互いの努力で続くコミュニティ 本当の豊かさとは
「昔はコミュニティが自然とあった」── そう懐かしむ声をよく聞く。だが古川柳蔵教授(東京都市大学)の『90歳ヒアリング』はこの前提を覆す。戦前の共同体は、地域資源を活かし地域を良くするため、人々が築いていた。個人の暮らしを優先する現代に、100年前の知恵が問いかける
「昔は自然と、あった」
という誤解
落合朗風『京都郊外四季』 1926年(大正15)/
紙本着色 四幅対
四季ごとに異なる仕事と異なる「役」があった。村落共同体は、こうした役の集合として、努力をもって維持されていた。
提供:アフロ
「昔は地域につながりがあった」「自然と人が集まり、助け合っていた」── そう語られることが多い。社内、ファン、地域、いかなるコミュニティの活性化が議論されるときも、戦前の村落共同体が「自然なコミュニティ」の像として呼び出される。
だが、その前提は正しいのだろうか。
古川柳蔵教授(東京都市大学)が長年続けてきた「90歳ヒアリング」 ── 戦前を知る高齢者から直接聞き取る研究は、まったく逆の姿を浮かび上がらせる。戦前のコミュニティは、自然とできていたのではなかった。「役」が置かれ、適材適所で担われ、人々の意識的な努力で維持されていた。
(※全文:2164文字 画像:あり)
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