制度の外側に学びの場をつくる −「旅する大学」の取り組みを通じて

1969年から1989年まで行われた川喜田二郎の移動大学の試み。「人間性の回復」や「全人教育」を理念とし、上下関係のない交流は創造性を養うことにつながった。最終回となる今回は、筆者自身の構想の実践を紹介する。

松村 圭一郎

松村 圭一郎

岡山大学文学部准教授。専門は文化人類学。
所有と分配、海外出稼ぎ、市場と国家の関係などについて研究。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社、第30回澁澤賞、第37回発展途上国研究奨励賞受賞)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院)、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社、第72回毎日出版文化賞特別賞)、『くらしのアナキズム』(ミシマ社)、『これからの大学』(春秋社)、『はみだしの人類学』(NHK出版)など、共編著に『文化人類学の思考法』(世界思想社)、『働くことの人類学』(黒鳥社)がある。

川喜田二郎の移動大学は1969年の黒姫高原にはじまり、77年の富士山麓までの8年間で15回、さらに外部団体との共催や有志の自主企画による番外編も4回開かれ、元参加者など約200人が集った89年の丹後移動大学が最後となった。移動大学の実験が何をもたらしたのか。その成果を把握することは難しい。創造性を育む学びは一律に試験の点数で測れるようなものではないからだ。それぞれの人生の歩みのなかで学んだことを体現していくしかない。だが参加者が残した手記からは、その経験が人生を変える契機になっていたことがわかる(『融然の探検』)。

移動大学が残したもの

大学1年生の夏に第1回黒姫移動大学に参加し、のちに文化人類学者となった関根康正は、移動大学の「野外キャンパス」に立つ川喜田の姿を「比喩ではなく、事実後光が差していた」と回想する。「混迷の色を濃くする社会に対して本当のことをいう人間に直接出会ってしまったのだ」と、…

(※全文:304文字 画像:あり)

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