AI時代に、いま教育で育てるアントレプレナーシップ

このAI時代に、教育は何を残すのか。千葉大学教育学部の授業実践開発研究室は、2001年の設置以来、教科の枠を定めずに授業そのものをつくり続けてきた。小学生が実在企業の仕事を請け負う起業塾を実施し、学生を現場に立たせる藤川大祐教授に、AIに代えられない力の育て方を聞いた。

「実行まで」を貫く研究者

藤川 大祐 氏

千葉大学 教育学部長・大学院教育学研究院長/教授(教育方法学・授業実践開発)専門は教育方法学で、新しい授業・教材を開発する「授業実践開発」が主なテーマ。ディベート教育、メディアリテラシー教育、起業家教育等について、メディアを活用したりゲームの手法を応用したりして開発を行ってきた。青少年のインターネット利用やいじめ防止対策等についても実践的な取り組みに関わっている。

千葉大学教育学部長で大学院教育学研究院長を務める藤川大祐教授には、15年にわたって掲げ続けてきた原則がある。「アイデアで終わりにしない」。

藤川氏は「授業実践開発研究室」を率いる。教科の枠にとらわれず、授業そのものを新しくつくることを研究の中心に据えた研究室だ。原点は学生時代にある。学外で、知的障害のある方とイベントや学びの場をつくるボランティア活動に打ち込んだ。大学院では数学のオリジナル教材を数多く開発し、ディベート教育にも出会う。大学の教員になってからは、メディアリテラシー教育や、企業やアーティストと連携した授業づくりにも関わった。教室の外にも学びの場はつくれること、違いがあるからこそ生まれる価値があること。一つひとつの経験が、いまの実践の土台にある。「教科領域を超えて新しい授業実践をつくることは、自分に向いているのではないかと思っていました」

千葉大学の大学院に、カリキュラム開発専攻を新設する構想があった。教科の枠を決めずに授業づくりを学び、現職の教員も通えるコースである。2001年に着任し、研究室の名は、そのミッションをそのまま掲げている。着任後、学生から企業と連携した授業をつくりたいという声が上がった。それを機に2003年、NPO法人企業教育研究会を設立する。現在も理事長を務めるこの法人を通じて、読売新聞社との小学生向け取材・作文プログラムや、日本ハムの出前授業などを形にしてきた。数を重ねるうちに、外せない条件が見えてきた。

「子どもたちに提供するものですから、基本的に楽しくなければいけないと思います。多様な考えが出てきて、それでも授業として成り立つ。そういう設計を意識してきました」

時代に合う教育のかたちを

藤川氏が国の議論に加わり始めたのは2000年代半ばである。子どものインターネット利用が問題になった時期で、警察庁や文部科学省の会議に委員として招かれた。2016年からの8年間は、千葉市の教育委員も務めた。附属中学校では、校長に就く前から大学院生と毎週のように授業をしてきた。国の政策、教育行政、学校現場のいずれにも関わってきた。

「常に学校現場や教育委員会とのギャップを抱えながらやってきました」。それでも現場の文化は尊重する。出前授業には、先生方の負担を増やさずに新しい授業を届ける狙いもあった。教育新聞では2014年から月1回のオピニオンを執筆し、10年以上にわたって提言を続けている。

たとえば教員不足である。注目される以前から書いてきたテーマだ。非正規雇用の教員が増えて予備軍が薄くなり、休む教員が出ると授業が成り立たなくなる。「人気のある職業だという前提に立った制度設計でした。もう一歩、実態に沿った見直しがあってよいと考えています」

いじめ対応も研究の柱で、昨年発足した子どもいじめ防止学会では理事を務める。藤川氏はこうも語る。「過去にやったことに足し算はしても、引き算をする発想が育ちにくい。教育政策は本来難しいものですから、見直せる仕組みが必要だと思います」

では、時代に合う教育をどうつくるのか。藤川氏が挙げるのが「アントレプレナーシップ」である。

小学生が会社を経営する、「西千葉子ども起業塾」

アントレプレナーシップは、幼稚園や小学校など、集団の中で育まれていく。「何かをしてみたいと思ったときに、ひとりの力でできることを超えて集団の力で実現していく。実践してうまくいかなければやり直す。それが当たり前になることが、まずは第一歩です」。そのうえで、こう続ける。「学校の中だけでなく、社会に対して価値を提供できるような活動にチャレンジしていく。そういう発想ができるといいと思います」

藤川氏は、子どもを頼れる担い手として見ている。「小学生が1クラス30人いて、一生懸命に地域で何かをやれば、絶対に大きな力になるはずです」

その考えを形にしたのが、2010年に千葉市と千葉大学の連携で始まった「西千葉子ども起業塾」である。アイデアコンテストで終わらせない。2026年度はJFEスチールから実際の依頼を受け、子どもたちの会社が工場見学会のお土産品を企画している。子どもたちは数人でチームを組み、会社をつくるところから始める。企画が固まれば、学生やプロのデザイナーが伴走し、業者への発注まで行う。

