リカレント教育の日本的文脈

リカレント教育の費用対効果を考察していくにあたり、わが国のリカレント教育の系譜を振り返る。義務教育以降の教育・学習のあり方はさまざまな言葉で表現されており、その重要性も以前から認識されてはいるが、国内では十分根づいていないようにも見える。

社会教育から
リカレント教育までの系譜

川山 竜二

川山 竜二

専攻は知識社会学、高等教育・大学論。
筑波大学人文社会科学研究科修了。
筑波大学ティーチング・フェロー(TF)、リサーチ・フェロー(RF)を経て、現職。事業構想大学院大学客員教授、武蔵野大学法学研究科客員教授。専門職大学等創設プロジェクト研究、実務家教員、リカレント教育等に関する公職を歴任。

日本においては「社会教育・生涯教育・生涯学習」という用語が錯綜して論じられる。そこに輪をかけるかのように「リカレント教育」なる言葉もでてきた。そこで、前者3つの用語を整理しながら、日本的なリカレント教育の文脈を整理することを試みたい。

戦後成人教育の源流

戦後日本の教育の出発点として1947年に「教育基本法」が制定された。これに基づいて1949年「社会教育法」が施行された。この法律のなかに社会教育とは何か、という定義が書かれている。社会教育法第2条に、社会教育とは「学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動(体育及びレクリエーシヨンの活動を含む。)をいう」と明文化されている。この定義をみると、非常に広い領域をカバーしているように捉えられる。その一方で社会教育法は、国や地方公共団体が社会教育を奨励することが求められ、公民館や図書館等の運営についてが多くを占めている。歴史的な背景からすれば、戦後日本における民主化の一環として成人教育を促進させ、人々の自発的な学習活動を基盤にするその本来の姿にしていく役割があったといえよう。

高度経済成長と生涯教育

変化が見られるのは、1971年の社会教育審議会答申「急激な社会構造の変化に対処する社会教育のあり方について」で初めて文部省のなかで「生涯教育」という言葉が登場する。この答申に影響を与えたのは、ユネスコが生涯教育を提唱したことであった。1965年にユネスコ成人教育推進国際委員会議で、議長のポール・ラングランが中心となり「生涯教育」という言葉を提唱した。日本では高度経済成長期を迎え、人口構造の変化や家庭生活の変化、工業化、都市化など急激な社会構造の変化を経験しつつあるなかで、その社会変化に対応できる教育が必要となったというわけだ。「生涯教育では、生涯にわたる多様な教育的課題に対処する必要があるので、一定期間に限定された学校教育ではふじゅうぶんとなり、変化する要求や個人や地域の多様な要求に応ずることができる柔軟性に富んだ教育が必要となる」(同答申)と述べている。この答申では生涯教育の観点から、家庭教育、学校教育、社会教育の位置づけの見直しを迫ることになった。この答申のなかでは、社会教育がもつ限定的な意味で連想されることを率直にみとめ、「今後の社会教育は、国民のあらゆる機会と場所において行われる各種の学習を教育的に高める活動を総称するものとして、広くとらえる」(同答申)べきであるという。

そして1981年、中央教育審議会答申として「生涯教育について」が出された。ここで「生涯教育」が定義された。同答申によれば、生涯教育とは「国民の一人一人が充実した人生を送ることを目指して生涯にわたって行う学習を助けるために、教育制度全体がその上に打ち立てられるべき基本的な理念」であるとしている。この答申のなかで、「リカレント教育」も次のように提示されている。「OECDが、義務教育終了後における就学の時期や方法を弾力的なものとし、生涯にわたって、教育を受けることと労働などの諸活動とを交互に行えるようにする。いわゆる“リカレント教育”を提唱したのも、この生涯教育の考え方によるものである」(同答申)と示すように30年以上も前に生涯教育、社会教育、リカレント教育の位置づけは整理されているのである。

図 高等教育機関における30歳以上の修士課程入学者割合の国際比較

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生涯学習の体系へ

では「生涯学習」はどうだろうか。生涯教育から生涯学習へと移行したのは、1985年から1987年の第4次まで行われた臨時教育審議会(臨教審)である。臨教審では、学校の教育中心の考え方から脱却して生涯学習の体系のなかで教育体系を位置づける方向性を示した。そこでは、「生涯教育」から「生涯学習」へと語が改められ、教育という受動的態度から、自らが学ぶという能動的な学習へと切り替わった。それにあわせて、1987年に文部省もこれまで社会教育局であった部局を生涯学習局へと改組した(現在は、さらに改組がすすみ総合教育政策局が継承)。

1990年に「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」いわゆる「生涯学習振興法」が制定された。1992年には、生涯学習審議会答申「今後の社会の動向に対する生涯学習の振興方策について」で、家庭教育・学校教育・社会教育からなる「生涯学習社会」を目指す姿勢が打ち出された。この答申のなかで、生涯学習社会を「人々が生涯のいつでも自由に学習機会を選択して学べ ることができ、その成果が社会で適切に評価される社会」と定義したのである。近年では、2006年に教育基本法が全文改正され第3条に「生涯学習の理念」が項目として加わった。

リカレント教育の台頭

リカレント教育そのものは、生涯学習のひとつに位置づけられる。また、リカレント教育そのものも新しい概念ではない。これまで社会教育・生涯教育・生涯学習とみてきたが、社会構造との関わりがあった。リカレント教育の台頭も同様に社会的な背景がある。それは、昨今の働き方改革や人生100年時代(その背景にある人口減少や高齢化)である。

また一方で、生涯学習の系譜をみてきたが、そこから浮上した課題もある。たとえば、こちらもだいぶ浸透してきたSDGs(持続可能な開発目標)のなかに「4 質の高い教育をみんなに」と定めている。この目標では、「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」ことがテーマとなっている。

しかしながら、我が国においてはリカレント教育という言葉のみが先行している状況である。たとえば、高等教育機関における25歳以上の入学者の割合はOECDのなかでは、ほぼ最下位に近い。このような状況は我が国固有の状況なのだろうか。