【音声配信連動記事】AI時代に人が学ぶ意義とは

GMOペパボ株式会社取締役CTOの栗林健太郎氏は、市役所職員からソフトウェアエンジニアに転じ、上場企業の取締役を務めながら大学院で博士号を取得した異色の経歴の持ち主だ。社内の研究開発組織「ペパボ研究所」の所長を務めるほか、一般社団法人日本CTO協会、一般社団法人人間中心のAIコンソーシアムの理事にも名を連ねる。2026年9月28日に行われた月刊先端教育オンラインのX(旧ツイッター)アカウントの音声配信に登壇した栗林氏に、AI時代に人が学ぶ意味と、これからの人材育成のあり方について聞いた。配信の音源はこちら。

日記の電子化がエンジニアへの入り口に

栗林氏は1999年に東京都立大学法学部政治学科を卒業した。学生時代は働くことに現実味を持てず、就職活動もしなかったという。

GMOペパボ株式会社取締役CTOの栗林健太郎氏(GMOペパボ株式会社提供)

「就職しないことを積極的に選んだわけではありません。そもそも仕事をするということへの理解がまったくなかったんです。文系を選んだのも、たまたまでした」

数年のブランクを経て、2002年に鹿児島県奄美市役所に入所する。収入を得るようになったのを機に、初めて自分のパソコンをインターネットにつないだ。ウェブの世界の面白さに目覚めた栗林氏は、PHPというプログラミング言語でブログを自作したことをきっかけに、独学でプログラミングにのめり込んでいく。2008年に株式会社はてなへWebアプリケーションエンジニアとして入社し、2012年には株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ株式会社)へ移った。2017年からは取締役CTOを務めている。

もともと栗林氏は紙のノートに日記をつけていた。ホームページづくりを趣味や仕事にする人たちとネット上で知り合い、彼らの技術を学べば日記をもっと便利に扱えるのではないかと考えたことが、プログラミングを始めた動機だった。書きためた日記を月ごとにまとめたり、新しい順に並べ替えたりできるようになったときの喜びは、今も忘れられないという。

「絵筆を持って描けば絵ができる、という関係はわかりやすいですよね。ところがプログラムは、自分が書いた文字列がコンピューターの動作に変わる。そこには飛躍があって、魔法のような感覚があるんです。その不思議さに、ずっとはまり続けているのだと思います」

対面での会話よりも、文章でのやり取りのほうが自分には向いている。ネットの世界に触れてそう気づけたことも、エンジニアの道へ進む後押しになった。

研究所長が大学院の門をたたいた理由

栗林氏は2016年にペパボ研究所を立ち上げ、所長に就いた。インターネットサービスを提供する企業にとって、技術面の優位性は事業の優位性と深く結びついている。従来のエンジニアリングの積み重ねに加え、研究という手法を取り入れる必要があると判断したことが設立の理由だ。

ただ、文系の学部を卒業した栗林氏には研究の経験がなかった。論文の書き方、専門家が論文を審査する査読の基準、学会でどのような論文が評価されるのかといった学術界の水準を知らなかったのである。

「エンジニアの立場から、この論文はこう書いたほうがいいといった意見は言えます。でも、学術研究として十分な水準かどうかは判断できない。このままでは自分が研究のボトルネックになると思いました。たとえるなら、頼まれて子どもの草野球チームの監督を引き受けたら、チームが強くなって甲子園を目指すことになった。ところが監督の自分は野球をやったことがない。そんな状態だったんです」

そこで2020年4月、北陸先端科学技術大学院大学の博士前期課程に社会人学生として入学した。2022年3月に前期課程を修了して博士後期課程へ進み、2025年3月に博士(情報科学)の学位を取得している。


大学院に進んだ目的は、研究所の研究水準を見極め、組織をどう導くかを判断する力を身につけることにあった。そのため最短で学位を得ることを目指したという。栗林氏は「研究者として立派な研究をしたわけではない」と控えめに語る一方、学位審査を自ら経験した意味は大きかったと振り返る。

「博士号の審査は、研究者としての入り口にあたります。運転免許を取るようなものですね。そのプロセスを自分で経験して、大変さや必要性を身をもって知った。それによって、研究をしたことのない人が口を出している、とは受け取られなくなったと思います」

学び直しと大学院をめぐる「二重のずれ」

話題は、社会人の学び直しを指すリカレント教育に移った。栗林氏が例に挙げたのは、58歳で京都大学に入学した男性をめぐる最近の反響である。新聞記事で紹介されると、SNSでは「若者の席を奪っている」という批判も相次いだ。

「こうした批判が出るのは、教育は若いうちに一度だけ受けるものだという前提があるからでしょう。教育は何度受けてもいいという考えが当たり前になっていれば、58歳でも78歳でも、入学するのは普通のことです。私は、一生のうち何度でも、どんな立場からでも、学びたいことを学べる世の中であるべきだと強く信じています」

大学院に対する世間の受け止め方にも、ずれがあると栗林氏は指摘する。社会人が大学院に通うと聞くと、多くの人は「大人になっても勉強を頑張って偉い」と感じたり、カルチャーセンターの講座のようなものを思い浮かべたりする。

