AIを使いこなす、その先へ 黎明期に大学が果たすべき役割

学生起業から、技術を社会へ

山田育矢氏

山田 育矢 氏

東京理科大学 教授(クロスアポイントメント)/株式会社Studio Ousia 共同創業者・チーフサイエンティスト 博士(学術)。中高時代から独学でプログラミングに打ち込み、大学在学中の2000年に起業。同社を売却したのち、2007年にStudio Ousiaを共同創業した。知識強化型言語モデル「LUKE」やオープンソースツール「Wikipedia2Vec」を開発し、世界中で利用されている。現在は産学のクロスアポイントメントのもと、AIエージェントの信頼性・知識獲得・ホワイトボックス化を主要テーマに据えている。

── 現在の研究について教えてください。また、大学と企業の両方に籍を置かれています。

東京理科大学で教員を務めながら、共同創業した株式会社Studio Ousiaで研究開発を続けています。企業と連動するクロスアポイントメント(一人の研究者が大学と企業など複数の機関に同時に所属する制度)の枠組みで、今年から大学に本格的に関わっています。専門は自然言語処理(NLP)で、言葉を扱うAIの研究と、それを実社会で使える形にする開発の両方に取り組んでいます。

── 現在の研究領域に興味を持たれた原点について教えてください。

中学生の頃が原点です。家にコンピュータと縁はありませんでしたが、とにかく好きで独学で打ち込み、Webサイトの国際コンペティションで賞をいただきました。進学した慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)では、コンピュータ部でオセロのAIなどを作っていました。当時はまだ「AI」とは呼ばれていませんでしたが、知的なシステムを作ることに惹かれていました。

── その関心が、学生起業につながったのですね。

そうです。ただ、研究で良いものができても、それを世の中で使い続けてもらうのは難しい。Googleの検索やMicrosoft Officeのように、多くの人が毎日使う技術は、結局どれも企業が作り、提供し続けているものですよね。技術を社会に届けて支え続けるには、自分で会社をやってみるのがいい。そう考えて、大学に入ってすぐ起業しました。その後、IPA(情報処理推進機構)が若手開発者を支援する事業「未踏」にも採択され、開発に打ち込めたのは幸運でした。

── コンペティションに出てこられました。研究者となったいまも、その意義を感じておられるそうですね。

コンペティションは、動くシステムを作り、同じ条件で評価して競い合います。だから何が本当に優れているかがはっきり分かる。良いシステムを公開すれば、社会のなかで再利用されていく。理論にとどまらず、技術を社会に出して鍛える。その姿勢は、いまの研究にも一貫しています。

研究と事業、二つのエンジン

── 最初に起業された会社は売却され、現在は別の会社を共同経営という形で経営されています。

自分はやはり、研究が好きなのだと気づきました。会社を経営していると目先の売上から考えざるをえず、腰を据えた研究には向きません。そこで2007年、事業を任せられるパートナーとStudio Ousiaを共同創業し、私は研究と技術開発に専念しています。人間の知的な営みは結局、言葉で行われている。そう考え、自然言語処理と、コンピュータが問いに答える「質問応答」の研究を選びました。

── 企業に身を置きながら、研究も続ける。両立で意識していることはありますか。

企業の現場はニーズが見えやすく、研究にとって有益です。ただ、企業の目的意識だけで研究をすると、つまらないものになりがちです。研究と事業はエンジンを二つ持たないといけない。企業の課題に研究で応えるだけでは、新しいものは生まれません。この二つから生まれたのが知識強化型言語モデルのLUKEです。現場で繰り返し突き当たった「知識をどう扱うか」という課題を、当時のGoogleの言語モデル「BERT」を踏まえて改良したところ、世界中で使われるようになりました。

