「差し上げる」が包含するもの(2) 相手を思いながら発想を広げる

一人で稽古してはならぬ
客に向き合って修練を重ねる

茶の湯とは、極めて洗練された自己表現のメディアです。例えば作曲家モーツァルトが音符を配置して五線譜の上に音楽を表現したように、茶人は「道具の取り合わせ」と「茶の味」によって自分を表現します。その発表の舞台が「茶会」です。ただし、茶の湯には常に「亭主」と「客」の両方が存在し、何よりも「相手の顔を見ること」が最優先されます。

自分の中に「基本となるお茶の味(コアスキル)」を身につけた上で、客の状況に応じた柔軟なチューニング(最適化)を試みる。茶の湯とは、観客とともにその場で作り上げていく、究極の「双方向コミュニケーションツール」に他なりません。

「相手を思う」という理念を象徴する、私自身の大切な体験があります。20代の頃、起業家の今野由梨さんへ薄茶を差し上げた際、直後に重い会食を控えられていると察し、最後にあえて「白湯」をお勧めしたところ、その気遣いを大変喜んでいただけました。

江戸時代の高名な茶人・川上不白は、「稽古は決して一人でしてはならない」と強く戒めました。誰もいない部屋で形だけをなぞる独りよがりの練習には意味がない。常に「客(相手)」の存在を心に思い浮かべて点ててこそ、初めて稽古として成立するという教えです。

(※全文:2418文字 画像:あり)

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