特集2 小学校から大学まで全国で進む アントレプレナーシップ教育の新展開
政府が2022年末に策定した「スタートアップ育成5か年計画」を機に、小学校から大学まで、教育機関でのアントレプレナーシップ教育(以下「アントレ教育」)推進の機運が高まっている。各教育現場でどのような実践が行われているのか。その現状を追った。(編集部)
様々な困難や変化に対して
自ら行動を起こしていく精神
政府は今後5年間でスタートアップへの投資額を現在の1兆円から10兆円まで拡大することを視野に、2022年末に「スタートアップ育成5か年計画」を策定した。同計画では、「小中高生を対象にして、起業家を講師に招いての起業家教育の支援プログラムの新設」などを盛り込んでおり、近年、教育現場においてアントレ教育推進の機運が高まっている。
今年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2024」(骨太の方針2024)においても「アントレプレナーシップ教育の充実」が盛り込まれている。アントレプレナーシップは「起業家精神」と訳されることが多い。一方、文部科学省のアントレプレナーシップ公式サイトによると、アントレプレナーシップとは、「様々な困難や変化に対し、与えられた環境のみならず自ら枠を超えて行動を起こし、新たな価値を生み出していく精神」としている。
また、同サイトにおいて、アントレ教育とは、「自ら社会課題を見つけ、課題解決に向かってチャレンジしたり、他者との協働により解決策を探求したりすることができる知識・能力・態度を身に付ける教育であり、起業家を育成するためだけのビジネス教育とは異なります」としている。
実際に単なる起業家を育成するためだけではないアントレ教育を実施している教育現場も少なくない。
2015年、商業科に学校設定科目「アントレプレナーチャレンジ」を設置した大阪府立淀商業高等学校。アントレプレナーチャレンジの授業は、2年生が週2コマ、3年生は週3コマ。12月の大規模販売実習「淀翔モール」に向けたカリキュラムが組まれている(➡こちらの記事)。
アントレプレナーチャレンジの狙いは、生徒に「全力で、失敗を経験させる」ことである。立ち上げ当時を知る教員のひとりである秋月麻衣氏は「子どもたちが、偏差値のバイアスを断ち切ることができるのがアントレプレナーシップ教育の良さだと思います。勉強ができる、できないといった尺度ではなく、夢を持っていいんだ、やる気と強い思いがあれば、なんでもできる人間なのだと子どもたちが思える絶好の授業がアントレプレナーチャレンジだと確信しています」と話す。
高等教育機関での
アントレ教育の実践
大学等へのアントレ教育の推進において、文科省は全国の大学生・大学院生・高等専門学校生に対して「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」を展開。ビジネスでの起業をテーマに、特に起業初期において必要なスキルと行動法について、実践を通しながら、アントレプレナーシップを身に付けるプログラムだ。グループワークを中心に、事業化アイデアをチームで検討・決定し、それを売り込むまでの計画とその間の具体的行動について学習していく。2024年度は2025年2月1日、2日の2日間で開催する予定で受講料は無料。募集人数は200名の予定となっている(なお、高校生も若干名、参加可能)。
このほか、地域の大学等を中心に、様々な取り組みも進んでいる。
例えば、2015年度に東海地区の国立5大学(名古屋大学・豊橋技術科学大学・名古屋工業大学・岐阜大学・三重大学)で始めた、起業家育成プロジェクト「Tongali」は、学部生・大学院生・教職員を対象に、次世代の起業家を育成・支援する多面的なプログラムを提供している。
「Tongali」に参画する豊橋技術科学大学スタートアップ推進室室長・特定准教授の土谷徹氏は、アントレ教育を「産業界と教育界の人材育成のミスマッチを埋め、新しい価値を創出するための教育」だと位置づけている(➡こちらの記事)。
土谷氏は、「人材育成のミスマッチを埋める」視点を重視した上で、アントレ教育では「新しい事業を創出するための社会人基礎力や、新しい価値を創出するための思考力を養う」ことが重要だと指摘する。そして、これからの時代に必要な社会人基礎力を、①自己理解力(自己啓発・自己改革・将来目標)、②考え抜く力(本質思考力・課題発見力・未来創造力)、③前に踏み出す力(主体性・共感力・実行力)、④チームで働く力(発信力・相互理解・柔軟性・ストレスコントロール)の4つにまとめている。
小中高等学校での
アントレ教育の実践
小中高等学校でのアントレ教育に関しては、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が文科省と連携し、文科大臣が任命した「アントレプレナーシップ推進大使」の全国の小中高等学校等への派遣を開始。先着100校(予定)で費用は無償。申込期間は2025年2月28日まで(予定)となっており、推進大使には、ユーグレナ代表取締役社長の出雲充氏やREADY FOR代表取締役CEOの米良はるか氏などが名を連ねている。
また、民間企業等による学校現場へのアントレ教育の普及も進んでいる。2000年から、学校現場などで普及に取り組み実績をあげてきたセルフウイング。同社は独自の教育手法「SelfWing Method」を確立し、小学生から大学生向けのアントレ教育プログラム「V-Kids&V-Project」を展開。その手法や教材、サービスは学校の総合・探求教育、地域の後継者育成施策など様々な目的に活用されている(➡こちらの記事)。
同社の「SelfWing Method」には様々な種類があるが、例えば中高の場合、主に「総合的な学習・探究の時間」において、会社設立、商品企画から事業計画作成、製造、販売、決算などビジネスの各段階を一通り体験し、実践的な知識や発想力、プレゼン能力、チームワークなどを学んでいくのが基本的な流れだ。
同社代表取締役で日本初の早期アントレプレナーシップ教育博士号を取得した平井氏由紀子氏はそこで重視するのは「失敗から学ぶ」ことだと指摘する。
また、2020年7月からスタートした自治体・教育機関等への出張授業型アントレプレナーシップ教育プログラム「起業ゼミ」を提供するガイアック。「起業ゼミ」は、累計受講者が10,000人を突破。前年度の累計受講者から約2倍増と急速な伸長を続けている(➡こちらの記事)。「起業ゼミ」は、起業をテーマにしたワークショップ形式の探究プログラムだ。主に中高生を対象としているが、教育機関・自治体の要望に応じて、小学校高学年から大学まで柔軟にプログラムのカスタマイズが可能で、「起業部」といった部活動や選択科目の指導にも対応している。
本特集では、アントレプレナーシップ教育をテーマに、有識者や企業、教育関係者などの取材を通じて、その実際を追った。変化の激しい予測不可能な時代のなかで生きる力を育むことが一層求められる中、アントレプレナーシップ教育実践の一助となれば幸いだ。

急激な社会環境の変化が起きている中で、新たな価値を生み出していく行動力やマインドを育むために、教育現場でのアントレプレナーシップ教育が求められている。画像はイメージ。
photo by milatas/ Adobe Stock
参考資料:
文部科学省アントレプレナーシップオフィシャルサイト https://entrepreneurship-education.mext.go.jp/