塾内通貨は1単位=1円。出資と融資で資金を回し、報酬を得て黒字化を目指す。人件費やデザイン料、加工費は実際の相場に準じて計算し、収支が合うかどうかを自分たちで確かめていく。「アイデアだけであれば、AIの時代なのでいくらでも出すことができます。しかし、実際にやってみると、交渉が大変だった、相手が思うほど喜んでくれなかった、と多くの壁にぶつかります。それを越えた経験が力になります」

大学生に対しても同様に期待している。強みを大事にすること、そして実行まで貫くことだ。授業づくりを名前に掲げた研究室は珍しい。「ここに所属していること自体を強みにしてほしいと思っています」。学生は、学校には新しい授業を届ける立場で、企業とは教育の専門性を持つ者として関わる。「アイデアで終わらせず、実際に教室で授業をして、子どもたちにちゃんと学んでもらうところまでやる。それを大事にしています」

AI時代に問われる実行力

AIの普及を、藤川氏はインターネットに次ぐ大きな変化と捉えている。調べて考えるだけであれば、AIを使えば数分で形になる。問われるのはその先である。

「やろうと思ったことを本当にやってみる。準備はAIで効率よく済ませ、価値を創造してみる。うまくいかなければ新しい方法を考える。その実行力です」

「支配される」という言葉も使う。AIに読ませるデータをつくる仕事や、指示された作業をこなす仕事ばかりが人間に残る未来のことだ。藤川氏が描くのは、その反対にある未来だ。マスメディアは受信を、インターネットは発信を民主化した。次はAIが、考えることと社会に参加することを民主化する。

「AIをうまく使いながら、今までなかったことを実際にやってみる。そこまでいける人をどう育てるか。教育の力でどこまで踏ん張れるかが、我々に問われています」

構想する大学生

仲山 和花 さん

千葉大学 教育学部 藤川研究室

一人ひとりのよさに、光を当てる

藤川研究室でリーダーを務める仲山さんが取り組むのは、一人ひとりが持っている強みやよさに、本人も周りも気づけるようにする教育実践の研究だ。このテーマの原点は、小学校から高校までの人間関係にある。「クラスに馴染めていない子や、自分が苦手だと思っていた子でも、実際に関わってみると、自分が気づけなかったよさや強みがあると気づきました」。一人ひとりが自分の強みに気づき、周りもその価値を認める。そうなれば、誰もが自分の価値を見失わずにいられ、いじめや不登校といった問題の解消にもつながるはずだ。

その思いを教育の現場で形にするため、小学校の教員を志す。「まずは小学校の先生になって、人格形成が途中段階にある小学生に対してそういった教育をして、社会に貢献したいと考えています」。実践の方法を磨く場となっているのが、研究室のゼミだ。ゼミでは担当者が自らの方法や思いを発表し、他の学生や元小学校教員のアドバイザー、藤川教授から助言を受ける。方法を練り直したうえで、実践に出る。研究室が大切にする「実行まで」という流儀は、学生の研究にも息づいている。仲山さんもすでに、子どもに自然体験を提供するキャンプでリーダーを務めた際、8人ほどの班を受け持ち、寝食をともにしながら一人ひとりのよさを見つけ、周りの子に共有してきた。「一人ひとりがのびのびと、萎縮することなく、自分のやりたいことを自由にやっている様子が見受けられました」。主観にはなるが、と断ったうえで、班に居心地のよい雰囲気が生まれたと振り返る。よさの見つけ方や共有の仕方は一つではない。今後は、特別活動や総合的な学習の時間を借りた小学校での実践を通して、その方法を探っていくつもりだ。

視野は海外にも向く。日本はフランスやイギリス、アメリカと比べ、自己肯定感の指標が低いとされるからだ。留学先に考えているのは、国民の幸福度が高いとされるフィジーだ。「海外の人の自信や自己肯定感の高さはどこから来るのか、それを日本の教育に活かせる部分はあるのかを知りたいと思っています」。仲山さんが自己肯定感にこだわる背景には、今の子どもたちへの想いがある。SNSで周りと自分を比べ、自信を失ってしまう子どもたちもいる。だからこそ、と仲山さんは言う。「『もっと前向きで楽しい人生、豊かな人生があるんだよ』ということを伝えて、もっと明るくて楽しい未来を築いていけるような子どもたちを育てていきたいと思っています」。一人ひとりのよさに光を当て、子どもたちが自分の価値を信じられる教室へ。その実践の先に、仲山さんは、誰もが自分らしく生きられる未来を描いている。