フィジカルAIが拓く日本の未来 挑戦を後押しする社会へ

生成AIの次は、身体を持つ「フィジカルAI」の時代だといわれる。産業用ロボットで世界を制してきた日本は、この新時代をどう切り拓くのか。人型ロボットと神経回路研究を長く牽引してきた早稲田大学の尾形哲也教授に、フィジカルAIが拓く未来と、社会・人材に問われる課題を聞いた。

早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 教授 尾形 哲也 氏

フィジカルAIは日本の勝機となるか

生成AIの進化は、いよいよ現実世界へと向かう。文章や画像の生成を超え、AIが身体を得て、ものを運び、組み立て、人と関わる。工場、物流、介護へと応用が広がる背景には、深刻な人手不足と生産性向上への要請がある。

政府はAIとロボットを成長分野に据え、経済産業省は多用途ロボットの市場が2040年ごろに約60兆円規模へ育つと見込む。ロボット大国の日本にとって、フィジカルAIはまたとない勝機だ。

この領域で日本を代表する研究者の一人である尾形氏は、「汎用化したAIはやがて身体を持ち、汎用性ゆえに人型になります。多くのロボットから集めたデータで賢くなり、掃除も警備も案内も一台でこなす存在が、公共施設から、やがて家庭へと入ってくるでしょう」と未来図を語る。

社会受容性という壁と、その突破口

もっとも、普及への道は平坦ではない。尾形氏が挙げる課題が「社会受容性」だ。2022年末に登場したChatGPTがハルシネーション(AIが事実に基づかない誤情報を生成する現象)を抱えつつ広く使われたように、社会が受け入れるか否かは、完成度だけでは決まらない。

では、日本社会はどうか。「日本人は新しい技術が大好きで、ユーザーはとても柔軟です。SNSを自分で解析してアプリケーションを作ってしまう若者もいるほどです。一方で企業は、安全と信頼をとても大切にし、慎重に見極めようとします」と話す。

この慎重さを動かす鍵を、尾形氏は「協調領域」という発想に見る。同氏が率いるAIロボット協会(AIRoA)は、国内外40社以上と国の支援のもとで、データや基盤モデルを業界の共有資産として整備し、実証を通じて安全性や信頼性を皆で確かめていく。リスクとコストを分かち合えれば、堅実な企業も動きやすい。社会に受け入れられる筋道を、企業とともにつくる試みだ。

もう一つの突破口を、尾形氏はスタートアップの思い切りのよさに見る。ChatGPTを世に送り出したのも、大企業ではなく、スタートアップ企業だった。「その技術がハルシネーションを起こすことは、専門家のあいだでは周知の事実でした。ブランドと責任を背負う大企業には、それを世に出すのは難しかったはずです。だからこそ、フィジカルAIの普及にも、覚悟をもって挑むスタートアップとそのアントレプレナーシップが決定的に重要になります」と語る。

「人を動かす力」と挑戦を許す社会

では、優れた技術を社会へ実装するには、何が要るのか。技術力だけでは足りない。どれほど正しくても、論理だけでは人は動かない。投資家を、仲間を、社会を巻き込むには、その技術が拓く未来を「物語」として語る力、ストーリーテリングが要る。事実、AppleやMicrosoftは、技術を統括するCTO(最高技術責任者)と、その価値を社会に語りかけるCEO(最高経営責任者)という二人組で始まった。日本にも、世界に誇るものづくりの技術がある。今後の日本の発展のためには、構想を語り、人を束ねる力が必要だ。「それを鍛える機会が、まだ日本の教育には少ないのです」と語る。

その挑戦を後押しするには、社会も変わる必要がある。日本は堅実な選択を重ねてきたが、先行する国々は桁違いの投資で膨大な試行錯誤を重ねている。「挑戦を歓迎し、うまくいかない経験さえ糧にできる社会をつくれるか。日本には、ポテンシャルが十分にあるのです」と尾形氏は語る。

「ロボットの心」が指し示す未来

尾形氏が「人」と「挑戦」にこだわるのには、原点がある。加藤一郎研究室に配属された尾形氏が恩師から託されたのは、「君は、ロボットの心をやりなさい」という言葉だった。人間を理解するために、あえて人間のようなロボットをつくる。加藤氏のこの構成論的な発想から生まれた尾形氏の研究は、ソニーの犬型ロボット「aibo」の特許にも引用されている。神経回路と身体をつなぎ複雑にすれば知能が宿るという1990年代の加藤氏の予見は、三十年を経て、フィジカルAIそのものになった。

その探究は、やがて一つの問いへと還っていく。人の心に迫るAIをつくることは、裏を返せば「人間とは何か」を問うことでもある。尾形氏が見据える未来の核心も、そこにある。「人は、人との関係の中で人になります。そこにAIが加わり、区別がつかなくなる時代が来るかもしれません。だからこそ、人とAIが共生する社会をどう設計するか。それを、次代を担う人たちと考え続けたいのです」。

その社会を設計するのも、大きな問いに挑み続けるのも、結局は人である。だからこそ尾形氏は、若い世代が伸びやかに挑める土壌づくりに、日本の未来を懸ける。最後に尾形氏は、これからの日本へこう力を込めた。「日本の若い人のポテンシャルは、ものすごくあると思います。あとは、いかに失敗を許容し、挑戦を後押しする社会をつくれるか。そこにかかっているのです」。

『人とロボットが共生する未来を描く』

後藤 大毅 氏(早稲田大学 基幹理工学部 表現工学科 博士課程)

尾形研究室の後藤大毅氏が取り組むのは、「脳の計算モデル」の研究だ。脳の働きを予測誤差の最小化として捉える「自由エネルギー原理」をもとにモデルを組み、その内部を観察して人の認知の仕組みに迫る。「ロボットを動かすAIを、いわば『人っぽく』する研究です」と話す。

このテーマの原点は、高校時代にさかのぼる。「人生の意味」を考えるうち、抽象的な「意味」や「価値」が神経細胞の集まりから生まれること自体が不思議でならなくなった。この問いを工学で解き明かせないか。そう考え、人文的要素を色濃く持つ表現工学科に進み、シミュレーションで人の認知に迫る尾形研究室を選んだ。

研究室では、師も、集う学生たちも、「性能の高い動作をこなすロボットを作る」ことへの関心が強い。その只中で、後藤氏の関心も引き寄せられていった。「もともとはロボットを通して人を理解したい、という関心でした。それがいまは、人を通してロボットを考える方へ強まっています」。人を理解するために、人の認知を模したモデルを自らの手で作る。師から受け継いだ、構成論的な発想である。

後藤氏が思い描く未来は、段階を追って広がる。まず解き明かしたいのは、意味や価値の理解、協調的な推論といった人の「高次の知能」だ。次に、その理解をロボットづくりに活かす。規範や価値をわきまえていると感じられ、人の集団に溶け込むロボットは、これからの社会が求める存在だ。さらにその先に見据えるのは、人とロボットが共生する社会だ。

「ロボットが十分に発達し、人と見分けがつかなくなったとき、私たちが心や価値を持つとはどういうことか。ロボットと私たちは、どう違うのか。その問いに、何か伝えられるものがあれば」と語った。ロボットを通して人を知り、人を通してロボットを考える。その往復の先に、後藤氏は、人とロボットが共に生きる未来を描いている。

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