AI活用はまだ「黎明期」、三つの宿題

── 生成AIの現在地を、どう見ていますか。

まだ黎明期だと思っています。ChatGPTが登場した当初は、対話しながら情報を得たり、一緒に考えたりするところに重きがありました。今は、人間に代わって実世界の仕事をやり遂げる方向へ重心が移りつつあります。相談に答えるだけでなく、複雑な作業を自分で調べ、考え、実行する。こうしたAIエージェント(目的に向かって自律的に作業し問題を解決するAI)の重要性が、急速に増しています。

── 実用に向けて、乗り越えるべき課題はどのようなことでしょうか。

大きく三つあります。一つ目は信頼性。根拠のない情報をもっともらしく答えてしまうハルシネーション(事実に基づかない誤情報を生成する現象)をどう抑えるか。二つ目は専門知識です。外部情報を参照して答えさせるRAG(検索した文書を手がかりに回答を生成する手法)は広く使われますが、新しい知識をAIに覚え込ませること自体が、いまも難しい。三つ目は透明性です。中身が公開されず、内部の仕組みや判断の過程が見えないケースも存在します。教育や行政がそうしたAIを丸ごと使うことには、技術的な自立の面でも慎重さが必要です。人間が理解し手を入れられる「ホワイトボックス」へ近づける必要があります。

問われる大学の役割と人材像

── こうした変化のなかで、大学はどのような役割を担い、どんな人材を育てるべきだとお考えですか。

AIを使いこなすこと自体は、もう当然の前提です。本当に問われるのはその先の、何を成し遂げたいかという構想力と、問題をどう解くかという思考力です。加えて、技術の内側を理解した人材も欠かせません。実務に組み込むには、知識をどう持たせ結果をどう評価するかまで設計する必要があるからです。その感覚を私は「理論の気持ちがわかる」と表現しています。大学には、社会実装のハブとしての機能も期待します。学生や企業が課題を実際に解き、その過程で問題へのアプローチを学ぶ。それ自体が教育です。基礎研究も大切ですが、社会実装の結節点としての大学の役割は、以前よりずっと重みを増しています。

── 最後に、AIによってどのような社会をつくっていきたいですか。

人間が創造的な仕事に集中できること、科学の進歩が速まること、教育・行政・企業活動の質が高まること。特に力を入れたいのが、AIで科学研究そのものを加速させる「AI for Science」です。AIが進歩すれば科学の進歩も加速する。そう考えると本当にわくわくします。東京理科大学では、研究と社会実装の両方をやり切れる実力ある人材を育てたいと思っています。

構想する大学生

伊勢瑛さん伊勢瑛さん
東京理科大学 創域理工学部
情報計算学科 4年

AIの時代に、学ぶということ

山田育矢氏の研究室で学ぶ伊勢瑛さんは、画像に強いRAG(外部情報を参照しながら答えさせる仕組み)を研究する。テキスト中心の検索を、図や画像にも広げて精度を高めるのがテーマだ。原点は中学時代、卒業研究でIBMのAI「Watson」を使い、顔写真から整形の有無を判別するモデルをつくった。トリミングして学習させると、思いのほか高い精度が出たという。画像への関心は、ここから芽生えた。

もともとは離散数学やアルゴリズムを扱う研究室にいたが、山田氏がクロスアポイントメントで同大に加わると聞いて面談し、研究室を移った。「山田先生と話していると、聞きたいことがどんどん出てきます。それで思い切って研究室を移りました。」

山田氏の研究室に入り、見方も変わった。「精緻な理論を立てるのが研究だと思っていました。でも実際は『筋のいい仮説』や『直感』が大事でした。優れた研究者が持つその感覚を、学び取りたいです。」

AIに問えば答えが返る時代でも、人には違う発想がある。トップ研究者と議論する日々はすごく充実しているという。インターン先では、自分のコードが社会で使われる手応えも得た。「難しい課題こそ、取り組めば必ずプラスになる。そういう領域にこそ、挑みたいです。」

将来はソフトウェアエンジニアを志す。研究を軸に技術を社会へ届けてきた師のもとで、次の世代が育ちはじめている。