イノベーションを生み続ける組織は何が違うのか

イノベーションの創出は、天才のひらめきでも、偶然の産物でもない。鍵を握るのは、才能ではなく環境と学びの設計だ。イノベーション研究の第一人者・清水洋教授に、その条件を聞いた。知の流動性が高まるいま、組織はどう挑戦を促し、人はどう学び直すべきか。そして教授が次代に託す期待と、その担い手となる学生の構想に迫る。

才能ではなく、環境が生む


清水 洋 氏

早稲田大学 商学学術院 教授
Ph.D.(経済史)。一橋大学大学院とノースウエスタン大学大学院の修士課程を経て、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで博士号を取得。一橋大学イノベーション研究センターなどを経て2019年から現職。半導体レーザーの日米比較を通じた研究で2021年に国際シュンペーター学会のシュンペーター賞を受け、日本人としては青木昌彦氏以来2人目となった。2026年に文部科学大臣表彰科学技術分野研究部門。歴史的な分析から、イノベーションが生まれる仕組みを解き明かし続けている。

イノベーションとは何か。単なる思いつきや目新しさではない。清水氏はそれを「新しいモノやコトが、経済的な価値を生み出すこと」と定義する。では、それは一部の天才が起こすものなのか。イノベーション研究の第一人者・清水氏が示すのは、違う姿だ。「基本的には『制度』の問題です」。イノベーションの起こりやすさは、国や地域、時代によって大きく偏る。才能だけが要因なら、これほど偏るはずがない。才能よりも、取り巻く環境や仕組みが、その量を左右するのだという。これは経営にも教育にも希望だ。一部の才能ある人の特権でないのなら、環境と学びの設計しだいで、担い手は広げられる。

流動性と、挑戦を促す設計

では、どのような環境がそれを生むのか。清水氏がまず挙げるのは「知のスピルオーバー」だ。ある場所で生まれた知識が、人や組織の境界を越えて別の領域へ染み出し、思いがけず結びつく。その連鎖が、源泉になる。知識がどれだけ動けるか——「流動性」こそが、起こりやすさを左右する。

その点、現代は追い風だ。「以前は、知識が組織の中に閉じられがちでした。それが、転職やスタートアップの広がりを通じて、外へ流れ出すようになってきたのです」。人が動けば、知識も動く。日本もかつてに比べ、生まれやすい環境へと変わりつつある。

では、一つの組織の中ではどうか。清水氏が鍵に挙げるのは、インセンティブと目標設定だ。まず、インセンティブについて。挑戦して成功すれば大きく報われる。その設計がなければ、新しい挑戦は「割に合わないコスト」になる。挑戦が損にならない仕組みこそ、土台だ。

その上で効くのが、目標設定。野心的であるほどよいという。「今までとまったく違うやり方をしなければ到達できない目標が設定されると、人は自然と新しいことを考えます」。少し頑張れば届く目標からは「もう少し頑張れ」しか生まれないが、届かない高さの目標は、人を新しい発想へと向かわせる。イノベーションが生まれるかどうかは、才能任せの偶然ではなく、環境を設計する側の意思にかかっている。

変化に備える、学び直し

イノベーションにはもう一つの側面がある。新しい価値を生む裏側で、既存のスキルや仕事が価値を失っていく。「創造的破壊」だ。誰もが、破壊される側になりうる。

その備えが、リカレント教育やリスキリングだ。ただ、企業だけに任せると射程は自社の本業を出にくく、国や個人が担う、より大きな学び直しが要る。「リスキリングについては、すごく言いたいことがありまして」と、清水氏が身を乗り出したのは、破壊の波にさらされやすいミドル・シニア世代への話だ。「新たな資格試験への挑戦といった、まったく新しいことを始める必要はありません」。これまでの経験知が生きないからだ。本質は逆にある。培ってきた経験やタスクという資源を土台に、抽象化し、より高度に組み替える。「自分のタスクを抽象化し、AIなども使って2倍、3倍に高度化する。それ自体がイノベーションになります」。長年の経験は、捨てるものではなく、磨き直すべき資産なのだ。

