地域特集総論 設計された城、設計された学び
才能は見出されるものか、築かれるものか。姫路の地は、二つの「設計」でこれに応える。羽柴秀吉が築いた、人を阻むための城。河合寸翁が開いた、人を育てる学びの場・仁寿山校。戦と学問の対比から、人材育成の本質を問う。
播磨・姫路に交差する、二つの人材育成の思想
河合道臣
(かわい・みちおみ、1767~1841)
江戸後期の姫路藩家老で、晩年の号「寸翁」でも知られる。酒井家四代に仕え、姫路木綿や皮革などの産業振興を通じて藩財政の再建に取り組んだ。さらに、私塾・仁寿山校を設け、人づくりにも力を注いだ。
資料提供:姫路市立城郭研究室
人を育てるとは、何を育てることなのか。才能は見出されるものか、それとも築かれるものか。
この問いに、播磨の地は二つの答えを残している。一つは、人を阻むために構成のすべてを練り上げた城。もう一つは、人を伸ばすために構想された学びの場。前者を遺したのは天下人・羽柴秀吉であり、後者を遺したのは姫路藩の名家老・河合寸翁である。城と学校、戦と学問、──まるで異なる二つの営みは、しかし「確たる意志のもとに、人と知を結集して場を組み立てる」という一点で、深く通じ合っている。
(※全文:2150文字 画像:あり)
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