのロスを感じるようになったのです」

さらなる学びを求める五井氏はMBA(経営学修士)取得も考えたが、より希少価値の高い存在になろうと考えた。そこで改めて自身の業務や身の回りを見直したところ、経営層と現場の乖離や、理論的な戦略と実践の間の壁など、組織の中に『コミュニケーションの穴』があることに気づいたという。

「MBAをとって経営のプロになろうする人は周りにいるが、それを支えるコミュニケーションのプロは見当たらない。コミュニケーションを専門とする方がより会社、ひいては会社以外の社会でも役に立つのではないかと仮説を立てました。そこで、コミュニケーションを専門とする大学院の門を叩いたのです」

コミュニケーションを軸に
希少価値ある人材に

こうして『コミュニケーション』の観点から専門職大学院での学び直しに取り組むことになった五井氏。社会人の学びのキーワードとして、①業務と学びを両立させるための時間管理、②講義や多様な学生とのディスカッションを通じたメガマインドチェンジ、そして③『知の消費者』から『知の生産者へ』という3つを挙げる。

「社会人大学院の授業は平日夜間と土日です。入学を機に異動を願い出て、さらにコロナ禍もあったことで、仕事も大学院もフルオンラインに切り替えるなどして生活スタイルを変えました。また、授業では理論を学ぶことに加え、自分の考えを相手にわかるよう言語化することが求められました。さまざまなバックグラウンドをもつ同級生の皆さんの意見を聞き、自らも意見を述べる。こうした授業を通じ、相手の話を傾聴し、冷静に理解すること、また自分が話す際には相手が興味をもつように、相手が理解できる言葉に近づけて話す癖が身につきました。そして、社外の方々と接することで、所属組織の尺度とは異なる面で私のもつ知識が求められていることもわかり、学びが自分のものだけではないということも感じました」
大学院での学びを生かし、外部での講義や自治体のアドバイザー等も務めるようになった五井氏。自身の経験が少しでも学びを志す人の後押しになればとエールを送った。