もちろん大学院のすべてがそうではなく、学び直しの一つの形であることも確かだ。しかし、そのうえで栗林氏は、大学院の基本的な役割は研究者を育てること、少なくとも研究という営みの方法を学ぶことにあり、学べる内容は研究を進めるための方法という比較的絞られたものだと説明する。

教育は若者のためのものだという思い込みと、大学院の本来の役割に対する誤解。栗林氏は、この二つが重なった状態を「二重のずれ」と表現した。

結論のある文章はAIに、結論を探す文章は自分で

栗林氏は30年以上にわたって日記を書き続けており、AIには一切書かせていない。一方で、利用者に代わって自律的に作業を進めるAIエージェントを日常的に使いこなしている。両者をどう使い分けているのか。

分かれ目は、書く前に結論があるかどうかだという。技術記事や仕事上の連絡文書のように、伝えたい内容がすでに自分の中で固まっている文章はAIを使って書く。反対に、日記やnoteで連載しているエッセイ集『あの頃みんなAIの話ばかりしてたね』では、AIを使わない。

「仕事で人に何かを伝えたいとき、伝えたいことは自分の中にあります。それを表に出すのは作業ですから、AIがやってくれればいい。もちろん読み手のことを考えて手を入れるので、自分で最初から書いたほうが早かったのでは、と思うくらい時間をかけることもあります。一方、日記やエッセイは、自分が何を考えているのかを見つけるために書いています。自分がまだ外に出していないことを、AIが代わりに書けるはずがありません」

では、AIを相手に考えを深める「壁打ち」とは何が違うのか。栗林氏は、壁打ちは自分が何を知らないかを自覚しているからこそ成り立つと説明する。たとえばAI分野で新規事業を考える場合、その分野に詳しくないとわかっているから相談ができる。日記を書くのは、自分が何を知らないのかさえ気づいていない領域を掘り起こすためであり、壁打ちとは次元が異なるという。

日々の日記の中身は、その日の出来事や子どもの言葉を書き留める記録が中心だ。それでも、書くという行為には発見がある。

「一日にはいろいろなことが起こります。そのなかから何を選んで書いたのか、どんな感想を添えたのかに、いつも驚くんです。大事だとは思っていなかったことを書いている、面白いと思っている自分自身が面白い、というように。続けるうちに、自分は本当はこう思っていたのだと、少しずつ気づいていきます」

「好きを追求せよ」より「30点を三つ」

続いて、人を育てる側の視点に話が及んだ。AIが多くのことをこなせるようになった今こそ、人は自分の「好き」を突き詰めるべきだ。そうした主張を耳にする機会は多く、栗林氏自身もかつてはそう語ってきた。しかし最近は、考えを改めつつあるという。

「仕事や生き方の軸になるほど好きなものを持っている人は、そう多くありません。もともと好きなものを持つこと自体がまれなのに、AIに仕事を脅かされるかもしれない状況で、さらに好きなものがないとこれからはもっと駄目だと言われるのは、つらいですよね。そういうコミュニケーションはよくないと思うようになりました」

好きなことはあったほうがよい。ただ、人は物事を0点か100点かで考えがちだと栗林氏は言う。料理家の長谷川あかり氏の話に触れ、自身のエッセイにも書いた考え方である。

「好きなことが仕事になるほどの100点でなければ意味がない、と考えてしまう。実際には、そこそこできることが三つくらいあって、それを掛け合わせれば、一つひとつは大したことがなくても十分やっていけます。私も含め、多くの人はそうやって働いているはずです。学ぶ意義を思い詰めて0か100かになるくらいなら、30点を取れるものを三つつくるには何をすればいいかを考えるほうが、ずっと有益だと思います」

ただし、クリエイターとして突き抜けていく人は事情が異なる。長年培ったスキルや、これだけは譲れないという強いこだわりを持つ人が多いからだ。「30点を三つ」という考え方は、あくまで自分を含む一般の人に向けた話だと栗林氏は補足する。

自らを「プログラミングでものをつくるという意味でのクリエイター」と位置づける栗林氏は、エンジニアの世界に起きている変化にも触れた。栗林氏によると、プロの現場では、キーボードを打って自分でコードを書く人はここ数年でほとんどいなくなった。プログラミングが好きでエンジニアになった人ほど、戸惑いは大きいだろう。

「好きなことがそのまま経済的な価値も持っていたのが、これまでは幸運だったわけです。その経済的な価値が失われるのではないかという不安は、よくわかります。けれども、お金になるかどうかと、自分が好きかどうかは、本来分けて考えるべき問題です。AIに不安を感じたとき、影響を受けているのが自分の好きという気持ちなのか、それで食べていけるかどうかなのかを切り分けないと、判断を誤ると思います」

新人には、あえて答えのない仕事を

最後の論点は若手の育成である。新人に任せるよりAIに振ったほうが成果は確実だ、という声は少なくない。放っておけば、若手が経験を積む機会そのものが失われていく。

栗林氏のチームでは、4月に加わった新人に、答えの見えない課題をあえて投げかけている。栗林氏のような立場の人が担う仕事に直接つき、アシスタントを務めてもらうこともある。

