日本でリカレント教育が進まないのはなぜか?4つの要因から考える

前回指摘したように、リカレント教育が定着した諸外国ではこれを「教育戦略」ではなく「社会戦略」として扱い、社会構造そのものが学び続けることを後押しするかたちとなっていた。今回は翻って日本の状況を企業・教育機関・社会・政策の観点から考察してみる。

我が国は、高度成長期において教育制度を一新し、義務教育の充実や普及により、世界的にも高い学力を誇るようになった国である。しかし、その一方で、リカレント教育や職業教育に対する意識が低く、実践的な取り組みが進まない現状が問題視されている。本稿では、どこにその要因があるのかを敷衍してみたい。

企業・労働の問題

川山 竜二

川山 竜二

専攻は知識社会学、高等教育・大学論。筑波大学人文社会科学研究科修了。
筑波大学ティーチング・フェロー(TF)、リサーチ・フェロー(RF)を経て、現職。事業構想大学院大学客員教授、武蔵野大学法学研究科客員教授。専門職大学等創設プロジェクト研究、実務家教員、リカレント教育等に関する公職を歴任。

第一にあげられるのは、企業の教育負担が少ないことである。日本の企業は、新卒採用を中心とした人事制度がいまだに根強く、従業員のスキルアップに関する課題を、スキルが身につくのは個人であるとする傾向がある。また、人件費の抑制を重視する傾向から、従業員の教育訓練に充てる予算も限られていることが問題視されている(人的資本投資)。そのため、企業や組織に属している従業員が自発的にリカレント教育に取り組むことが難しい状況にあるといえよう。

さらに、リカレント教育に対する企業の取り組みも不十分であることがあげられる。企業においては、従業員のスキルアップを支援するために研修制度(OJT)を設けることが一般的で、研修に費用や時間を割くことに消極的な企業もある。また、企業側からの積極的な働きかけがない場合、社員が自主的にリカレント教育を受けることが難しいという問題もある。

教育機関の問題

第二にあげられるのは、大学をはじめ教育機関の役割に関する認識不足である。我が国には、リカレント教育を提供する公的な、あるいは民間の教育機関が存在しているが、その役割や存在意義があまり知られておらず、活用されていない。また、一般的には、学歴社会 ―より正確にいえば“学校歴”社会である― 日本においては、学位の取得がキャリアアップにつながるという誤解があるため、青年期に大学や大学院に通うことが一般的となっている。また、日本では従来から学歴が重要視されてきた。就職においても学歴や年齢によって差がつくことがあり、中途採用においては、大学卒業後の実績が評価される。このため、多くの人々が学歴を取得するために若いうちに教育を受け、それ以降は教育を受ける必要がないという考え方が根強く残っている。

くわえて教育機関は、リカレント教育を提供するだけの体制を整えているわけではなく、現実的なニーズに応えられないし、そうしたリソースを確保することができない点も指摘しておく。リカレント教育に関しては、教育機関が提供する講座やプログラムが少ないことも問題の一つである。我が国では、社会人がリカレント教育を受ける際には、教育機関が提供する講座を受講することが多い。しかし、提供される講座が少なく、専門的な知識を習得できないという声もある。このため、より多くの教育機関がリカレント教育の提供を行い、より幅広い分野やレベルに対応したカリキュラムを開発することが求められている。

社会文化の問題

第三にあげられるのは、日本社会の構造そのものが人々のライフスタイルの変化に対応しきれていない点である。日本においては、長時間労働や通勤時間の長さなど、働き方に関する問題に注目があつまっている。そのため、多くの人々は、余暇時間や休暇を確保することが難しく、リカレント教育に時間を割く余裕がない。また、オンライン教育などを活用したリカレント教育に対する関心が高まっているとはいえ、それでもまだオフラインでの対面式教育が主流であり、日常的に働いている人々が受講しやすい時間帯や方法が提供されていないことも原因としてあげることができるだろう。

政策・制度的な問題

第四にあげられるのは、政策や制度の整備が遅れていることである。リカレント教育に対する国の支援が端緒についたばかりであり、教育機関が自主的にリカレント教育のプログラムを開発することが多い。くわえて、企業や個人が費用負担を強いられることが多いため、教育へのアクセスに不均等が生じている。また、職業能力開発促進法や就職支援金制度、学習支援制度などの法律や制度が存在するものの、それらが周知され活用されていないことが多い。

社会の発展に貢献するシステム
としてのリカレント教育

以上のように、日本でリカレント教育が進まない理由には、社会的な風土や教育機関の提供する講座が少ないこと、企業側の取り組みの不十分さなどを指摘することができる。これらの課題を克服するためには、政府、企業、教育機関、個人が協力して、リカレント教育を促進する取り組みが不可欠である。その上で、リカレント教育を受けることで自己実現や社会貢献を目指す意識を高めることが、社会全体の発展につながる。

これらの課題を克服するためには、リカレント教育への関心を高める取り組みが重要である(それが一番難しいのだが)。企業や教育機関が、より使いやすいプログラムを提供することで、多くの人々が教育を受ける機会を得ることができるようになる。また、政府が法律や制度を整備し、教育を受けるための費用負担を減らすことで、より多くの人々がリカレント教育を受けることができるようになるはずである。さらに、教育の効果を認識するために、企業や社会が、教育を受けた人材を積極的に採用し、評価することが重要だ。教育によって習得したスキルを実際に活かすことができる環境が整備されることで、リカレント教育に取り組むことが自然な行動となり、普及が進むことが期待できる。

リカレント教育は、個人と企業、そして社会の発展に貢献する社会システムである。リカレント教育を日本で普及させることで、人生100年時代において、個人のキャリアや生きがい、企業の競争力やイノベーション、社会の経済成長や多様性などが向上することが期待できるはずだ。

リカレント教育の重要性が叫ばれつつも日本で取り組みが広がらないことには複数の要因がある。個人の学びや企業の戦略といった視点を越え、社会の中における教育の役割を考えたい

リカレント教育の重要性が叫ばれつつも日本で取り組みが広がらないことには複数の要因がある。個人の学びや企業の戦略といった視点を越え、社会の中における教育の役割を考えたい

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