特集1 主体性を引き出す組織設計 成長意欲を支えるエンゲージメント
人的資本経営や健康経営が企業に浸透する中、「エンゲージメント」への注目も高まっている。中長期的な企業価値向上のために、企業内のエンゲージメント活動について、どのような戦略を描けばよいのか。本特集では、そのために必要な知見や実践などを探った。
人材戦略として重要視される
エンゲージメント
中長期的な企業価値の向上において注目される人的資本経営。経済産業省が2020年9月に公表した「人材版伊藤レポート」では、人的資本経営のフレームワークの5つの要素の一つに「従業員エンゲージメント」が盛り込まれた。また、人的資本経営を実践に移していくための取組みや工夫をまとめた「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月)では、「社員エンゲージメントを高めるための取組」として、「自社にとって重要なエンゲージメント項目を整理し、社員のエンゲージメントレベルを定期的に把握する」ことなどが取り上げられている。この様に、人的資本経営における主要な項目として「エンゲージメント」が取り上げられていることで、企業の注目も高まっている。
一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアムらが2025年3月に公表した「人的資本調査2024」を見ると「人材戦略の中で重要視している指標」に関して、「エンゲージメント」が最も高い40%、「ダイバーシティ」が29%、「育成」が25%と続いた(図表1)。重要視されるエンゲージメントだが、従業員エンゲージメントを向上させ、経営戦略へ落とし込むには、適切な分析が必要となる。「人材版伊藤レポート」の提唱者である一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏とともに、エンゲージメントの科学的な可視化・分析モデルを開発したBUSINESS-ALLIANCE代表取締役の藤田健太郎氏にその特徴や分析事例を聞いた(➡こちらの記事)。
一人ひとりのエンゲージメント向上を考えた時、具体的に、どうすればエンゲージメントが向上するのだろうか。例えば、仕事の目標が難しいほど活力や熱意、没頭感が高まる人がいれば、そうではない人もいるだろう。神奈川大学准教授の尻無濱芳崇氏には、目標の難易度・心理的資本・エンゲージメントの関係を紹介しながら、実務へのヒントについて寄稿いただいた(➡こちらの記事)。
ワークエンゲージメント向上へ
対話型組織開発とマネジメント手法
厚生労働省HPによると、「エンゲージメント」は代表的なものとして「ワークエンゲージメント」と「従業員エンゲージメント」の2種類がある。前者は「仕事にやりがい(誇り)を感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得ている状態を指し、個人と仕事との関係に着目」したもので、後者は「企業などの所属組織への貢献意欲を指し、個人と組織との関係に着目」したものだ。厚労省はエンゲージメントの向上によって、主に以下の3つの効果が期待できると指摘。これらにより、従業員の定着や、生産性の向上などが期待できるとしている。
①組織に対する従業員からの信頼が高まる
②従業員の能力が最大限に発揮される
③従業員が健康に・活き活きと働き続けられる
「ワークエンゲージメント」は健康経営の主要な概念にも取り入れられている。近畿大学短期大学部講師の多湖雅博氏にはワークエンゲージメント向上を目的とした新たなアプローチとして「対話型組織開発(AI)」について寄稿いただいた(➡こちらの記事)。また、「組織変革とワークエンゲージメント」に関する研究に取り組んでいる中央大学准教授の林祥平氏には、リーダーシップとエンゲージメントの関係、効果的なマネジメント手法について話を聞いた(➡こちらの記事)。
データで見る生産性向上への影響
エンゲージメント・ランナーの意義
エンゲージメントへの注目が高まる一方、実際に生産性向上やイノベーションの創出など、企業価値の向上に寄与するのだろうか。
株式会社アトラエとトランスコスモス株式会社が公表した共同研究※によると、2019年第1四半期において、管理職の「Wevox」(アトラエが提供する組織力向上プラットフォーム。従業員のエンゲージメントを可視化し、組織改善を支援するサービス)のエンゲージメントスコアが10ポイント高まるごとに、前年対比売上伸長率が12.5%程度高くなる相関関係が見られたという。
共同研究では「エンゲージメント向上が生産性を高めることを示唆していると考えることができる」と述べている。同社は2025年3月、「Wevox」のノウハウ・実践知をまとめた書籍を出版。エンゲージメント活動の実践知や、活動を実践し広げていく「エンゲージメント・ランナー」など、同社Wevoxカスタマーサクセスの平井雅史氏に話を聞いた(➡こちらの記事)。
先の「人的資本調査2024」において、「エンゲージメントレベルの把握と改善アクション」に関して企業規模別に見てみると、企業規模が小さいほど低くなっていることがわかる(図表2)。このため、中小企業では施策の推進がより大きな課題になっていると思われる。そこで名古屋商科大学ビジネススクール(経営大学院)教授の矢本成恒氏に、中小企業における従業員エンゲージメントの課題と求められる取組みについて話を聞いた(➡こちらの記事)。
本特集は、「成長意欲を支えるエンゲージメント」をテーマに、多様な角度から検証した。ビジネスパーソン一人ひとりが高いエンゲージメントレベルを保ちつつ、企業価値が持続的に向上していく。そうした企業を実現するための戦略の一助となれば幸いだ。
※「エンゲージメントと生産性の関係及び昇格基準改定のエンゲージメントへの影響度合いに関する共同研究」(2019年12月)