特集2 多文化共生、まちづくり、防災等を通じたシティズンシップ教育の実践

社会が複雑多様化する中、持続可能な社会の担い手として、一人ひとりの市民が意見を表明して、主体的に社会に参画していくために、シティズンシップを育む教育の重要性が高まっている。主権者教育、まちづくり、多文化共生、防災、デジタルと多様な視点から最新の実践を追った。(編集部)

高校生まちづくりスクールなど
地域社会に参画する学び

社会が複雑多様化する中、持続可能な社会の担い手として、一人ひとりの市民が自らの意見を表明して、主体的に社会に参画していくために、シティズンシップ(市民性)を育む教育の重要性が高まっている。

シティズンシップ教育において、大きなテーマの一つが「主権者教育」だ。選挙権年齢が18歳に引き下げられた2016年以降、教育現場で主権者教育が広がっており、政府も主権者教育を推進している。総務省の主権者教育アドバイザー制度では、主権者教育に関する有識者をリストアップし、講演、出前授業、長期計画の策定等のアドバイザーとして派遣する取組みを行っている。

2017年から総務省の主権者教育アドバイザーを務める越智大貴氏は、2022年に子どもや若者を対象としたシティズンシップ教育を通じて、社会の仕組みを楽しく学び合うことをテーマに掲げる一般社団法人WONDER EDUCATIONを設立した(➡ こちらの記事)。同法人では、シティズンシップ教育を軸に、「いつでも」「どこでも」「誰でも」よのなかの仕組みをみんなでおもろく学び合う・みんなで創るプラットフォームづくりを進めている。

特に力を入れているのが、実社会にある仕事や体験を通して、小学生が楽しみながらよのなかの仕組みを学ぶ「WE City」というプログラムだ。2023年11月に松山市で開催したときは、銀行、裁判所、神社、フリーマーケットなど、15ブースが出展した。ブースの出店は高校生・大学生が中心に取り組んでおり、活動を通じて自身の学びにもつながっている。

また、2015年に発足したNPO法人わかもののまちは、静岡県内はもちろん、2018年からは全国の様々な地域で、子ども・若者の地域社会や政治への参画を広める活動を展開している(➡ こちらの記事)。

「身近な社会、地域を自分たちで変える。あるいは、もっと些細なことでもよいので、そうした成功体験を小さくてもいいから積み上げていく。“できる”“変えられる”という経験を積み上げていくことで、子どもや若者の地域社会への参画を促していければと思います」と代表理事を務める土肥潤也氏は話す。

わかもののまちでは2017年から「高校生まちづくりスクール」を運営している。高校生1人ひとりの興味関心から地域課題を発見し、解決に向けて取り組むワークショップ形式のプログラムだ。静岡市でスタートし、菊川市、磐田市の県内をはじめ、愛知県名古屋市、茨城県東海村など県外にも広がっている。

多文化共生や防災をテーマに
市民性を育む学びを実践

シティズンシップ教育を実践する上で、テーマの一つとなるのが「異文化共生」だ。出入国在留管理庁が2023年10月に発表した同年6月末の在留外国人数は約322万人で過去最高を更新した。外国人なくしては成り立たないのは明らかで、日本社会は既に、外国人や移民背景の住民たちと共にあると言える。にもかかわらず、日本社会は、そうした幅広い人々を受け入れる、住みやすい社会にはなっていないのが実情だ。

「多文化共生社会を実現する」という観点で見るシティズンシップ教育の役割の一つは、一人ひとりの市民に、違いを認め合う寛容性を養うことにある。また、多文化共生へ向けた新しい社会の仕組みや政策などを創っていく担い手としての市民を育んでいくためにも必要となる。

一方、シティズンシップ教育において多文化共生を論じる意味は、他者性の高い人々と共に社会を創造していく資質・能力やアイデンティティの形成にある。

多文化共生社会やシティズンシップ教育に詳しい、龍谷大学准教授の川中大輔氏は「同質性の高い集団だけで議論・活動したのでは新たな社会を創造できません。多様な他者と共に考え、創りあげていく力が必要となります。これは、定住外国人に限らない幅広い多文化になりますが、多様な人たちが協働していく構えや態度は、シティズンシップ教育には不可欠です。その意味で、シティズンシップ教育において多文化共生を扱う意味は大きいといえます」と話す(➡ こちらの記事)。川中氏は、龍谷大学の社会学部で行われている地域連携実習科目「社会共生実習」で、〈多文化共生のコミュニティ・デザイン~定住外国人にとって住みやすい日本になるには?~〉をテーマにPBL型授業を実施している。

また、「防災教育」もシティズンシップを育む上で、重要なテーマの一つだ。「災害大国」といわれる日本では、防災教育の重要性は広く認識されている。国では文部科学省だけでなく、内閣府や国土交通省も手引きや教材を作成するなど、その推進を図っている。

防災教育の実践的な研究を行ってきた諏訪清二氏(防災教育学会会長)によれば、防災教育の学習内容は「①Survivorとなる防災教育」「②Supporterとなる防災教育」、「③市民性を育む防災教育」の3つに類型化される。①は自分の命を守るための行動や自助の取組、②は被災者や被災地域を支援する方法や行動について理解することが重視される。そして③がシティズンシップ教育を始点とするものだ。

シティズンシップ(市民性)を育む防災学習の研究・教育に取り組んでいる愛媛大学教育学部准教授の井上昌善氏は「学校現場では、まだ『Survivorとなる防災教育』が重視され、『みんなにとっての備え』のあり方について考えることを通した市民性を育む意図的計画的な学びはあまりなされていないという印象です」と話す(➡ こちらの記事)。

井上氏は現在、愛媛県西予市の小学校で防災教育を実践している。現在行っている防災教育では、「復興まちづくり」の視点から地域社会のあり方を考える学習を進めている。

デジタル社会の土台を支える
デジタル・シティズンシップ教育

GIGAスクール構想の前夜となる2020年12月、『デジタル・シティズンシップ:コンピュータ1人1台時代の善き使い手をめざす学び』(大月書店)が出版され、教育関係者の注目を集めた。以来、デジタル・シティズンシップ教育という言葉が急速に教育界に普及していった。

著者の一人である法政大学教授の坂本旬氏によれば、デジタル・シティズンシップ教育とは「デジタル技術を使用して学習、創造し、責任をもって市民社会へ参画する能力」を育む教育だと話す(➡ こちらの記事)。

2023年7月には『はじめよう!デジタル・シティズンシップの授業:善きデジタル市民となるための学び』(日本標準)を上梓。同著では、坂本氏を含めた6人の著者によって、デジタル・シティズンシップ教育の原理をまとめたほか、小学校(6事例)、中学校・高校(各4事例)の実践事例や、3つの特別支援学校の実践事例を紹介している。

本特集では、「シティズンシップ教育の実践」をテーマに、まちづくり、主権者教育、多文化共生、防災教育、デジタル・シティズンシップと多様な観点から、教育現場の実践などを探った。より良いシティズンシップ教育を実践するための一助となれば幸いだ。

小・中学校、高校や大学、学校外で、シティズンシップを育む多様な学びが実践されている。

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