問いを持ち、構想する

「よく『イノベーションを起こそう』という話になりがちですが、そういう話ではない気がします」と清水氏は言う。いまや、誰もが目指すべきもののように語られる。だが、抽象度が高すぎる。大切なのは、自分が本当に何をしたいのかを突き詰めることだ。「もっと『あなたが解決したい課題は何か』というところまで、具体的にならなければいけないのです」。

その問いに、自分の言葉で答えられるか。清水氏が学生に望むのが「大局観」だ。「世の中はどうなっていくのか、自分はどういう世の中にしたいのか」。その見通しがあれば、必要なスキルや経験は自ずと見えてくる。逆に大局観がなければ、就職先や初任給といった目先の問いに振り回され、行き当たりばったりになりかねない。

では、どう養うのか。清水氏が挙げるのは「風雪に耐えてきた本」。長く読み継がれてきた本を読み、友人らと語り合うことだ。「一人で読むとつらく、わからないところもある本を、『これはこういうことではないか』と議論する。その対話こそが、長く残る形でものを考える力へ導いてくれます」。培った視座が、次の一歩を照らす。「大局観を持って、大きな構想をしていくことが大事だと思います」。イノベーションの担い手は、こうして育っていく。

構想する大学生

志立藍さん

志立 藍 さん

早稲田大学 商学部 4年

誰もが力を発揮できる社会へ

「一人ひとりが価値を発揮し、それを求める場と出会える。そんな社会をつくりたい」。志立藍さんが描く構想だ。研究テーマは「自律分散型組織におけるインセンティブ設計」。メンバーが主体的に業務を選び、組織がおのずと動く。その理想を、どんな設計で機能させるかを研究する。関心の出発点は、大学1年生から続けるインカレ団体だ。運営を完全に自律分散型にしたこの団体で、採用や組織づくりに関わるうち、各自が自由に動く組織に一律の評価軸を置く難しさに直面する。インセンティブを設けても、喜ぶ人とそうでない人がいる。「実地で悩んできたことを、学術的に捉え直したいと思いました」。

もう一つの原点が、教育分野での活動だ。フリーランスとして、人が生き生きする瞬間をつくりたいと、一人ひとりに向き合ってきた。だが、個人へのアプローチには限界がある。むしろ設計や仕組みから変えるほうが、効果は大きい。その実感が、イノベーションを「人ではなく制度」から捉える清水氏の視点と重なり、清水氏のゼミを志望した。活動は、いまも3つのフィールドで続く。通信制高校の「起業部」では約1500人の高校生へのプログラムを設計し、通信制大学のコミュニティを立ち上げ、山口県萩市では市役所と探究学習づくりに携わる。理論とフィールドを往復するなかで、現場の実感が一つずつ像を結んでいく。

この活動の根には、原体験がある。既存の教育システムと「やりたいこと」がかみ合わず、不登校を経験し、自己効力感を失った時期があった。だが、主体的に学べる場に移ると、自分でも驚くほど生き生きとしていた。「『それ、すごくいいね』と言ってくれる人に出会える人もいれば、出会えないままの人もいます」。人が輝けるかは、環境との出会いに左右されすぎている。冒頭の理想は、その痛感から生まれた。だからこそ、志立さんは仕組みそのものを構想する。「AIで最適なマッチングや場の設計が進めば、誰もが『やりたいこと』に向かって価値を発揮できると思います」。その、誰もが力を発揮できる社会を、どの立場から実現するのか。答えは、まだ見定めている途中だ。それでも、目指す先は揺るがない。「フィールドも役割もまだ模索中ですが、最終的には、その社会の実現を目指したい」。描いた構想へ、着実に歩みを進めている。