「昔からある鞄持ちに近いですね。鞄を持つこと自体に意味はなくても、普段の仕事とは違う立場や関係性に触れてもらう。意図的な非効率です。AIに聞けば出てくるようなことは誰にでもできますし、結論がある仕事です。そうではない仕事に、できるだけ早い段階から取り組んでほしい。仕事の価値は作業そのものではなく、答えのないところから答えをつくり、形にすることにあるからです」

一方で、こうした育成法が将来も通用するかどうかについては、慎重な見方を示した。10年後、20年後にAIエージェント同士が会話するのが当たり前になれば、人の理解力に合わせて情報を簡潔にまとめるという今の常識そのものが変わるかもしれないからだ。

栗林氏は、新しいメディアが登場するたびに人は駄目になると言われてきた歴史を引き合いに出す。インターネットやテレビが普及したときも同じ議論があった。古代ギリシャの哲学者プラトンは、文字に書き留めると人は記憶しなくなるとして、文字そのものを警戒していた。

「AIに頼り切って人は駄目になるという議論は、その歴史の最新版です。実際には、前の世代にはわからなかった使い方や考え方が生まれていくことも十分あり得ます。旧世代の私たちがあれこれ言うのも違うのではないかと思っています」

自分の仕事をAIに置き換えた社員たち

では、組織としては何に取り組むのか。栗林氏が着目するのは、社員が経験を重ねるなかで身につけてきた専門性だ。エンジニアであればシステムをつくる力、経理担当者であればお金を計算し管理する力といった具合である。

「AIによって世の中が効率化され、人ができることが増えるのは、とてもいいことだと思っています。ただ、効率化によって、それまでその仕事を担ってきた人が不幸になるのはよくない。もともと持っている専門性にAIを使いこなす力を掛け合わせて、専門性をAIで強化できる人へと成長していく。そうなれば、その人の専門性と時代との相性が高まり、本人にとっても会社にとってもいいことだと考えています」

象徴的な例がカスタマーサポートの取り組みである。同社は2024年1月、全サービスの問い合わせ対応にAIを導入した。プロジェクトの中心となったのはエンジニアではなく、カスタマーサービス部門だった。同社の発表によると、導入後の5カ月間で顧客対応の業務時間を1620時間削減し、有人対応の件数は約3割減った。負担が軽くなったことで、11人がディレクターや人事など新たな職務へ移っている。

「客観的に見れば、自分たちの仕事を自分たちでAIに置き換えたことになります。でも、置き換えができたのは、彼らにサポート業務の専門性があったからですよね。サポートの専門性に、自分の仕事を置き換えられるほどAIを使いこなす力が加わった。さらに事業づくりや営業、顧客の満足度を高めるカスタマーサクセスへと、専門性を二重三重に広げていきました」と話した。

また、「リスキリングという言葉がこの数年よく使われますが、私たちは一から学び直すことだとは考えていません。もともと持っている専門性を、AIや別の何かと掛け合わせて、時代に合った形に変えていく。そのことこそがリスキリングだと思っています」と続ける。

エンジニアであれば、コードを書く作業をAIに任せた分、顧客の課題を見つける仕事や事業づくりへと領域を広げる道もある。専門性を掛け合わせて新たな専門性を生み出す動きは、あらゆる職種に求められていくと栗林氏は見ている。

誰もがAIエージェントを使える世の中へ

AIエージェントという言葉は広まったものの、それを使って何ができるのかは、多くの人にとってまだはっきりしていない。栗林氏は、自社のユーザーに向けた事業の使命をこう語った。

「どんな人でも簡単にAIエージェントを使えるサービスや、AIエージェント自身がネット上でうまく働けるようにするサービスを提供していかなければならないと考えています」

好きなことを持てと迫るのでも、AIにできないことを探して人の取り分を守るのでもない。手元にある専門性を少しずつ掛け合わせ、答えのない問いに向き合い続けること。学ぶ側と学ばせる側の双方を経験してきた栗林氏の言葉は、AI時代の学びの意味を、極端な二択から現実的な歩みへと引き戻してくれる。

プロフィール:栗林健太郎(くりばやし・けんたろう)

1976年生まれ、奄美大島育ち。奄美市役所勤務を経てエンジニアに転身。2017年よりGMOペパボ取締役CTO。業務の傍ら大学院で研究を続け、2025年に北陸先端科学技術大学院大学で博士(情報科学)を取得。

【X配信の音源について】

本記事は、2026年9月28日に月刊先端教育オンラインのXアカウントで配信した対談をもとに構成しています。配信の音源は下記よりお聴きいただけます。

https://x.com/i/spaces/1aKbdEqbLyoJX

※Xアカウントをお持ちでない場合でも、視聴いただける場合がございます。

※アーカイブの公開期間は配信から約2ヶ月間です。2026年11月下旬頃までを目安にご視聴ください。期間を過ぎますと音源は視聴できなくなりますので、あらかじめご了承ください。