特集紹介 包括的性教育を通じてウェルビーイングの実現へ

日本の公教育では、性の健康に関する知識やリテラシーを育む機会は十分ではなく、性教育の在り方が問われている。そんな中、人間関係や多様性、ジェンダーや人権なども含めた「包括的性教育」に注目が集まっている。本特集では、その意義や、実際の取組などを追った。(編集部)

文科省が推進する
生命の安全教育とは?

SNSを通した10代の性被害が深刻な課題となっている中、2023年6月、「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」が成立し、7月13日から施行された。同改正により、「相手が13歳未満の子どもである場合」又は「相手が13歳以上16歳未満の子どもで、行為者が5歳以上年長である場合」にも、不同意性交等罪や不同意わいせつ罪が成立することとなった。これにより、これまで13歳という性的同意年齢(性行為の合意能力があるとされる最低年齢)の低さが長年課題とされてきたが、16歳に引き上げられた。

政府は、2020年6月「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を策定し(更に23年3月「性犯罪・性暴力対策の更なる強化の方針」を決定)、文部科学省では、同方針を踏まえ、子どもたちが性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないよう、全国の学校等において「生命(いのち)の安全教育」を推進している。さらに、23年度からは、全国展開を掲げている。

文科省ウェブサイトによると、「生命の安全教育」とは、「生命の尊さを学び、性暴力の根底にある誤った認識や行動、また、性暴力が及ぼす影響などを正しく理解した上で、生命を大切にする考えや、自分や相手、一人一人を尊重する態度等を発達段階に応じて身に付けることを目指すもの」としている。

また、文科省と内閣府が連携し、生命の安全教育のための教材及び指導の手引きを作成。スライド教材・動画教材・手引き・授業展開例は、幼児期、小学校(低・中学年/特別支援学級)、小学校(高学年)、中学校、高校(大学、一般)と段階ごとに作成されている。

例えば、小学校向け(低・中学年/特別支援学級)の動画教材では、「じぶんだけのたいせつなところ」等、小学校向け(高学年)では、「SNSを使うときに気をつけること」等、高校向け(大学、一般)では、「よりよい人間関係ってなんだろう?」、「もし性的な暴力の被害にあったら」等のテーマを学ぶ。

日本で進まない性教育と
包括的性教育の必要性

生命の安全教育では、プライベートゾーンや人との関わり方、性暴力被害を未然に防ぐため、SNSの危険性を理解する学びなどがある。

一方で、妊娠に至る過程(性交)をはじめ、人工妊娠中絶・避妊といった具体的な性の知識を取り扱ってはいない。厚生労働省の「衛生行政報告例の概要」(令和3年度)によると、日本では現在、年間約13万件の中絶が行われ、うち10代の中絶件数は年間約9,000 件に及んでいる。

インターネットの発達により大人向けのポルノ情報が溢れる一方、公教育において、性の健康に関する正確な知識やリテラシーを育む機会は十分ではなく、正しい性教育の在り方が問われている。公教育で性教育が進まない背景には、例えば、日本の中学校学習指導要領は「妊娠の経過(性交)は取り扱わない」とする、いわゆる「はどめ規定」の存在や、2000年代初頭に起きた性教育バッシング(2003年の七生養護学校事件〔現・七生特別支援学校〕など)が教育現場での委縮を招いたという指摘もある。

こうした中、昨年8月、日本財団は、予期せぬ若年妊娠などを減らし、子どもや若者が「性」に関する学習を通して、生殖や性的行動の知識を学ぶだけでなく、人権の尊重や多様性への肯定的な価値観を育むことのできる「包括的性教育の推進に関する提言書」を発表した(➡ こちらの記事)。

同提言は、日本財団の「性と妊娠にまつわる有識者会議」が約1年間にわたる議論を通じて、義務教育段階に包括的性教育が必要であることを痛感し、10の提言にまとめたもの。提言では包括的性教育の義務教育段階での必修化を中核に掲げている。包括的性教育は、人権の尊重をベースに、人間関係や性の多様性、ジェンダー平等、暴力と安全確保など幅広いテーマを学ぶ。

包括的性教育の国際的な指針であるユネスコ(国連教育科学文化機関)の「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」によると、8つのキーコンセプト「①人間関係、②価値観、人権、文化、セクシュアリティ、③ジェンダーの理解、④暴力と安全確保、⑤健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル、⑥人間のからだと発達、⑦セクシュアリティと性的行動、⑧性と生殖に関する健康」に分かれ、4つの年齢段階(5~8歳、9~12歳、12~15歳、15~18歳以上)ごとに学習目標を設定して行われる。

また、「科学的に正確であること」、「人権的アプローチに基づいていること」、「ジェンダー平等を基盤にしていること」など10の特徴がある(➡ こちらの記事)。

産婦人科医やNPO法人、教員による
包括的性教育の実践

日本で包括的性教育はあまり進んでいないが、産婦人科医といった専門家、NPO法人や一部教員らによる実践が全国各地で行われている。例えば、年間100回以上もの性教育の講演を行っている、「サッコ先生」こと埼玉医科大学産婦人科医の高橋幸子氏。高橋氏の講演では、例えば、中学3年生に向けては、性の多様性、性的同意、デートDV、セルフプレジャー(マスターベーション)、アダルト動画やSNSを介したトラブルなどの基本をひと通り伝えた上で、妊娠の仕組みや避妊の方法、性感染症の話につなげているという(➡ こちらの記事)。

また、NPO法人ピルコンは、“人生をデザインするために性を学ぼう”をコンセプトに包括的性教育の普及を目指し、中学・高校生~大学生を対象に、性の健康・リレーションシップ教育プログラム「LinkLife of Youth」(通称LILY〔リリー〕)を提供している。このほか、「ライフデザインONLINE」というサイトで、オンライン教材も提供したり、「包括的性教育教材」として『はじめてまなぶ こころ・からだ・性のだいじ ここからかるた』を開発している(➡ こちらの記事)。

また、2017年から「生と性の授業」に取り組む、桐朋小学校教諭の星野俊樹氏は、「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」の年齢別ステージに沿った内容を意識しながら子どもと接しているという(➡ こちらの記事)。例えば、国語の時間にプライベートゾーンに関する絵本『いいタッチわるいタッチ』の読み聞かせをする。また、性の多様性を描いた『りつとにじのたね』やジェンダー平等をテーマにした『女の子だから、男の子だからをなくす本』などの絵本を使ったディスカッションもおすすめだと話す。

本特集では、包括的性教育をテーマとした。教育現場の普及から子ども達のウェルビーイング実現に繋がる一助となれば幸いだ。

Photo by AlesiaKan/Adobe Stock

参考文献:
「性犯罪関係の法改正等 Q&A」法務省
『国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版】──科学的根拠に基づいたアプローチ』/ユネスコ 編、浅井春夫、艮香織、田代美江子、福田和子、渡辺大輔 訳/296頁/2,600円+税/明石書店
※なお、UNESCOのウェブサイトで、同書(日本語版)の本文PDFが掲載されている。
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000374167