「社会戦略」としてのリカレント教育を考える

産業構造が変わる今、学び直しや、実務で培ってきた知見・ノウハウを体系化し次世代に伝えることがビジネスパーソンに求められているが、実際にリカレント教育に取り組む人は多くない。本連載では、リカレント教育の意義や効果を「費用対効果」の観点から考える。

リカレント教育とは何か

川山 竜二

川山 竜二

専攻は知識社会学、高等教育・大学論。筑波大学人文社会科学研究科修了。
筑波大学ティーチング・フェロー(TF)、リサーチ・フェロー(RF)を経て、現職。事業構想大学院大学客員教授、武蔵野大学法学研究科客員教授。専門職大学等創設プロジェクト研究、実務家教員、リカレント教育等に関する公職を歴任。

リカレント教育という言葉は、市民権を得たように思う。しかし、リカレント教育とは何か、という問いに答えることができるだろうか。たとえば、リカレント教育とリスキリングも政策的にかなりあいまいに使われている節がある。本当にリカレント教育を単純に「社会人の学び直し」ととらえてよいのだろうか、ここはひとつ疑ってみる必要がある。

教科書的にいえば、リカレント教育はスウェーデンの経済学者のG・Rehnによって提唱され、当時のスウェーデンの文部大臣であったO・Palmeが国際会議で言及ししたことよって広まった言葉である。リカレント教育は、もともとは労働と密接に結びついた学び直しを意図されていたが、現在では広く「個人の人生のなかで再び得られる教育機会」という意味で使われている。そうするとリカレント教育と似たものとして「生涯学習 lifelong learning」という言葉もある。

たとえば、『文部科学白書』を紐解いてみると、生涯学習とは一般に人々が生涯行うあらゆる学習、すなわち学校教育、家庭教育、社会教育、文化活動、スポーツ活動、レクレーション活動、ボランティア活動、企業内教育、趣味などさまざまな場や機会において行う学習の意味で用いられている。

このように生涯学習をみたとき、いわゆる人生の学びをすべて指している言葉であることがみえてくる。生涯学習は、リカレント教育も、リスキリングも、公民館での趣味活動もすべてを包括する言葉なのだ。では、リカレント教育にはどのような意味がこめられているのか。OECDの報告書『リカレント教育』では次のように定義されている。

リカレント教育とは、学校教育が終了したあと生涯にわたって教育を何度でも、つまり仕事やそのほかの余暇などの諸活動とクロスさせながら分散して教育を受けることである。かつては、人生の初期段階での学校教育を終了した後に、さらにフルタイムで学校での学びをすべきであるという意味が含まれていた。しかし、働き盛りのときにフルタイムで教育を受けることになれば、本人、雇用者、政府にとっても、不便であり経済的負担も大きい。私たちは、働くことについて「生活の糧」を得るという観点だけでなく、「生きがい」や「自己実現」、あるいは社会との接点としてとらえている。

リカレント教育の目的は、生涯にわたって不断に新しい知識や経験を吸収し、新しい状況にその都度適応することに役立て、自分のキャリアを自分で司る能力を高めることにある。

このようにリカレント教育をみたとき、とりわけリカレント教育には2つの側面があることを指摘することができる。ひとつは、自分自身がこれまで蓄積してきた経験を整理し(棚卸し)、一般的な枠組みのなかに置きなおして自分自身とのキャリアとの関連を検証することである。ふたつめは、仕事と関連した教育を受けるということである。

したがって、リカレント教育というのは学校教育を終了したのちも自分自身のキャリア形成に資するような教育をうけることが主たる意味になると考えられる。

社会的戦略としての
リカレント教育

そもそもリカレント教育は、社会を変えることを目的として生まれたものであった。リカレント教育は、学校教育を終了したあとも継続的に学びをすることである。つまり、人生初期段階に集中して教育を受ける「フロント・エンド」モデルを否定するものととらえられる。リカレント教育を実現させるためには、さまざまな社会制度を変えていかなければならない。

高度に複雑化した社会では、さまざまな知識が大量に必要となる。そのために、学校教育の期間を延長することによって解決しようとしてきた。しかし、一度習得した知識もますます急速に陳腐化することを踏まえると、生涯の初期の教育を集中させることは、必ずしも最善の解決策とはならない。

リカレント教育の発想は、学校教育の期間を延ばすのではなく、学校教育修了後の必要に応じて学び直しすることを想定する。そうすることで、学び手は必要性を感じて学習することで、モチベーションが高い状態での学びが可能にもなる。学校教育を延ばすことにより、いわゆる「学歴社会」の弊害を打破できる可能性もある。つまり、リカレント教育で強調すべき点は、学校教育の期間を延長していくという考え方に対する別の解決策を与えるという側面がある。それは生涯学習にはない考え方の側面である。すなわり、社会人の学び直し以上にあらたな教育のあり方の戦略として提示されているのである。

リカレント教育は、教育戦略以上のものである。というのも、リカレント教育は、教育と社会の他の領域の相互作用を意図している。さまざまな社会、政治、経済的な文脈と教育はもちろん相互に作用しあうものである。この教育戦略は、これからの社会にイノベーションを起こすのに重要な役割を果たすだけでなく、同時に社会のしくみ自体も抜本的に変わらなければ成果は出ないであろう。というのも、例えば社会人が学び直しをするためには、働いている職場の理解が不可欠であるからである。つまり、社会的、経済的、労働市場(産業界)的諸政策と緊密な調整が必要になる。そうした社会全体の教育の意識改革も意図されているのがリカレント教育である。

現在、デジタル化の進展やサステナビリティの重視などにより、産業構造が大きく変化しつつある。経済・産業の第一線を支えるビジネスパーソンにとって、新たな時代に対応するための学び直しが重要な課題であることはもちろん、これまでの実務経験の中で培ってきた知見・ノウハウを体系化し次世代に伝えていくための学びや研究の時間も必要となる

現在、デジタル化の進展やサステナビリティの重視などにより、産業構造が大きく変化しつつある。経済・産業の第一線を支えるビジネスパーソンにとって、新たな時代に対応するための学び直しが重要な課題であることはもちろん、これまでの実務経験の中で培ってきた知見・ノウハウを体系化し次世代に伝えていくための学びや研究の時間も必要となる

photo by naka / Adobe Stock