教育現場におけるデータの利活用や教職員の働き方改革への効果に期待
「GIGAスクール構想」が今年4月に本格始動した。その準備では、学校や教育委員会の関係者らの様々な苦労もあった。共同調達等、先進的な取組みとして注目された奈良県と奈良市における準備段階での進め方や、ICT利活用への今後の期待について現場に携わった当事者の声を紹介する。
県内全ての小中高特別支援学校
で同一ドメインの利用を可能に
小﨑 誠二
今年4月、GIGAスクール構想によって1人1台端末が多くの学校で整備された。奈良県では、昨年、県内約40の自治体が連携して、端末の共同調達を実現。さらに、県域で同一ドメインのアカウント運用を導入し、Googleの学校向けサービスが利用できる環境を整えた。共同調達等は全国的にも珍しい先進的な取組みだったことから、大きく注目された。
また、奈良県立教育研究所では昨年10月、GIGAスクール構想を推進する教員や教育委員会、保護者を支援するための研修プログラムとして「先生応援プログラム」を開始した。プログラムでは「1人1台端末、1人1アカウント」を有効活用した新しいまなびを推進するため、デジタル教材の基本的な使い方や、授業の実践に関する交流の場を取り入れた。今年春から国立大学法人奈良教育大学准教授に就任した小﨑誠二氏も、当時は、同研究所教育情報化推進部主幹を務め、奈良市教育委員会事務局学校教育課情報教育係長の谷正友氏とともに、共同調達等の実現に尽力した当事者だ。
谷 正友
「奈良市をはじめ奈良県内におけるICTに関する取組は、どちらかというと遅れた状況でしたが、GIGAスクールは、何とか開始に間に合いました」と、谷氏は、その当時を振り返る。谷氏によれば、GIGAスクール構想の説明を各学校へ始めた頃は「変化が急すぎるのではないか」といった教員からの批判的な声もあったという。
「端末整備に関する話のほか、県域で進めた校務支援に関する説明を行った際もそうした反応がありました。しかし、思っていることを率直に言ってくださる先生の方が、施策の趣旨や想いを丁寧に説明することで、理解いただけたと感じています」(谷氏)
実際、県域で同一アカウントを運用すると、例えば、教員の勤務校が自治体を跨いだ場合でも同じメールアドレスを使えるし、使い慣れたクラウドサービスを使い続けることができるなど、教員側にとっても大きなメリットがある。
一方、小﨑氏は「GIGAスクール構想がスタートし、ようやく活用のための素地が整ってきましたが、まだまだやりたいことはできておらず、これからという印象です」という見方だ。
県内の教員の間では当初、GIGAスクール構想が「唐突な話」として受け止められた部分もあったが、少しずつ「やらなければ」という認識へ変化していったという。
県全体で共通の環境を整え
生み出すことができた好循環
昨年は、新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)拡大に伴い、多くの学校が休校となった。このため、子ども達の学びの保障のためにも、オンライン授業へのニーズは高まっていった。GIGAスクール構想の「GIGA(ギガ)」という言葉は「Global and Innovation Gateway for All」の略で、「誰一人取り残さない教育」の実現を目指すものだ。これに伴い、文科省もGIGAスクール構想の前倒しを進めていた中で、その準備については「コロナ対応もあるので、できるところから進めていこう」という空気が強くなったという。
このため奈良市も、当初から、県域のGoogleアカウントの利用を宣言していたものの、昨年4月のコロナ禍による全国休校の際は、オンライン学習の体制を優先して、対応可能なドメインを活用した。
「おそらくトップダウンで進めていたら、うまく動かなかったと思います。トップダウンでなく、現場で直接、担当している人たちがそれぞれの立場から『自分はこうやっていくが、それで良いか?』と上にも下にも了解を取りながら進めたので、上手く動いたところがあると思います」(小﨑氏)
こうしたコロナ禍で、難しい状況もあった中で、改めて県全体で共通の環境を整えることも重要だったという。
「県全体でフィールドを揃え、進めていけるよう心掛けました。学校の先生には、かなり我慢していただいた部分もありますが、県内で共通の環境をつくったことで『うちはまだできていない』という受け止め方や、『みんなで頑張ろう』という好循環を生み出せたと思います」(小﨑氏)
各自が一生懸命、取り組む中で
想いが伝わり、実現が可能に
その後、奈良県内の学校では同一ドメインが使えるようになったことで、様々なデータを蓄積しやすい状況が生まれている。県内ではまた、国の支援もあり、統合型の校務支援システムの利用も進んでいる。このような中、今後は蓄積されたデータを、どのように学校教育に活かしていくかが注目される。
「蓄積されたデータの活用に関する議論は今後、県や市の教育委員会の方々にしっかり進めていただきたいです。まずは、先生たちが何を実現したいのかと考え、その結果を子どもたちに返していくべきだと思います」(小﨑氏)
これまでの学校現場では「紙文化」が根強く、日々の仕事を通じて生み出される膨大な資料は、基本的に紙だった。このため、資料の内容の整理や利活用は、一部の限られた人だけのものになっていた。今後はそれらの資料のデジタル化が進み、情報が共有され、様々な効果が期待される。
「当事者が簡単に情報にアクセスできる仕組みづくりは、紙よりもデジタルの方が圧倒的に得意です。教材や授業記録のような、これまでは整理も難しかった資料や情報が、今後はうまく活用されれば良いと思います。データの活用は『子どもファースト』で考えるべきで、例えば、子どもたちの状況把握や、次の打ち手を考える際などに使えると思います」(谷氏)
全国の学校現場では、多忙な教職員の働き方改革も大きな課題となっている。デジタル化によって文書の整理に必要な時間が減り、それらの内容を簡単に引き出せるようになれば、働き方改革への効果も期待できる。
奈良県におけるGIGAスクール構想に向けた取り組みでは、様々な苦労もあったが、「自治体の仲が良いか悪いかということでなく、やるべきことをしっかりやろうとすれば、自然に仲間になれると最近は強く感じるようになりました」と小﨑氏は言う。
一方、市の教育委員会の立場で取り組んできた谷氏は、「それぞれの人がそれぞれの立場で一生懸命、取り組む中、互いの想いは伝わるものだと感じました」と振り返る。「今は、それによって横のつながりや広い意味でのチームのようなものができ、当初は『そんなことはできない』と言われたこともできるようになるのだと思っています」(谷氏)。