特集2 大学・高校の学費・授業料や給食費など教育無償化をめぐる現状と課題

近年、急速に進む少子化、コロナ禍以降の物価高などを背景に、教育無償化を推進する施策が進展している。本特集では、教育無償化をテーマに、高等教育や高校の学費・授業料、給食費などの観点から、有識者や学校関係者の取材を通じて、現状の課題感や今後を展望した。(編集部)

高等教育の無償化を進める
日本の施策と国際動向

近年、急速に進む少子化、コロナ禍以降の物価高などを背景に、教育無償化を推進する施策が進展している。まず、高等教育に関してみてみると、2023年12月に閣議決定された「こども未来戦略」では、授業料等減免及び給付型奨学金について2024年度から多子世帯(扶養される子どもが3人以上の世帯〔扶養する子どもが3人以上いる間、第1子から支援の対象〕)や理工農系の学生等の中間層(世帯年収約600万円)に拡大。さらに25年度から多子世帯の学生等は授業料等を無償とする措置等を講ずるとしている。

なお、「授業料後払い制度」については、24年度から修士段階の学生を対象として導入した上で、25年度からの多子世帯の授業料等の無償化と並行して、学部段階への本格導入に向けた検討を進めるとしている。

政府が高等教育の無償化などを進める中、国際的にはどういう状況なのか。教育行政学を専門とする名古屋大学教授の石井拓児氏は、「国際的に言うと、授業料は徴収しないのが基本です。一方で、2000年前後から、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった一部の国々で、授業料徴収が導入されましたが、その後、授業料が高騰した結果、現在は、それらの国々も授業料の軽減や、無償化にする方向で改革を進めている国が多いといった状況です」と話す(➡こちらの記事)。

また、海外の施策から日本が参考にすべき取組みについて、石井氏はアメリカの「プロミス・プログラム」を挙げる。石井氏によると、アメリカの授業料は、店頭表示価格(Sticker Price)といって、額面上、高い授業料を設定しているが、授業料を給付型奨学金で全て措置する。つまり、連邦政府の奨学金と、それで授業料を充当できない場合には、州が保証する「プロミス・プログラム」という奨学金で、残りの部分を充当して、授業料を無償化にする取組みが広がっているという。

「日本も、国の給付型奨学金を充当しつつ、残りの部分を公的な奨学金を措置することによって無償化を実現することは、十分可能だと思います」と石井氏は話す。

自治体で進む
高校授業料の無償化

高校進学率が約98%に達している中、義務教育ではないとは言え、ほとんどの中学生が進学している高等学校。そうした中、家庭の事情で、公立に進学したかったものの、受験の結果として、私立高校以外に選択肢がない生徒にとって、そうした家庭にとっては、経済的な負担は小さくない。高校の授業料は、国の高等学校等就学支援金によって、判定基準を満たした、日本国内に住所を有する者を対象に、高等学校、特別支援学校(高等部)、高等専門学校(1~3年生)、専修学校(高等課程)などに対して、返還不要の授業料支援が受けられるが、910万円といった世帯年収による制限がある。こうした中、世帯年収による制限を撤廃して、授業料の支援を打ち出す自治体の施策に注目が集まっている。

例えば、大阪府は、2024(令和6)年度から授業料無償化制度を拡充(24年度の高校3年生から段階的に適用し、26年度に全学年で授業料を完全無償化)し、国が対象外としている910万円以上の世帯も対象(所得制限の撤廃)、府外の私立高校等に通う生徒も対象とするスキームを打ち出した。また、東京都も24年度から、所得制限を撤廃して、授業料を実質無償化する方針を打ち出している。

教育行政学を専門とする帝京大学准教授の小入羽秀敬氏は「自治体で授業料無償化の施策が進むこと自体は、肯定的に捉えています」と話す(➡こちらの記事)。ただ、大阪府の取組みに関しては「年間63万円の授業料上限額を超えた部分は学校負担という特殊なスキームですが、ある意味で授業料上限の決定権を大阪府が握っている状態になっているので、今後の授業料の上限推移は注視していく必要があると思います」と指摘。

また、東京都の取組みに関しては、「都民以外の生徒も多く都内の高校に通っています。現状の制度は、都民だけが対象なので、同じ高校に、授業料を払う生徒と、無償化が適用されている生徒が分かれてしまう状況だと、学校運営上、やや不安を感じるところもあります。東京都に隣接する県が同規模の支援を出すのは財政規模的に難しいと思われます。この部分をどう解消していくかは、これからの課題となります」と指摘する。

また、無償化で注目されている教育費の一つが給食費だ。学校給食費を保護者から徴収せず、公費で賄う制度が自治体で広がっている。一部報道では、無償の実施に踏み切った自治体は全体の約3割に達しているという。

2019年に著書『隠れ教育費』を上梓し、給食費無償化の必要性を指摘する千葉工業大学准教授の福嶋尚子氏は「給食費無償化は子どもの食の権利・生存権を担保するものです。こうした施策は本来、憲法(26条2項)における義務教育の無償に根ざしたものであるべきなのですが、現在の自治体の給食費無償化の取り組みは、家庭の経済的負担軽減や子育て支援策としての側面が非常に強いのです。教育分野の論点ではなく児童福祉分野の論点として、急激に共有・推進されている感があります。ですから憲法の規定に則った施策として理解されているかというと非常に弱いと思います。これでは給食費のみで閉じてしまい、教育環境全体の整備・改善にはつながらないでしょう。義務教育無償の範囲については諸説あり、これまでも議論されてきましたが、給食費以外にも無償化すべきものはたくさんあるのです」と話す(➡こちらの記事)。

大学・高専といった高等教育や高校の授業料、給食費などの無償化の実現が期待される。画像はイメージ

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学校独自の取組みで
無償化のスキームを構築

無償化の施策は、国や自治体に限らず、教育機関が独自に無償化のスキームを構築している取組みもある。神山まるごと高専(徳島県神山町)は、テクノロジー、デザイン、起業家精神を中心とした学習を通して、社会を切り拓く人材「モノをつくる力で、コトを起こす人」の育成を目指す私立の高等専門学校として2023年4月に開校した。1学年の定員が約40名という小規模校ながら、良質な教育を提供すべく各界で実績のある教員を多数招き、テクノロジー・デザイン・起業家精神に関する高等教育に応えうる設備を整えている。そのため、学生一人当たり年間200万円ほどの学費がかかるうえ、全寮制で100万円前後の寮費も必要だ。そこで、奨学金基金を組成し、給付型の奨学金により、全学生を対象とする学費実質無償化を実現した。なお、奨学金は学費だけでなく、学生の経済的状況(世帯所得等)に応じて、寮費の給付も行っている(➡こちらの記事)。

本特集は教育無償化をテーマに、高等教育や高校の学費・授業料、給食費などの観点から、有識者や学校関係者の取材を通じて、現状の課題感や今後を展望した。教育の無償化を考える上での一助となれば幸いだ。