『子どもコンプライアンス』著者が語る「今、求められる情報を広く捉える力」

インターネットやSNSにおける迷惑行為、誹謗中傷、フェイクニュースが問題となっている中で、子どもたちがリテラシーを高めるには何が重要なのか。長年、読売テレビで番組制作に携わり、今年3月に著書『子どもコンプライアンス』を上梓した山本一宗氏に話を聞いた。

これからの時代を生きるために、
情報を広く捉える力は不可欠

山本 一宗

山本 一宗

株式会社CompLabo 代表取締役
元・讀賣テレビ放送株式会社
コンプライアンス総括責任者
1964年生まれ、兵庫県神戸市出身。1988年に讀賣テレビ放送株式会社に入社。報道記者として神戸連続児童殺傷事件、 和歌山毒物カレー事件や金融機関再編などの取材を経験し、その後 「THE ワイド」「情報ライブ ミヤネ屋」プロデューサー、「ウェークアップ!ぷらす」チーフプロデューサー、報道局統括デスクなどを歴任。2019年より放送基準に基づく番組・CMの表現考査、SNS利用指針作成などに従事。2021年よりコンプライアンス総括責任者(総括役) として社全体の危機管理・考査判断を担当。2023年春に讀賣テレビを退社し、株式会社CompLaboを設立。

『子どもコンプライアンス』

『子どもコンプライアンス』
山本 一宗 著/160ページ
1500円+税/ワニブックス

── なぜコンプライアンスをテーマにした本を書かれたのですか。

私は今年3月、読売テレビを退職したのですが、最後の3年半は考査コンプライアンスの仕事に従事し、多くのCM取引先考査、表現考査を担当しました。考査とは、テレビ番組やCMが法律などをきちんと守ってつくられているか、映像やナレーションなどの表現が視聴者に不快感を与えるものになっていないか、などをチェックしたりアドバイスしたりする仕事です。

テレビ番組は放送法に規定された「放送基準(番組基準)」というルールを守って制作されています。また、法律だけでなく、社会通念上守るべき規範を遵守する「放送倫理」も大切にされています。そうした法律や倫理があるから、テレビはある程度、信頼性が担保されているのだと思います。

インターネットやSNSには膨大な情報があふれていますが、その中には信ぴょう性に乏しいフェイクニュースが混ざっていたり、迷惑動画や誹謗中傷もあります。軽い気持ちでやった行為がデジタルタトゥーとしてネット上に残ったりしたら、子どもの一生に影響を及ぼすことになりかねません。

考査の観点やチェックを欠いた情報があふれている中で、これからの時代を生きるためには、リテラシーを高めることが欠かせません。SNSの使い方を含めて、子どもたちに「情報を広く捉えて考える力」を育んでほしいという思いで、『子どもコンプライアンス』をまとめました。

また、大人にとっても情報リテラシーは大切ですから、ぜひ親子で一緒に読んでいただきたいと考えています。

他の情報と重ね合わせて
判断することが大切

── 『子どもコンプライアンス』の執筆にあたり、特に力を入れたのはどういった点ですか。

『子どもコンプライアンス』は全4章で構成されていますが、もっとも伝えたかったのは最後の第4章「正しいじょうほうを見分けよう」です。第4章では、子どもたちが情報に接するうえで大切なリテラシーの高め方を解説しました。

情報に触れたらすぐに信じるのではなく、立ち止まって考えることが大事です。一歩引いた目線で、その情報は本当なのか、別の見方はないのか、他の情報はないか、などを考えるようにしなければなりません。特に大切なのは、その情報の内容について、「事実」と「感想や予想」をきっちり分けて受け取ることです。

テレビや新聞は長年、その情報が事実かどうかを丁寧に確認する仕事を続けてきました。しかし昨今、ネット上では、テレビは「マスゴミ」などと批判されることも多くなっています。よくSNS上では「テレビは大事なニュースを伝えない」「意図的に情報操作をしている」などの意見が見られますが、事実関係が確認できない事象を報じることにテレビは慎重です。また、価値観や優先順位もみな同じではなく、番組によって提示している視点もさまざまです。

情報を正しく読み解き、自分の考えを整理したり、判断・取捨選択したりするためには、さまざまな角度から見た他の複数の情報と重ね合わせて考えることが欠かせません。SNSなどで見る情報だけに振り回されず、他の情報と重ね合わせて判断することがとても大切です。

情報の受け手・送り手として
倫理感を持つことが重要に

── 書籍の第1章は「人をきずつけない」、第2章は「ほうりつを知って命を守ろう」をテーマにするなど、リテラシーだけでなく、倫理や人権、法律を守ることの大切さも説いています。

自分が欲しい情報に容易にアクセスできる時代となり、情報を幅広く受け取るように意識しないと、自分が好きな情報ばかりに囲まれてしまいます。情報が偏り、自分にとって肯定的で心地よい意見しか耳を傾けず、異論・反論には過度に攻撃的・感情的になる場面を見ると危機感を覚えます。

先程、情報を重ね合わせることが大事とお伝えしましたが、「情報を広く捉えて考える力」がないと、どの情報を重ね合わせればいいのかも判断できません。

自分の考えこそ正しいと固執しすぎて、SNS上で匿名性に寄りかかって誰かを舌鋒鋭く否定したり、さらに誹謗中傷にまでエスカレートしてしまう人もいます。また、飲食店で悪ふざけをした動画をアップして、大問題に発展してしまうケースも起きている。そうした問題の根底にあるのは、人としての倫理観だと思います。

私が『子どもコンプライアンス』で一番書きたかったのは、第4章のリテラシーについてですが、リテラシーを語るために何から始めるべきかを突き詰めていくと、倫理や人権、法律などの大切さに行き着きました。

自分とは異なるものの見方や考え方に触れることは、自分の考えをアップデートする大きなきっかけになります。社会の規範や倫理は時代とともに変化し、何が「正しい」「良い」のかは、絶対的なものではありません。「正しい」「良い」とされているものを「本当かな?」と疑ってみることは大切であり、そのためにもたくさんの情報の中から正確で参考になるものを選ぶ力は必要です。

私が『子どもコンプライアンス』で書いたのは2023年時点の倫理観ですから、5年後、10年後には古くなることも出てくるでしょう。この本を読んで、私とは異なる意見を持っていただくのもいいですし、テレビの考査マンが考えた一つの道しるべですから、何らかの気づきのきっかけになればいいと考えています。

私は2023年春に読売テレビを退社し、株式会社CompLabo(コンプラボ)を立ち上げました。Comp Laboとは、コンプライアンスのラボラトリー(研究所)という意味です。

今後、番組制作の現場経験と、番組・CMの事例・考査判断という実務経験を活かして、企業の「フェアな企業活動・情報発信」、消費者の「情報やコンテンツを見極めるリテラシーの向上」に貢献する数々の取り組みを行っていきます。これからも社会に向けて、正しい情報を判断するために必要な視点を提供していきたいと考えています。