特集紹介 教職生涯を通じて学び続けるためにいま必要な理論と実践とは?

社会が変化する中、令和の学校教育を担う教師には、学び続けることが求められている。そのために、どんな理論と実践が必要だろうか。本特集では「教員養成フラッグシップ大学」「応用行動分析学」「ICT活用指導力」等の観点から、新たな教師の学びの姿を展望する。(編集部)

新たな教師の学びの姿と
教員養成フラッグシップ大学

コロナ禍、テクノロジーの発達、グローバル化など、社会が大きく変化していく中で大学卒業までに学んだ知識やスキルだけでは対応できない時代になっている。この流れは学校教育を担う教師も例外ではない。

2021年1月の中央教育審議会(以下、中教審)答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」では、全ての子どもたちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現を担う教師及び教職員集団の姿として、「変化を前向きに受け止め、教職生涯を通じて学び続ける」等が掲げられている(表)。

表 「令和の日本型学校教育」を担う教師及び教職員集団の姿

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また、2022年中教審答申「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について~」では、こうした「新たな教師の学びの姿」の実現には、「養成段階を含めた教職生活を通じた学びにおける、『理論と実践の往還』の実現」の必要性を指摘。また、理論と実践の往還を重視した教職課程への転換として、「教員養成フラッグシップ大学」における先導的・革新的な教職科目の研究・開発等を挙げている。

この「教員養成フラッグシップ大学」とは、文部科学省が「令和の日本型学校教育」を担う教師の育成を先導し、教員養成の在り方自体を変革していくための牽引役としての役割を果たす大学について、その申請に基づき、文部科学大臣が教員養成フラッグシップ大学として指定する仕組みを創設したもの。

指定された大学は、教育職員免許法施行規則等に定める一部の科目に代えて新たな科目を開設し、免許を取得することができる特例措置が適用される。教員養成フラッグシップ大学は現在、東京学芸大学、福井大学、大阪教育大学、兵庫教育大学の4大学が指定されている。例えば、兵庫教育大学では、「自律した学習者を育てる教師の養成プログラム」に向けて、これからの時代に必要な資質・能力をトータルに育成できる総合的なプログラム開発を進めている。(➡ こちらの記事)。

この取組みの一環として、兵庫教育大学では、19の項目からなる「教職基盤」という学修事項の核となるものを新たに構築した。また、同大学の教員養成フラッグシップ大学構想の特徴の一つが「アジャイル型」のカリキュラム開発であることだ。一般的なカリキュラム開発は最初に方針や要件を定義する「ウォーターフォール型」になりがちだが、同大学では、効果測定を繰り返しながら臨機応変に改変していくアジャイル型開発を進めている。

1人1台端末時代に必要な
教師のICT活用指導力

GIGAスクール構想により教室の1人1台端末が整備され、クラウド環境での授業が可能になった。先に挙げた、2021年中教審答申でも、「個別最適な学びと、協働的な学びを実現するためには、ICTは必要不可欠」と指摘している通り、教師のICT活用指導力の育成は喫緊の課題となっている。そうした中、信州大学教育学部附属次世代型学び研究開発センターは2023年3月、信州大学教育学部の教員と附属学校園(小・中・特別支援学校)の教員を巻き込んで、ICT活用に必要な知識とスキル、活用実践を盛り込んだテキスト『ICTを使いこなせる教員養成講座:1人1台端末とクラウド環境で授業できるようになるために』を開発した(➡ こちらの記事)。同書籍では、大学教員による知識やスキル習得に関する丁寧な解説と、附属学校園教員の「師範実践」、教育実習生の「実習実践」を紹介することで、教員養成と教育実習の具体的なあり方をイメージできる点が特長となっている。

応用行動分析学と
スクールワイドPBS

教師になった後は、校内・校外での研修等を通じて、理論と実践を往還する機会はあるが、その選択肢の一つとして、大学院での学び直しがある(➡ こちらの記事)。2004年に荒川区立第四中学校の校長に就任した石黒康夫氏は、元々学生時代から構成的グループエンカウンターなど心理学を学び、教育現場で実践してきた。

心理学を活かして発達障害のある生徒を一人ひとり手厚く個別支援することができた。その実績が評判となり、不登校や発達障害のある生徒が多く集まることになったが、その結果、生徒間で不公平感が生じ、学校が荒れ始めることになる。こうした中で、従来の問題行動を減らそうとする方法に限界を感じた石黒氏は、解決策を模索し、応用行動分析学やスクールワイドPBSに辿り着き、校長を続けながら明星大学通信制大学院に入学、研究を深め博士号を取得するに至った。

スクールワイドPBSは、生徒の問題行動に対し、叱るのではなく「適切な行動を促す」という発想で、課題を踏まえて行動目標を設定し、学校全体で取り組む組織的アプローチ。元々米国で誕生したものだが、石黒氏は米国の手法を日本の教育現場にそのまま導入することは難しいと感じ、日本版にカスタマイズして実践。スクールワイドPBSの導入で重度の問題行動数は減少した。現在、石黒氏は、桜美林大学教授として、東京都内をはじめ全国で研修等を行い、こうした施策の導入を推進。研修参加者や自著の読者、教え子などを通し、スクールワイドPBS実践の輪は広がりを見せている。

哲学原理とエビデンスの必要性

より良い教育の実現に向けて、様々な理論や実践がある一方で、そもそも「公教育は何のために在るのか」という公教育の本質を改めて認識する必要がある。2023年4月に設立された「一般社団法人School Transformation Networking(ScTN:スクタン)」は、初等中等教育において、公教育の本質である「各人の自由及び社会における自由の相互承認の実質化」と正当性の原理である「一般意志及び普遍福祉」に基づき、教育学や心理学等の諸理論とICTや教育データに代表されるデジタル技術とを利活用することで、学びの構造転換をよりよく実現するための支援をしていくために設立された(➡ こちらの記事)。

代表理事の山口裕也氏は、「公教育の本質と正当性の原理があることで、誰もが共通の土台に立ち、その実践が本当に意味と価値があるのか、さらに、本当に必要な指標は何かと問い合うことができるのです」と話す。同法人では、学びの構造転換を進めていくためには、「哲学原理とエビデンスに基づいた実践」(P-EBP)と呼ぶ考え方が必要になるとし、その具体的な実践を支える道具の一つとして、「ScTN質問紙(主体的・対話的で深い学びのための意識・実態調査、児童による自己評価方式)」を公表している。

本特集では、これからの学校教育を担う、新たな教師の学びの姿について、理論と実践の観点から、検証した。本特集が学び続けるための一助となれば幸いだ。