広がる活躍の場 実務家教員は社会に何をもたらすか

第2部 実務家教員とは何か
社会情報大学院大学 実務家教員COEプロジェクト 事業責任者 川山竜二

現代社会から見る実務家教員の必要性

川山竜二教授

川山竜二

社会情報大学院大学 実務家教員COEプロジェクト 事業責任者/教授

今なぜ、実務家教員が求められているのでしょうか。Society 5.0という言葉を耳にするようになりました。これは第5期科学技術基本計画で使われるようになった言葉で、そこでは「あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」であるとされています。

Society 5.0はまた、俯瞰と創造が重要な社会と言えます。これまでの情報社会では知識や情報が共有されず、分野横断的な連携が不十分でしたが、これからは知識・情報や情報技術を俯瞰的にとらえ、さまざまな知見を融合することが重要になります。

さらに別の言い方をすると、Society 5.0は「知識社会」です。社会が高度化・複雑化したことで多様な知識やスキルが要求されるようになり、それを教える必要が出てきました。さらにはその情報や知識をどのように活用するかという視点が欠かせません。情報や知識を流通させるインフラはあるわけですが、情報知識の整理をするための知識、つまりメタ的な知識を整備する必要があると考えています。

知識社会では、知識が最大の資源、すなわち富の源泉になっていきます。優秀な知識労働者は高い報酬を受け、そうでない人との格差が広がってしまう。知識社会は極めて競争が激しい社会でもあるわけです。

格差を縮めるには教育機会の保障が不可欠です。そうすれば、誰もが自己実現するチャンスをつかむことができます。親の知識を子どもが自動的に相続できるわけではありませんから、競争社会でありながら、同時に究めて平等な社会ともいえるかもしれません。

『ライフ・シフト─100年時代の人生戦略』という本で、著者のリンダ・グラットン先生は、「教育→仕事→引退」というリニア型の人生ではなく、重層的な人生設計が必要だと述べています。

それには常に学び続ける必要があります。知識が陳腐化するスピードもどんどん早まっていきますから、常に学び続ける姿勢を持たなければ社会に適合できなくなる可能性さえ出てくる。ハイパー・ラーニング・ソサエティの台頭です。

ただし、学び続けなければいけないという態度は、実は受動的過ぎます。誰かがつくった知識を学ぶのではなく、自分の実務経験を体系化して、知識をつくっていく能力がこれからは必要です。知識のフォロワー体質からの脱却が求められているのです。

実務家教員とは誰か

実務家教員の定義としては、専門職大学院設置基準にある「実務の経験を有し、かつ、高度の実務の能力を有する者」が挙げられます。そこでは、担当する専攻分野に関して、高度の実務能力、実務の経験、高度の教育指導能力が求められるとあります。

また、専門職大学設置基準にも実務家教員について定義している項目があり、こちらでは研究能力も重視されています。研究能力を有する実務家教員とは、大学で教えた経歴があるか、博士・修士の学位を持っているか、あるいは「企業等に在職し、実務の係る研究上の業績を有する者」のことです。

今後の実務家教員の基準としては、研究能力が不可欠です。実務家教員を目指す人は、自身の経験を体系化し、それが社会のどこで活用できる知識なのか、もしくは学術上、どこを補完できる知識なのかを明確にできなければなりません。つまり、実践知・実践の理論の社会的布置を見定めることが欠かせません。

実務家教員の養成をめぐって

文科省の「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」として、社会情報大学院大学では「実務家教員COEプロジェクト」に取り組んでいます。また、それに先駆けて「実務家教員養成課程」を開講しており、現在6期目を迎えています。

大切なのは、実務家教員を養成するだけでなく、養成課程を終えた人が次のキャリアにつなげられるようにすること、さらに教員となった後も必要に応じて実務に戻れるよう、大学と産業界を往還できる仕組みを整えることです。そのため、この事業は大学だけでなく、産業界を巻き込んで推進するべきものと考えています。

先に、実務家教員には研究能力が欠かせないと言いましたが、その研究実績を測る場が、既存のアカデミズムには不十分です。そこで、実務家教員としての研究に関する議論を深める場として、今年度内に「実務教育学会」を創設する予定です。こうした取り組みを通して、実務家教員に関する認知を広め、さらに実務家教員が活躍できる社会を目指したいと考えています。

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