諸外国のリカレント教育の状況:リカレントが根づく国は何が違うのか

リスキリング・リカレントへの注目が集まる反面、社会人の大学入学者は少なく「日本の大人は世界で一番学ばない」とも揶揄される我が国の現状。こうした状況を生む要因はどこにあるのか? リカレント教育が根づく諸外国の実態から考える。

日本の大人は
世界で一番学ばない

川山 竜二

川山 竜二

専攻は知識社会学、高等教育・大学論。筑波大学人文社会科学研究科修了。
筑波大学ティーチング・フェロー(TF)、リサーチ・フェロー(RF)を経て、現職。事業構想大学院大学客員教授、武蔵野大学法学研究科客員教授。専門職大学等創設プロジェクト研究、実務家教員、リカレント教育等に関する公職を歴任。

我が国では、リカレント教育を普及させようとさまざまな政策や掛け声がなされている。しかし、まだまだリカレント教育の普及には遠く及ばないのが現状である。たとえば、25歳以上の大学入学者の割合や修士課程の入学者の割合を見てみると、OECDのなかでは最下位レベルが定位置になりつつある。したがって、日本の大人は世界で一番学ばないという揶揄にも似た危機感がある。しかし、この実態はあくまで大学での学び直しに限られている。リカレント教育は大学だけに限られない。

内閣府が行った「生涯学習に関する世論調査(令和4年7月調査)」を見てみよう。この1年間で月1日以上「学習をしていない人」は24.3%いる。学習していない人に対して、その理由をたずねてみると、45.5%の人が「特に必要がない」と考えているらしい。逆に、学習をしている人の半数以上が「仕事において必要性を感じたため」と回答している。少なくとも、大人が学び直しをするには仕事などで必要性を感じることがカギになりそうだ。

もう一つ興味深い調査がある。厚生労働省の「能力開発基本調査(令和3年度)」である。事業所が労働者に対して「職業能力評価(職業に必要となる技能や能力評価を基準に基づいて行っているか、既存の資格などの評価も含む)」を実施しているかという設問に対して49.3%の事業所が行っていない。つまり会社でも、学び直した能力・スキルについて積極的に評価されていないのではないのだろうか。

2つの調査を組み合わせてみると、学び直しても能力・スキルについて積極的に仕事の場で評価されないので、学び直しの必要性を感じない。だからリカレント教育や学び直しという掛け声をかけても、なかなか浸透しないのではないだろうか。

諸外国の
リカレント教育モデル

筆者は、我が国でリカレント教育が浸透していないのは、リカレント教育が「教育」の側面のみに焦点が当てられているからだと考える。リカレント教育は、出自から「教育戦略」ではなく「社会戦略」であった。すなわち、教育・雇用・社会保障が一体となって社会像を描き出した結果にリカレント教育があったのである。そこで、デンマークやスウェーデンの例を見てみよう。

まず雇用について考えてみよう。近年、我が国でも、雇用の仕組みとして「ジョブ型雇用」だったり「雇用の流動性」が謳われている(スウェーデンやデンマークなどは、遥かに雇用が流動化している)。誤解を恐れずに簡単に言えば、ジョブ型雇用なら、その職務を遂行できる知識・スキルを持っているから雇用される。同様の職務で条件がよければ、別の職場へ移ることも可能だ。しかし、職務そのものがなくなれば職を維持することはできない。雇用の流動化が進めば、いま言ったように失業のリスクも生じる。そのときに、セーフティネットとしての社会保障が機能しなければならない。失業時の保障がされていれば、雇用の流動化もスムーズに移行することができる。ただし、失業給付を受けるためには、次の雇用に備えて職業訓練を受けることが義務化されている。職業訓練が活発に行われることによって、次の雇用へスムーズに接続されるし、労働力の質も高くなる。このような関係性がつくられることによって、産業構造の転換も容易となる。なぜなら、育成したい産業に就労できるような職業教育を行っていけばよいからである。

そもそも手厚い社会保障を実現するためには、誰もが社会の担い手として働く必要がある。働き手が税を負担することで誰もがリスクに備えることができる(高負担・高福祉)。また、スウェーデンは人口が少ないので高福祉を実現するためにも、誰もが長い期間にわたって、就労と教育を繰り返す必要がある。したがって社会構造上、リカレント教育(何度でも繰り返し学ぶ)が結果として根付いていくのである。

もう一つの観点からも言及しておこう。我が国の専門職大学院のモデルとなったプロフェッショナルスクールのあるアメリカでは、プロフェッショナルスクールで身につけるべき知識・技能がそれぞれ標準化されて示されている。学習歴の証明書は、学習者の履歴の更新と身につけた能力の可視化につながる。そうすることで、学びが社会で評価される仕組みになっているのである。

こうして考えてみると、諸外国のリカレント教育の状況を比較するよりは、リカレント教育が進んでいると思われる国の社会構造を理解することの方が重要である。そして、我が国の目指す社会像を示した上で、「リカレント教育」の意義を再考すべきではないだろうか。リカレント教育は目的ではなく、社会をよりよい方向へ発展させていく手段なのである。

図 高等教育機関における25(30)歳以上入学者割合の国際比較

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