特集2 ウェルビーイングな学校を目指して、いま教育現場に必要な実践とは?
今年6月に公開された「教育振興基本計画」には「ウェルビーイング」が柱の一つになっている。一方で、教育現場を取り巻く課題は山積している。学校のウェルビーイング向上にはどんな取組みが必要なのか。有識者や教育関係者等の取材を通じて、その手立てを模索した。(編集部)
機運が高まる学校の働き方改革
働きやすさと働きがいの両立を
身体的・精神的・社会的に良好な状態であることを意味する〈ウェルビーイング:well-being〉。
2023年6月、政府は新たな「教育振興基本計画」を閣議決定した。その中では「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」がコンセプトの一つになっている。
ユニセフのレポート(2020年)によると、日本は子どもの精神的幸福度が37位(38か国中)と最下位に近い結果だった。また、文部科学省が学校の働き方改革を推進する一方、教員のマンパワー不足に起因する長時間労働削減や抑うつに対するメンタルヘルスマネジメントが課題となっている。
今年8月には、中央教育審議会「質の高い教師の確保特別部会」(第3回)が開催され、「教師を取り巻く環境整備について緊急的に取り組むべき施策(提言)」が、貞広斎子部会長(千葉大学教育学部教授)から文部科学大臣へ手交された。
同提言では、子どもたちへの教育の質の向上のための学校における働き方改革等について、できることを直ちに行うという考え方のもと、国・都道府県・市町村・各学校など、各主体が緊急的に取り組むべき施策を取りまとめたもので、次の3本柱で構成されている。
① 学校・教師が担う業務の適正化の一層の推進
② 学校における働き方改革の実効性の向上等
③ 持続可能な勤務環境整備等の支援の充実
また、国に対しては、小学校高学年の教科担任制の強化等の教職員定数の改善、教員業務支援員の全小・中学校への配置をはじめとした支援スタッフの配置充実、主任手当や管理職手当の額の改善等の処遇改善、教師のなり手の確保等を求める内容となっている。
こうした学校の働き方改革推進の機運が高まる中で、学校組織のウェルビーイングとワーク・エンゲージメントを研究する愛媛大学大学院教授の露口健司氏は、「働き方改革では『働きやすさ』と『働きがい』が高い次元で両立する職場を目指す必要があります」と指摘する(➡こちらの記事)。
露口氏の調査では「働きやすさ」と「働きがい」の両立がいかに重要かが明らかになった。例えば時短とワーク・エンゲージメントの両方で高いポイントを獲得している学校では、抑うつ傾向が低く、教員の主観的幸福感と同僚信頼が高いことがわかった。一方、「働きやすさ」優位の自治体では、抑うつ傾向が強いことが示された。
ウェルビーイングを学校経営に
取り入れた公立小学校の取組み
「働きやすさ」と「働きがい」の両立が学校のウェルビーイングに必要な取組みだとして、実際に学校では、どのような実践が行われているのか。2020年、コロナ禍で学校が閉校になった時期に埼玉県上尾市立平方北小学校の校長に就任した中島晴美氏。着任直後からウェルビーイングを学校経営に取り入れはじめ、学校運営協議会からの後押しもあり、2021年には学校経営方針として掲げ、本格的な取り組みを進めている(➡こちらの記事)。
平方北小学校では、タル・ベン・シャハー博士(元ハーバード大学教授)の「SPIRE理論」、前野隆司教授(慶應義塾大学大学院)の「幸福の4因子」、石井遼介氏の『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)を3本柱に、ウェルビーイングな学校経営を実践している。その後、2021年度、2022年度の児童生活アンケートでは、「学校が楽しい」と答えた児童は98%となった。また、学力の向上も明確にみられるという。
一方、教職員へのウェルビーイングに関するアンケートでは、「今年1年自身のウェルビーイングが上がったと思う」と答えた教職員は、2021年調査の85%から22年調査では95%に向上した。また、22年調査では、95%の教職員が「自分の教職・職務における強みを理解している」と答え、それを「発揮できている」と答えた教職員も90%となっている。さらに、「主体的に学校課題研究に参画できている」と回答した教職員は93%、「職員室で心理的安全性を実感している」で「そう思う」と回答した教職員は、90.5%に達している。
こうした実践のほか、教員一人ひとりはどんな活動をしているのだろうか。昨年7月、「怒り」や「叱る」を「楽しい」「笑顔」に転換する手立てを紹介する著書、『むずかしい学級の空気をかえる楽級経営』を上梓した現役の公立小学校教員の松下隼司氏は、「子どものウェルビーイングを高めるには、学校にいる間も家に帰ったあとも、心と体が快適である必要があり、早く家に帰れることは大切なことのひとつだと考えます」と話す(➡こちらの記事)。
松下氏のユニークな実践の一つに、子どもたち自身に「僕のトリセツ・私のトリセツ」(取扱説明書の略)を書いてもらう取組みがある。例えば、4年生以上は作文形式で、低学年は穴埋めや箇条書きにし、自分のトリセツをつくってもらう。誰が書いたかをクイズ形式にすると、相互理解、他者理解につながり、クラスでの安心感や居場所を得られる取組みにもなるという。また、3月には松下氏のトリセツを書いてもらい、次年度4月に新しく担任するクラスの子どもたちに見せると、一気に距離が縮まるという。
Photo by Kiattisak/Adobe Stock
学校や教員に伴走する
企業・団体の取組み
主体的にウェルビーイングな学校づくりに取り組める教育現場がある一方で、何をどう実践していけば悩んでしまう教育現場も少なくないだろう。「日本の教育をもっと自由に!」というビジョンを掲げる先生の幸せ研究所は、自治体・教育委員会・学校(幼小中高特)を対象に、教員の自己決定を発揮できる、わくわくを起点とした「プロジェクト型業務改善」を行っている(➡こちらの記事)。
2021年度は、経済産業省「未来の教室」実証事業に採択され、プロジェクト型業務改善が、「授業と学校組織の変革につながる」「教師の新しい専門性は向上する」という2テーマを検証した。同社代表の澤田真由美氏は、「プロジェクト型業務改善は、教育の質を向上させる学校づくりを自分たちでできる集団になる。学校や先生の自立・自律を目指しています」と話す。
続いて、「先生、子どもたちや学校に関わるすべてのみなさんと『対話』から未来をともに創りだす」をミッションに掲げ、対話を通した学校での未来づくりを、校内研修やワークショップ、教員向けのラーニング・プログラムの企画・運営などで支援しているのがNPO法人「学校の話をしよう」だ。
同NPO法人では、対話によって先生たちの関係性を豊かにしていく組織向けの研修プログラム「対話型組織開発」を提供しているほか、先生向けのラーニング・プログラム「チームを考える学校」も展開。対話を通じた学校運営などに関心がある個人の受け皿として機能している。(➡こちらの記事)。
今回の特集では、主に教師のウェルビーイングに焦点を当て、有識者や教育関係者、教育現場を支援する企業・団体の取材を通じて、その手立てを模索した。今後の実践の一助となれば幸いだ。